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法王の焦り

側近が口にした「異端審問」という言葉に、

法王ザビエルは、即座には反応しなかった。


一拍。

二拍。


そして、静かに、しかしはっきりと首を横に振る。


「却下だ」


短い一言だった。


側近たちが、思わず顔を見合わせる。

若い司祭が、動揺を隠しきれずに口を開いた。


「し、しかし猊下……異端審問は武力ではなく、

 信仰による制圧です。今こそ――」


「今こそ、だと?」


ザビエルの声が、鋭く遮る。


「今は戦争中だ」


机を指で叩く。

報告書の束が、わずかにずれる。


「敵は、待ってはくれん」

「審問状を送り、返答を待ち、議論を重ねる間に、

 こちらの領土と兵は削られていく」


沈黙。


枢機卿が慎重に言葉を選ぶ。


「ですが、サクラの存在は神学的脅威です。

 放置すれば、人心が――」


「分かっている!」


ザビエルは、思わず声を荒げた。

すぐに深く息を吸い、言い直す。


「……分かっている」


額に、うっすらと汗が浮いている。

彼自身、それを自覚していた。


異端だ。

間違いなく異端だ。

神を騙る、危険な力だ。


だが――


「異端審問は、時間がかかる」

「時間は、今の我々にない」


別の側近が、恐る恐る問いかける。


「では……どうなさいますか」


ザビエルは、答える前に、

窓の外――戦場の方角を見た。


燃えている。

まだ、戦争は終わっていない。


「まず、勝たねばならん」


それは、信仰者としてではなく、

指導者としての判断だった。


「勝たねば、正しさを語る席にすら立てぬ」

「異端を裁くのは、戦争が終わってからだ」


側近たちは、息を詰める。


ザビエルは、自分でも分かっていた。

これは本来の教義からすれば、順序が逆だ。


本来なら、

異端を裁き、

正統を示し、

その結果として戦うべきだった。


だが現実は違う。


「……サクラは異端だ」


ザビエルは、低く断言する。


「だが今は、異端審問では止まらない」

「力には、力で対処するしかない」


拳を、強く握る。


「聖戦の準備を優先しろ」

「理屈は後だ。今は、とにかく――」


言葉が、わずかに詰まる。


「――追いつかねばならん」


誰に追いつくのか。

何に追いつくのか。


誰も、聞かなかった。


ザビエル自身も、

それを言語化できていなかった。


ただ一つ確かなのは、

彼が初めて、神学ではなく「焦り」で決断したという事実だった。


そしてそれは、

後に取り返しのつかない選択だったと、

歴史は記すことになる。

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