第一話
現世と異世界、二つの世界が織りなす少年の物語。
誰かに愛されたい。
誰かに必要とされたい。
それが僕の願いだった。
小学校中学年辺りから学校に行かなくなった。
その理由は主に二つの理由があるから。
一つは学校内での虐め、もう一つは家族関係である。
学校では主に見た目の所為でいじめられる。
髪が長い、肌が白い、体が痩せ細っているなどの理由。
髪が長いなら切ればいい、肌が白いなら焼けばいいと大抵の人はマリーアントワネットの如くそう言うだろう。
しかし、それができれば苦労はない。
そこで問題になってくるのがもう一つの家族関係だ。
父が幼い頃に他界し、母が再婚した相手が僕のことを忌み嫌い陰で暴力をしてくる。
母に見られないように服で隠せる箇所に痣がギリギリできないくらいまで。
そんなこともあって僕にお金をかけてくれない。
母と再婚相手の間には双子の姉妹がいる。
三つ下の子で、二人は双子に溺愛していた。
そこから僕は徐々に愛されることなく、家でも学校でも一人となった。
そんな人生に絶望していると、僕の元に奇跡が起こった。
祖母、他界した父の母親が僕の状況を見て、今の両親から引き取ってくれた。
祖母はとても良い人だった。
学校に行けない僕に勉強を教えてくれた。
家事や炊事も教えてくれて、今となっては台所に立って夕飯の仕込みまでできるようになった。
祖母は僕にとって唯一の味方であり、恩人だった。
いつか僕を助けてくれた恩を返せたらいいなと思った。
しかし、そんな幸せな時間は長いようで短いものとなった。
中学二年生の時、祖母は寿命を迎えた。
また、一人となった。
祖母は、多額の資金を持っており、遺産となる屋敷、資金、その全てが僕に譲渡された。
子供の僕には有り余る金額だった。
事を弁えれば一生働かずに暮らせる金額だった。
今の両親は僕を育てる代わりに遺産を全て差し出せと言った。
金の事しか考えていない、祖母の死に見向きもしない奴に渡す金はない。
「嫌だよ、死ねよ」
生まれて初めて両親に死ねと伝えた。
今まで助けてくれなかったくせに、愛してくれなかったくせに。
その想いが口に出てしまった。
父親の方が胸ぐらを掴む。
「お前…」
「離せよ、DVで警察に連絡するからな?」
そういうと、父は咄嗟に僕を離した。
最後に父から一人で勝手に生きろ、俺たちは助けてやらない、中学卒業からは赤の他人だと言われた。
母は何も言わず双子の姉妹を連れて去った。
そうして僕は広すぎる祖母の屋敷で一人寂しく暮らすこととなった。
それから二年が経ち、僕は高校生になった。
とはならなかった。
文字通り、中卒となった。
毎日コンビニでバイトの日々。
実を言うとバイトは中学卒業前には始めていた。
昼の13時から17時まで、毎週月、火、木曜日にシフトを組んでもらっていた。
「お疲れ様でした~」
17時になり、バイト先の先輩に挨拶していつもの帰り道を歩く。
道には下校中の学生、家に帰る社会人の人。
音楽を聴きながら歩いているといつも思う。
「私もこんな人生送れてたかもしれないのか」
自分には決して訪れることのない日常。
いや、どうせ訪れるなら自分が想像していなかった非日常を送ってみたいな。
そんなことを思っていると、なんだか周りが騒がしい。
だんだん僕の周りから人が避け始めた。
なんだよ、もしかして私からなんか臭ったりするのか。
スマホから目を逸らして前を見ると、いかにもガタイの良い大男が何やら盗んだと思われる鞄を大事に抱えながらこちらに向かってくるではありませんか。
基本的に避けるのが当たり前だが私は見逃さなかった。後ろから息を切らしながらも盗られた鞄を取り返すために懸命に走っている女子高生の姿を。
「陰キャが出しゃばったところで何もないけど、仕方ない。助けよう」
もちろん、自分でも非力だと自負している私が大男に正面から勝てる見込みなんてまず無い。
ならばどうするかと、常にポケットに常備しているあるものを手に構える。
「そこのガキ、道を譲りやがれ」
「嫌だね」
徐々に近づいてくる大男に自分との距離が五メートルになると、私は手に持った秘密兵器を投げつける。
「おーコラ、カラーボール、バーン」
「うわっ、し、視界が」
