店長の告白
調理がひと段落すると、
赤竜亭の空気は、いつもの夜の匂いに戻っていた。
焼けた肉の香ばしさ。
煮込み鍋から立ち上る湯気。
木皿が並び、杯が置かれる。
「なあ、店長」
私は、カウンター越しに声をかけた。
「今日はさ」
「一緒に食べようよ」
一瞬だけ、店長の手が止まる。
それから、観念したように肩をすくめた。
「……仕方ねえな」
そう言って、
店長は客席の一番端――
いつも自分が座らない席についた。
その様子を見て、
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
料理が運ばれ、
自然と、笑い声が混じり始めた頃。
私は、ぽつりと切り出した。
「ねえ、店長」
「前にさ、私に言ったよね」
《魔法剣士はやめとけ》って。
店長は、杯を口に運んだまま、
何も言わない。
「でもさ」
「店長、魔法剣士じゃん」
その言葉に、
周囲の音が、わずかに遠のいた。
店長は、ゆっくりと杯を置く。
「……俺は、違う」
低く、静かな声だった。
「バルド」
突然、名前を呼ばれる。
店長――
いや、バルドは、視線を落としたまま続けた。
「俺は、ここまでだったんだ」
「これ以上、成長はできなかった」
火の揺らぎが、
彼の横顔に影を落とす。
「だから、店をやってる」
「剣を振るのは、必要な時だけだ」
少しの沈黙。
それから、バルドは私を見る。
「お前は、違う」
「まだ、先がある」
その言葉は、
否定でも、説教でもなく――
まるで、託すような響きだった。
私は、何も言えず、
ただ、握った杯の温度を感じていた。
赤竜亭の夜は、
静かに、深く――
更けていった。




