みつだん
古い修道院の地下聖堂。
崩れかけた柱の間に、一本の蝋燭だけが灯っていた。
足音が二つ、重なって止まる。
「――元・法王ザビエル殿」
闇の中から現れた男は、深紅の外套を纏っていた。
聖ローマ公国の紋章は、意図的に半分だけ隠されている。
「公国は、私をどう呼んでいる」
ザビエルは答礼もせずに問う。
「“追放された聖職者”」
使節は微笑んだ。
「あるいは、“まだ使える旗印”」
率直さは、敵意より危険だった。
「率直で結構だ」
ザビエルは低く言う。
「私に残されたものは、それだけだ」
使節は一歩近づく。
「王国は、サクラの教えを国是とした」
「我々にとって、それは――好機です」
「異端狩りの名分、か」
ザビエルの声は乾いている。
「ええ」
即答だった。
「聖ローマ公国は、信仰を失った隣国を放置できない」
蝋燭の火が揺れる。
「兵は出せる」
使節は続ける。
「正規軍ではないが、聖騎士団、信徒義勇兵、亡命貴族」
「問題は――あなたです」
「私が、生きていること自体が問題だと?」
「いいえ」
使節は首を振る。
「**あなたが、何を宣言するか**です」
沈黙。
「聖戦を宣言すれば、我々は動ける」
「しなければ、あなたはただの亡命者だ」
ザビエルは、石造りの床を見つめた。
そこに刻まれた古い聖句は、すでに読めない。
「私は、神の名を使う」
ゆっくりと、しかし明確に言った。
「それが最後の賭けになるとしても」
使節の目が細まる。
「では、我々はあなたを“法王”として扱いましょう」
「正式な肩書きではない」
「だが、旗としては十分だ」
「代償は?」
「戦後」
使節は淡々と答える。
「宗教裁判権の一部回復」
「そして――サクラ教の全面禁止」
ザビエルの胸に、冷たいものが落ちる。
「……女王は?」
「異端に寛容すぎた統治者」
それ以上でも以下でもない口調だった。
長い沈黙の後、
ザビエルは蝋燭の火に手をかざした。
「私は、神に選ばれたと宣言する」
「その名のもとに、王国を正す」
使節は跪いた。
それは信仰ではなく、契約の姿勢だった。
「聖ローマ公国は、その宣言を支持する」
地下聖堂に、かすかな反響が残る。
その夜、
神はやはり沈黙していた。
だが二人は、
その沈黙を――承認だと解釈した。




