静寂
その頃――サクラは、静かな場所にいた。
戦場から離れた、小さな森の縁。
倒木に腰を下ろし、靴についた土を払っている。
周囲に、敵影はない。
「……あれ?」
ふと、顔を上げた。
空気が、変わっていた。
魔力の流れが、薄くなっている。
張り詰めていたものが、ほどけていく感覚。
サクラは、首を傾げる。
「もう、終わった?」
誰に聞くでもなく、独り言。
返事は、当然返ってこない。
少し前まで、
あちこちにあった“集まり”が、感じられない。
大きな塊も、小さな動きも、どれも遠ざかっている。
「……撤いたのかな」
疑問形だが、深刻さはない。
ただ状況を確認しているだけだ。
サクラは、指先で小さな魔法陣を描く。
探知でも、索敵でもない。
位置確認用の、ごく簡単な術だ。
「……うん」
反応は、ほとんどない。
戦争に使うほどの密度では、もうなかった。
サクラは、少し考える。
考える内容も、
次の一手ではない。
勝利条件でもない。
「呼ばれてないし」
それだけだった。
命令がない。
対象がない。
なら、やることはない。
サクラは立ち上がり、
外套の裾を整える。
「じゃ、帰ろ」
それは撤退宣言ではない。
休憩でもない。
“用事が終わった”という判断だった。
歩き出しながら、
ふと思い出したように空を見上げる。
「……また呼ばれたら、行くか」
それで十分だった。
同じ時刻、
公国軍では将校たちが声を潜め、
法王ザビエルは命令を重ね、
兵たちは夜のうちに陣を抜けていた。
だが、
その中心にいるはずの魔法使いは、
戦争が終わったかどうかすら、
確信していなかった。
サクラにとって、
戦争は“始まっていなかった”のだから。




