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Saṃsāra - 第一章 : 地獄

星は静かに回り、無限のような幕を広げる宇宙の空間に、その場所はあった。

そこは過去も未来も交錯し、すべての時間が流れているような空間。 始まりも終わりも曖昧で、すべてが存在し、すべてが存在しない場所。 人がそれを見るとき、それは「安らぎ」にも映る。


レイジはそこにいた。正確には、“いた”という感覚すら希薄な、魂の残滓として。


彼はもとは、現代日本に生きる一人の若者だった。幼い頃から愛情を知らず、過酷な家庭環境と暴力の中で育ったことで、「良い悪い」という感覚は早くに摩耗していた。人を利用することにためらいはなく、感情に鈍く、他人を道具のように扱うことに罪悪感すら持たなかった。

裏取引に手を染め、何人もの人間を精神的に追い詰めた。

その中には、かつて彼に恐れず声をかけ続けてくれた、一人の少女もいた。

彼女は、ただの同情や好奇心ではなく、本気でレイジという存在を気にかけていた。 それはレイジにとって未知の体験だった。誰かが自分に手を伸ばしてくる──その温もりに、彼は一瞬だけ、心を揺さぶられた。


だが、過去の痛みと恐れから、レイジはその想いを無意識に拒絶した。 優しさに慣れていなかった彼は、それが何よりも怖かった。

だからこそ彼は、あえて冷たく突き放した。まるで「そんなもの、俺には関係ない」と言うかのように、無関心を装い、彼女を拒絶した。


ただ優しく、ただまっすぐで、心をかき乱しそうで、鬱陶しかった。

そして、レイジは彼女を“標的の一人”として扱ってしまった。 無意識のうちに、周囲の人間関係を破壊する一端として、彼女を事件に巻き込んだのだ。

彼女の最後の最後でさえ、彼女はレイジを心配して見せた。

「大丈夫? 心配した……。」

その日の出来事は、彼の中で“処理済み”として封じられていた。少なくとも、そう思っていた。

ある日──それは必然だった。


道端で、レイジは背後から、今までに感じたことのない奇妙な圧力に襲われた。 振り返ると、そこにはひとりの男性が立っていた。

彼の目は怒りでも恨みでもなかった。 何かを完全に失った者だけが持つ、凍てついた決意の光を湛えていた。 それは、最愛の人を奪われ、その報復だけにすべての生を注ぎ込んだ者の表情だった。

次の瞬間、レイジは胸に鋭い衝撃を感じ、崩れ落ちた。

死の間際、彼は初めて「痛み」という感覚を覚えた。 だがそれはただの苦しみではなかった。 それは「自分が生きていた」という、皮肉なほど鮮烈な実感だった。

そしてその瞬間、不意にあの少女の顔が一瞬だけ脳裏をかすめた。 表情は見えなかった。ただ、何かを言おうとしていた。


だがその感覚もすぐに薄れ、暗闇が彼を包んでいった。

目覚めたとき、彼は“場所”も“時間”もない空間にいた。 周囲は見慣れた場所のはずなのに、どこか違っていた。


気づくと彼の目の前には、知らないはずの情景が次々と映し出される。 ビルの屋上で泣き崩れる少女、無言でスマホを見つめる老人、心を閉ざした少年──。 どれもレイジが過去に軽んじ、傷つけてきた者たちだった。

彼はその一人一人の胸の内に入り込むようにして、絶望や怒り、虚しさを肌で感じていた。 それは映像ではなかった。感情そのものが、レイジの魂に突き刺さるように流れ込んでくる。

逃げようとしても繰り返し映し出され、終わることのない輪の中で、レイジは自分が何をしてきたのかを“相手の視点”で見せられていた。


「これが……俺……?」 声にならない呻きだけが空間に響き、魂だけが、削られるように痛み続けた。

どれだけの時間が流れたのか分からない。カレンダーも時計も、そもそも“概念”すら壊れていた。 ただひとつ残っていたのは、「何かをやり直したい」という本能のような衝動。

それは“許されたい”というより、“やり直すことでしか終わらせられない”という、それは、極限の執着だった。 たとえるなら、決して届かない誰かの背中を、血を流しながら何度も追い続けるような——そんな痛々しいまでの想いだった。


その執着の奥に、時折誰かの声のようなものが響いた。

声「これもまた、必要な巡りなのだ。」

誰の声なのかは分からなかった。 だがその響きには、人の声ではないような冷たさと、けれど“意思”を感じさせる奇妙な重みがあった。 同時にそれは、自分の魂の奥深くに絡みつき、すべてを見透かすような“全てを管理している存在”のようにも感じられた。

次の瞬間、視界に柔らかな光が差し込む。 魂に纏わりついていた痛みが徐々に薄れていき、思考が冴えわたっていく。 その変化の中で、再びあの声が問いかけてきた。


声「……もし、もう一度やり直せるとしたら──あなたはどうする?」


それは誰かの問いであると同時に、自分自身の奥底から湧きあがった声でもあった。


レイジ「……もう一度だけ。」


彼の魂は、ふたたび静かに、“動き始めた”。

そしてそこには、記憶の底で聞いたあの“声”の、静かな監視の気配があった。 それが、彼の行く先を導くものなのか、あるいは試しているのか──それはまだ、誰にも分からない。

ただ確かなのは、魂の新たな旅が、いま始まろうとしているということだった。


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