Saṁsāra - 第2章 : 再誕
眩しい光に包まれて、レイジはゆっくりと目を開けた。
そこには、どこか懐かしいようでいて、見知らぬ世界が広がっていた。
草の上に横たわる自分の身体。頬を撫でる優しい風、遠くから聞こえる鳥のさえずり。
すべてが、ゆっくりと彼の感覚を取り戻していく。
「……これが、“生きている”って感覚か……」
冷たい草の感触。鼻をくすぐる空気の匂い。
以前の彼なら気にも留めなかったものが、いまは胸の奥にまで染み込んでくる。
──地獄の記憶があったからこそ。
あの果てしない痛みの中にいたからこそ、今この世界がまるで宝物のように思える。
胸の奥が、ほのかに熱を帯びる。
くすぐったくて、でもどこか嬉しくて──
思わず、草の上に座り込み、手を胸に当てた。
微かに響く鼓動。その奥で、何か得体の知れないざわめきが続いている。
それはまるで、「誰か」から何かを受け取り、それを失ってしまったような。
理由も輪郭もわからない。ただ、罪悪感にも似た疼きが、そこに残っていた。
そのときだった。
かすかに草を踏む音が聞こえた。
振り向くと、そこに少女が立っていた。
肩までの髪を風に揺らし、真っすぐな瞳でこちらを見つめている。
「大丈夫?」
少女は、心配そうに眉を寄せた。
「さっきここに来たら、あなたが倒れてて……すごく苦しそうだったから」
レイジは、胸の奥にズキリとした痛みを感じた。
彼女の姿が、その感覚を不意に呼び覚ましたのだ。
「……誰だ、お前……」
無意識に、ぶっきらぼうな声が漏れる。言葉を選ぶ余裕などなかった。
少女は少し頬を膨らませながら言った。
「ミーナ。あなたは? 名前、教えてくれないの?」
「……レイジ」
気まずさを感じながらも、名を名乗る。
その瞬間、少女──ミーナの瞳がふと揺れた気がした。
彼女の目は、不思議だった。
年齢に似合わぬ深さと静けさ。その奥に、遥か遠くを見つめるような“広がり”を感じた。
視線を逸らそうとしたとき、ミーナがふとつぶやいた。
「……きっと、長い間、眠ってたんだね」
その言葉に、レイジの中の何かが、わずかに震えた。
「……お前、何者なんだ」
ミーナはにこりと微笑む。
「それは……あなたが“思い出せたら”、きっとわかるよ」
彼女の声は、やわらかく、でもどこかで聞いたような響きを持っていた。
レイジは気づかぬうちに、彼女に導かれていた。
その笑みの奥に、どこか“懐かしさ”を感じたから。
**
ミーナは知っていた。
彼は“ただの巡り人”ではない。
この世界だけでなく、もっと大きな流れの中で──何かを変える“鍵”となる存在だということを。
だからこそ、彼のそばにいた。
少女の姿をしていても、彼女の胸には確かな使命があった。
──けれど、それ以上に、なぜか惹かれていた。
彼の魂に刻まれた、拭えぬ痛みと、消しきれない優しさに。
ミーナは、何も言わずに微笑んだまま、レイジの隣に腰を下ろした。
夕陽が、ふたりの影を長く伸ばしていた。




