限界
会議は、正式なものではなかった。
地図も旗も片付けられ、
夜更けの倉庫に、数人の将校だけが集まっていた。
誰も「会議を始める」とは言わない。
始める意味がないからだ。
沈黙を破ったのは、老いた参謀だった。
「……もう、無理だな」
誰も否定しなかった。
若い将校が、唇を噛みしめる。
「ですが、命令は続いています」
「前線を維持しろと……」
「維持できる前線が、もう無い」
別の将校が、淡々と答えた。
机の上に置かれた地図には、
戦線ではなく、空白が増えていた。
赤い印も、青い印も、意味を失っている。
「戦力比の問題じゃない」
「補給の問題でもない」
老参謀は、低く言う。
「戦争の形が、壊れている」
誰かが、小さく笑った。
笑ってしまったことに、すぐ気づいて口を押さえる。
「敵が強い、ではない」
「敵が速い、でもない」
「敵が……戦争をしていない」
その言葉が、全員の胸に落ちた。
若い将校が、震える声で言う。
「報告書では、常に『単騎』です」
「部隊ではない」
「将でも、軍でもない」
「個人だ」
老参謀が頷く。
「しかも、その個人は、
勝とうとしていない」
「守ろうとも、征服しようともしていない」
「ただ、行って、終わらせている」
別の将校が、声を落とす。
「……止めようが、ありません」
それは敗北宣言ではなかった。
事実確認だった。
「撤退すれば、追われる」
「進めば、消える」
「止まれば、内部から崩れる」
三択は、すでに存在しない。
しばらくして、
最も口数の少なかった将校が、言った。
「法王猊下は……分かっていない」
誰も反論しない。
「分かっていれば、続けろとは言わない」
「信仰の問題に、すり替えられる段階は過ぎている」
老参謀は、深く息を吐いた。
「これは、神学でも戦略でもない」
「生き残れるかどうかの話だ」
将校たちは、顔を見合わせる。
裏切りの相談ではない。
反乱の計画でもない。
ただ、
“現実を共有する”ための密談だった。
最後に、若い将校が、絞り出すように言った。
「……我々は、どうすれば」
老参謀は、少しだけ間を置いて答える。
「消えないことだ」
戦わないことでも、
勝つことでもない。
「存在し続けることだけを、考えろ」
その夜、
公国軍の中で、
命令とは別の“共通認識”が生まれた。
この戦争は、
勝てないのではない。
――成立していないのだと。




