最下層ボス調理
調理が始まると、
赤竜亭の厨房は、いつもとは違う緊張感に包まれた。
まな板の上に置かれたのは、
最下層ボスの肉。
深い赤色で、繊維は粗く、
近づくだけで微かに魔力の圧を感じる。
「下処理が九割だ」
店長――バルドはそう言って、
迷いなく包丁を入れた。
筋を断ち、
余分な魔力が溜まった部分を削ぎ落とす。
刃が肉に入るたび、低い音が響いた。
「このまま焼いたら、顎が死ぬ」
「一晩寝かせる時間はないから、酒で誤魔化す」
赤竜亭特製の蒸留酒。
肉に振りかけると、じゅっと音を立てて染み込み、
重かった魔力が、少しずつ抜けていくのがわかった。
次に、鍋。
骨付きの端肉と香味野菜を入れ、
弱火で、じっくり煮込む。
灰色だった湯が、
次第に澄んだ琥珀色へ変わっていく。
「……いい匂い」
誰かが、思わず呟いた。
店長は答えない。
ただ、灰汁をすくい、火を調整する。
焼き台では、
切り分けた肉を厚めに。
強火で表面だけを焼き固め、
中は火を入れすぎない。
脂が落ち、
炎が一瞬だけ跳ね上がる。
肉の表面に、
赤黒い焼き目が刻まれた。
仕上げに、
煮込みから取ったソースをひと刷け。
魔力の香りが、
肉の旨味へと変わる。
皿に盛られた瞬間、
最下層ボスだった面影は、もうない。
そこにあったのは、
赤竜亭史上、最高に危険で――
最高に美味そうな一皿だった。
「食えるうちに食え」
店長のその一言で、
私たちは、静かに箸を取った。
噛んだ瞬間、
濃厚な旨味と、じんわり広がる熱。
力が、
体の奥に染み込んでくる。
「……あ」
思わず、声が漏れる。
最下層ボスは、
確かに――
料理になっていた。




