人間が食物連鎖の頂点から落ちた
「おっちゃん、まだ出来ないの?」
「あぁ、もう少し煮込まないとな」
「早くしてよ、俺たち、もう我慢の限界だよー」
「もうちょっと我慢しろ」
指を咥えて腹を鳴らしてる子供たちに我慢しろって言ってから、言った俺は鍋の中で煮込まれているカレーを掻き混ぜる。
カレーの匂いが核シェルターの中に充満してるのだから、子供たちが我慢出来なくなっているのも仕方がない。
此処は上級市民で大金持ちが所有していたらしい豪邸の、地下深くに造られていた核シェルター。
持主が誰かなんて知らんよ、今此処に持主がいないって事は、バカンスに行ったまま帰国出来なくなっているって事さ。
まぁそのお陰で俺たちのグループは最高な逃げ場所を得ることができたのだが。
そこらの一般家庭が作った狭い核シェルターと違って、俺たちグループのメンバーは80人程だが、全員で立て籠もっても20年から30年は持つと思われるだけの食料品が備蓄され、パーティールーム、50メートルはあるプール、学校の体育館ぐらい広いスポーツルームまで完備された核シェルター。
豪邸の屋上や庭には、ソーラーパネルや家庭用風力発電の風車が備えられている。
そんな核シェルター内の倉庫を物色していたら、カレーのルーに乾燥野菜に米に肉まであったので、子供たちのリクエストでカレーが作られる事になったのだ。
上級市民や政府の役人共に一般市民と言われてた貧乏人の俺たちが、上級市民の核シェルターで好き勝手できるのは、あの日、人間が食物連鎖の頂点から転がり落ちたから。
働けど働けど我が暮らし楽にならずの貧乏人が地球温暖化の影響で50度近い猛暑の中、休みらしい休みも貰えずに働いている時に、上級市民や政府のお役人共の大半は南半球の国々にバカンス出かけていた。
その最中、突然世界中の空や海に禍々しい穴が空き、そこから巨大なドラゴンが溢れ出て来る。
空に開いた穴から出てきたドラゴンは、偶々近くを飛んでいた旅客機を鷲掴みにして圧し折り、空中に投げ出された乗客乗員を啄む。
海に開いた穴から出てきたドラゴンは豪華客船の上に座り込み、船から乗員乗客をほじくり出しては口に放り込んだ。
結果、世界中の空の便も海の便も全てストップして、上級市民や役人共は帰国出来なくなった。
ドラゴンが出現したばかりの頃は、世界中の軍隊はドラゴンの駆除を始める。
だが、余りにも出現したドラゴンの数が多すぎた。
1匹2匹のドラゴンを倒している間に数十数百のドラゴンが群がり集まって来るのだ、世界の軍隊は直ぐに劣勢に立たされ、今では戦闘継続に絶対に必要な場所を絶対防衛圏と定め消極的防衛にとどまっている。
その絶対防衛圏に定められた地域に元々住んでいた者以外は、絶対防衛圏に入る事は許されない。
許されるのは必要とされる農民や工員とその家族、それに国防軍に入隊を希望する若者だけ。
サービス業やホワイトカラーに従事していた俺たちは入れてもらえなかった。
それで俺たちは徒党を組み、帰国出来なくなった上級市民や役人の邸宅を物色して生きている訳だ。
と言っても、ドラゴンが現れたとき偶々在宅していた上級市民もいて、そういう屋敷に押し込もうとしたら自動銃座で撃たれた。
此の屋敷を見つける数日前にもそういう事があったので、今仲間たちがその屋敷の死角から屋敷に近寄りある工作を行っている。
工作を行っていた仲間たちが戻って来た。
仲間たちは人間より匂いに敏感な犬を連れていて俺たちがいる屋敷の周りを彷徨き、作っているカレーの匂いが外に漏れて無い事を確認する。
モニターでそれを見ていた門番が、二重のエアロック外側のエアロックを開けた。
仲間たちが中に入って来る。
外側のエアロック内にも匂いは漏れて無いようで犬たちは静かにしていた。
外側のエアロックが閉じられ内側のエアロックが開けられた途端、犬たちが吠えだす。
匂いが外に漏れたらドラゴンに襲撃されるから、カレーの匂いを外に漏らす訳にはいかないのだ。
煮込んでいるカレーを味見する。
「ウン、美味い」
俺の声が聞こえたらしく、カレーが出来上がるのを待っていた子供たちが集まって来た。
鍋の前に長蛇の列を作る子供たちや仲間たちが差し出す皿にご飯を盛り、その上にカレーのルーを掛ける。
皿を持って子供たちや仲間たちは大広間に行き、モニターに映された画像を見ながらカレーを食べ始める。
モニターには仲間たちがカレー粉をぶち撒けて来たあの屋敷が、ドラゴンの群れに襲撃されているのが映っていた。