なんとか帰還
赤竜亭に戻った頃には、もう外は薄暗くなっていた。
昼間の喧騒が嘘みたいに、店内は落ち着いた空気だ。
「お、帰ってきたか」
カウンターの奥で、バルドが手を上げる。
その一言だけで、胸の奥に溜まっていた緊張が、ふっとほどけた。
「……ただいま」
自分でも驚くほど、弱い声だった。
「顔色悪いな。無茶しただろ」 「一匹だけ、って言われてたのにね」
自覚はある。
でも、生きて帰れた。それだけで十分だった。
椅子に腰を下ろすと、脚が少し震えた。
剣を置いた音が、やけに大きく響く。
「とりあえず座れ。飯、作ってやる」
バルドはそう言って、鍋に火を入れる。
肉と香草の匂いが、ゆっくりと広がった。
「……いい匂い」
空腹より先に、安心感が腹に落ちる。
「今日はゴブリンだ。柔らかい部位だけ使ってる」 「……聞かなきゃよかったかも」
ルミエルは平然としている。
むしろ少し、楽しそうですらあった。
「命を奪った以上、無駄にしないのが礼儀です」 「そういう宗教なんだ……」
皿が並ぶ。
湯気の立つシチューと、固めのパン。
一口食べた瞬間、思わず息が漏れた。
「……おいしい」
身体に、じんわり熱が戻ってくる。
冷えていた指先が、少しだけ動きやすくなる。
「ほらな。生き残った味だ」
バルドの言葉が、妙に胸に残った。
周囲を見ると、ほかの冒険者たちも、
それぞれに疲れた顔で食事をしている。
笑っている者も、無言の者もいる。
ここは、
命を削って戻ってくる場所なんだ。
「……今日、帰るって言って正解だったかも」
ぽつりと漏らすと、
ルミエルが小さく頷いた。
「判断は早いほうがいいです。生きていれば、次があります」
生きていれば。
その言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。
私はスプーンを握り直す。
明日も、たぶん怖い。
でも――今日は、生きている。
それでいい。




