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Saṃsāra - 第3章 : 痛み

陽だまりの中を、ミーナに手を引かれながら歩く。

レイジの足元には、柔らかな草の感触。空は高く、風は優しい。

遠くには、小さな村の景色──木造の家々、笑い合う人々の声。

すべてが穏やかで、美しく、あたたかかった。

この世界の空気が、どこか懐かしいと感じている自分に、レイジは少し戸惑いを覚えた。

──けれど、それが嫌ではなかった。

**

村では、ミーナに紹介され、多くの人々と出会った。

野菜を分けてくれる老婆。子どもたちと遊ぶ青年。畑を耕す男。

どれも、以前の自分には無縁だったはずの存在。

だが、その温もりが、なぜか心に染みてくる。


「……こんな風に、人と接するのって……」


思わず漏れた独り言に、自分自身が驚く。

何気ない日常、他者の優しさ。

それらすべてが、レイジにとっては“初めて”のように感じられた。

**

ある日、子どもたちに囲まれて、レイジは何やら騒がれていた。

「お兄ちゃん、ミーナちゃんとけっこんするの?」

「やだー!ミーナちゃんは私のお姉ちゃんなんだからー!」


レイジ「は!?……何を言って──」


ミーナはといえば、くすっと笑ってから、平然と返す。


「え? するの?(にこ)」


レイジ「……ミーナ、それ冗談で言ってるのか?」


ミーナ「うん。……半分だけね」

はあっ?」


子どもたちはキャッキャと笑い、レイジは軽く頭をかきながら顔をそむけた。

けれどその頬が、少しだけ赤らんでいることに、ミーナは気づいていた。

**

レイジはふと思う。

この子は、何でもお見通しのように見えて、

ときどき、こちらに甘えるような仕草を見せることがある。

不思議な子だと思った…

一方のミーナも、そっとレイジの横顔を見つめていた。

村の子どもたちに囲まれて照れている姿。

不器用ながらも、笑顔を返す姿。

どこか懐かしいような。

彼の持つ弱さと、奥にあるあたたかさが、なぜか心を揺さぶってくる。

……こんな気持ちになるなんて、思ってもいなかった。

こんなことしてはイケナイのに…

**

そんな甘い時間の中でレイジは、奇妙な“疼き”を感じていた。

胸の奥が、ふとした拍子に、ずきりと痛む。

笑い声を聞いたとき。子どもに微笑まれたとき。

湯気の立つ食卓に向かうたびに。


「……っ……またか……」


魂の奥が軋むようなその痛みは、まるで「お前にはその資格がない」と告げるかのようだった。

最初は気のせいだと思った。

けれど、無視しようとするたびに痛みは増し、ある日──とうとう立っていられないほどになった。

膝をつき、額に手を当てる。


「……くそっ……」


その背に、そっと触れる手があった。


「大丈夫?……痛むの?」


ミーナの静かな声に、レイジは視線を逸らした。


「……なんでもない。ただの疲れだ」


彼女に悟られたくなかった。見透かされたくなかった。

だが、ミーナは静かに首を振る。


「違うよ。……あなたの魂が、震えてる」


その一言に、心臓が跳ねた。

彼女には見えているのだ。その澄んだ眼で、魂の色も、カタチも、流れも。

レイジの中にある「後悔」や「罪」、そして「赦されたい」という、言葉にもできない感情まで。

レイジは、言葉を失った。

ミーナに何もかも見透かされていることに、焦りと羞恥がこみ上げる。


──こんな自分に、ミーナと関わる資格なんてあるのか?

村の人々の温かさに触れるたび、

幸せを感じるたびに、心の奥で誰かが叫んでいた。

「お前は、ここにいてはいけない」

その声を聞こえないふりをして、気づかないことにして…。

そんな自分を見透かされているようで、、

ミーナに対しても怒りのような感情が湧いてくる。

──どうして黙っていたんだ。

──どうして、知っていながら優しくしたんだ。

理不尽な苛立ち。どうしようもない自分自身への怒り。

言葉にならない感情が、胸をぐちゃぐちゃにかき乱す。


「……俺は……どうしたら、この痛みを……」


答えのない問い。けれど、言わずにはいられなかった。

赦される資格なんてない。

それでも、ミーナの前では、誰かにすがりたくなる自分がいる。

その弱さが、何よりも許せなかった。

**

──そのときだった。

風が止まり、空気が変わった。

遠くの木々が、ざわめくように揺れる。

ミーナが、ふと顔を上げた。


「……お越しになられた……」


「……何が?」


「“魂の道しるべ”。あなたを導く者が、今、近くに来てる」


その声には、かすかな震えがあった。

ミーナの瞳が、遠くを見つめている。

その視線の先に、“待ち続けた存在”がいるように。

けれど同時に、今この時間が終わりに近づいていることを悟っているようにも見えた。

レイジは、彼女の視線の先を追い、ゆっくりと立ち上がった。


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