カラーボールで視界を奪われた大男は走りながらバランスを崩したため、私は横に移動し足を引っかけて大男を転ばせる。
「誰か、今のうちに警察に連絡してください」
周りの大人たちが察してくれたのか、大人数で大男を拘束してくれた。傍に居たOLの方が警察に連絡してくれていた。
私は大男が盗った鞄を持ち、走ってきた女子高生に渡した。
「これ、君の?」
「あ、はい、そうです。ありがとうございます」
女子高生からのお礼はとても心地よい気がした。
しかし、それも一瞬の出来事だ。
次の日になればそんなこともあったなで終わっていく。
見ず知らずの人なんかその時点で忘れてしまうのだ。
「戻ってきて良かったね。それじゃあ」
「あ、あの…」
名前を聞かれる前に颯爽とその場を去ることにした。
後に警察から事情聴取される可能性が高いし、なんでカラーボール持っていたかなんて聞かれたくない。
バイト先からくすねていたとは言えない。
それからしばらく歩いてやっと家に着いた。
「ただいま」
もちろん、返事はない。
私一人では広すぎる屋敷に寂しいという気持ちはもうなかった。
祖母が生きていてくれたらどんなに嬉しいことか。
「はぁ…夕飯作らないと」
気持ちを切り替えて夕飯を作ることにした。
自分で言うのもなんだが、炊事にはそれなりに自信がある。
例えるなら、雑誌に載っているような写真通りの料理ができるということ。
料理が出来上がると、食卓に運ばずそのまま台所で食べる。
誰かに料理を振る舞うわけでもないので、盛り付けなども特にない。
「一人飯は悪くないけど、毎日寂しいことしてるよな~私って」
でも、その生活も慣れれば苦ではなかった。
「さて、食べ終わったら家の掃除しないとな」
今住んでいる屋敷は祖母が亡くなってから一年と少し経っていて、自分に必要ないものに関しては捨てるか売るかのどちらかである。
しかし、あまりにも量が多く全てを片付けるのに一年掛かるとは思わなかった。
それも今日で最後になる。
最後の荷物を整理している。
使っていない部屋の押し入れに入っていた大きな段ボール。
中を開けると、何やら小さめのローブが入っていた。
「何これ?魔法使いみたいなローブ?」
アニメや漫画でしか見ないよくあるローブ。
思わず袖を通してしまった。
「サイズもピッタリだし、捨てるのは勿体ないか」
よく見ると段ボールの中に帽子も入っていた。
如何にも魔女って感じの先端が折れ曲がっているとんがり帽子。
思わず被ってしまった。
「いやいや、コスプレイヤーじゃないんだから」
でも少し余韻を楽しみたいのでこのまま作業することにした。
段ボールの中は変な物しか入っていなかった。
古びた壺、怪しい草、刃毀れの酷い短刀など。
祖母が昔どういった人物だったのか想像ができない。
「で、最後にこれか」
『真姫へ』と書かれた付箋が張られたまるで、ダンジョンに出てくるような小さな宝箱があった。
中を確認すると、小さな玉と手紙が入っていた。
手紙の内容は私がまさかと思っていたことだった。
『真姫へ
貴方がこの手紙を見ているということは、もう私はこの世にはいないのでしょう。
辛いことが多かったと思うけど、今は楽しいですか?
可愛らしいお嫁さんは出来ましたか?
貴方が幸せに生きていることを願っています。
私は、誰にも話していない秘密があるのです。
それは、私がこの地球ではない別の世界からやってきた魔女だったということです。
星野真奈という名前はこの世界にやって来た時に付けた名前です。
本当の名前はマナ・オルキデアと言います。
もし、人生に少しでも退屈しちゃったら手紙と一緒に入っていた飴玉を飲み込んでください。
そして扉、開放と唱えてください。
そうすれば、かつて私が住んでいた世界への扉が開きます。
その世界では魔法が使えて、貴方にとってはとても楽しい世界となるでしょうね。
その飴玉は私の全ての能力値が詰まっています。
その世界ではまず苦労はしないでしょう。
貴方が生きる道を無くしてしまった時の保険のようなものと考えてください。
どうか、私の可愛い孫に幸あれ。』
気持ちの整理ができない。
別の世界って何?魔女って何?本当の苗字オルキデアだったの?
