恐怖
最初の一戦が終わった時、公国はまだそれを「敗北」だと思っていた。
想定外の魔法。
未確認の戦力。
不運が重なった結果。
そう理解することで、戦争という枠組みを保とうとした。
二度目の接触報告は、半日も経たずに届いた。
敵影、単騎。
詠唱なし。
接触と同時に部隊消失。
この時点で、参謀の一人が首を傾げた。
「……これは、戦闘か?」
だが、その疑問は記録に残らない。
記録官は、いつも通りの形式で書き続けた。
交戦時刻。
交戦地点。
結果――壊滅。
三度目。
偵察隊が、距離を保ったまま“感じ取った”。
視界に入れただけで、魔力計測器が沈黙した。
数値は出ない。
針が、動かない。
「逃げた方がいい」
誰かが言った。
命令ではない。
助言だった。
それでも、戦争は止まらない。
なぜなら、
止めるという選択肢が、まだ“戦争の中”にあると思っていたからだ。
四度目。
部隊は、戦うためではなく、
「存在を確認するため」に配置された。
結果は同じだった。
消失。
兵士たちは、理解し始めていた。
武器が意味を持たないこと。
陣形が、役に立たないこと。
勇気が、評価されないこと。
五度目の前線では、
兵たちはすでに、武器を握っていなかった。
逃げるためではない。
使う意味がないからだ。
誰も「敵を倒す」とは言わなくなった。
代わりに、こう言った。
「そこに行けば、終わる」
戦争とは、
兵が兵を殺し、
陣が陣を崩し、
勝敗を積み上げる行為だった。
だが今は違う。
一戦ごとに、
・戦略が消え
・勇気が消え
・意味が消え
最後に残ったのは、
「次は、どこが消えるのか」という話題だけだった。
司令部では、地図の上に印が増えていく。
戦線ではない。
空白だ。
戦争の線が、
点になり、
やがて、概念そのものが崩れ始める。
「これは……戦争じゃない」
誰かが、ようやく口にした。
否定する者はいなかった。
もはや勝敗は存在しない。
交渉も、撤退も、名誉もない。
あるのは、
“次に現れる場所”を当てる賭けだけ。
そして誰もが知っていた。
その単騎の魔法使いは、
戦争を壊しているのではない。
最初から、
戦争というルールの外にいたのだと。




