この気持ちは?
戦闘が終わって、通路の奥でルミエルがゴブリンを解体している間、
なぎは一人、壁に背を預けて座り込んでいた。
心臓の音が、まだ少しうるさい。
――さっきの。
庇ったこと。
庇われたこと。
「問題ありません」と言われたこと。
どれも説明がなくて、
なのに、なぜか引っかかる。
(問題ないなら、どうして言い切ったんだろ)
自分が前に出たことを、
ルミエルは止めなかった。
怒りもしなかった。
叱りもしなかった。
ただ、当たり前みたいに受け入れた。
(……普通、ああいうのって)
ダメだとか、
無謀だとか、
余計なことするなとか。
そう言われるものじゃないのか。
なぎは、自分の手を見る。
剣を握っていた手。
震えていたのに、確かに前に出た手。
魔法剣士なんて無理だ、と言われてきた。
中途半端で、効率が悪くて、
選ぶ理由が「かっこいいから」しかない職業。
それでも――
あの瞬間、身体は勝手に動いた。
(別に、評価されたかったわけじゃない)
褒められたかったわけでも、
認められたかったわけでもない。
ただ。
あそこでルミエルが傷つくのは、
嫌だと思った。
それだけ。
「……重症だな、これ」
小さく呟いて、なぎは自分の額を軽く叩いた。
異世界に来て、
ダンジョンに潜って、
モンスターを食べて。
それなのに悩んでるのが、
人との距離感ってどうなんだ。
後ろで、ルミエルの足音がする。
なぎは慌てて顔を上げ、
何も考えていないふりをした。
(今は、考えなくていい)
彼女がそう言ったなら、
たぶん本当に“今”じゃない。
この気持ちに名前をつけるのは。
――もう少し、先でいい。
なぎは立ち上がり、
何事もなかったように彼女の方を向いた。
「……終わった?」
「はい。次に進めます」
いつも通りの声。
でも、
なぎの胸の奥には、
小さく、確実に残ったものがあった。