とても冗談には思えなかった。
それは祖母が冗談があまり好きではなかったからだ。
「人生に退屈していたら、か」
いつの間にか手には飴玉を持っていた。
手紙の内容が本当なら使いたい。
魔法が使いたい。
非日常を送りたい。
そんな思いが、好奇心が思わず飴玉を飲み込ませた。
「はぁ…扉、開放」
特に何も起こらなかった。
「まぁ、やっぱりそんなことあるわけ…え?」
そう口にした時、目の前には扉が建っていた。
青銅で作られた両扉が建っていたのだ。
「これ、本当に別の世界の扉なのか?」
好奇心が止まらない。
思わず両手で開けてしまった。
扉の先は現代とは思えない古びた部屋へ繋がっていた。
段ボールの中にあった薬草や壺がその部屋には当たり前のように机に置いてあった。
「外はどうなってるんだ?」
部屋の外に出ると、辺り一帯草木が広がっていた。
まるで森の中に住んでいるかのようだった。
「ここが、別の世界。おばあちゃんが住んでいた世界か」
三秒後、
「すげー!本当にこんなことあるのかよ!」
深呼吸をして思わず叫んでしまった。
「もしかして、私今、魔法が使えたりするの?」
手皿をして、呼吸を整える。
『水よ、来たれ』
頭の中に咄嗟に浮かび出た言葉がその魔法を発現させる。
手の上には炊飯器くらいの大きさの水の塊が出ていた。
「本当に水だ。今、私魔法使ってるんだ。アハハ」
魔法が使えることに、今まで生きていたことの何よりも嬉しく、楽しいと思ってしまった。
私が歩めるもう一つの道。
祖母が生まれた故郷。
「おばあちゃん。私に生きる道を与えてくれてありがとう。私を支えてくれてありがとう」
地球と同じくらい青い空に向かって祖母に感謝を伝えた。
暫く魔法の世界を楽しんだ後、私は元の世界に帰ってきた。
「扉、閉門」
魔法世界への扉は常時出すわけにもいかないので、仕舞うことにした。
そして、気づいたのがこの世界でも魔法が使えるという事。
魔法世界の部屋にあった魔導書らしきものに私が使える魔法が祖母の字で書いてあった。
よく読んでみると、属性は炎、水、自然、光、土、闇の六属性。
私は全部使えるとのこと。
水と自然には派生が存在しており、水の場合は氷、自然の場合は風と雷があるとのこと。
もちろん、これも使える。
さっき使った扉に関しては魔法世界だけではなく、行ったことのある場所にも移動ができるとのこと。
魔法を使うには魔力が必要らしいが、魔力は心臓に宿る特殊な器官から生成されるらしく、この世界の人間にはそれがないとのこと。
だが、私はその魔女の子孫ということもあり、その器官があるらしい。
「私の心臓、希少価値があるどころの話じゃなくなっているような」
健康診断とか、精密な検査が必要な場所へは行けない感じになりつつある。
能力値に関してはそのまま引き継いでいるらしいので、最後に測定された能力値が書かれている紙をみることにした。
魔力値:∞
固有能力:大魔女の証
魔法適正:炎、水、自然、光、土、闇、氷、風、雷、精霊、神代
攻撃適正:魔法、武術、剣術、弓、槍、盾
紙を見て絶句した。
もはや何でもありだった。
「魔力値∞はおかしい、生成する意味ないじゃん。魔法適正もおかしい、精霊と神代って私の知らない知識出てきたよ?攻撃適正の盾って何!?突進でもするの?」
魔導書を読むと、精霊は向こうの世界に住むエルフの種族が使える魔法らしい。
魔女だから使えるのかは不明。
神代は向こうの世界で過去に失われた魔法とのこと。
先程使っていた扉もその一つらしい。
「向こうの世界で生きていくにはその知識も必要ってことね」
人生は勉強の毎日という気持ちを感じた。
何故か向こうの世界の読み書きはできるが、それだけで生きていくのは無理がある。
魔導書には、向こうでの生き方も書いてあったので、後で読むことにした。
「今日は疲れた、続きは明日にしよう」
そう思い片づけをしようとすると、宝箱に入っていた手紙が一枚じゃないことに気づく。
「あれ?もう一枚手紙が。引っ付いてて気づかなかった」
もう一枚の手紙にはどうやら注意書きのようなものが書かれていた。
『飴玉を飲み込んだ際、その後の体の成長は止まります。
もちろん老いる事もありませんが、不死ではないので死なないよう注意してください。
この世界での魔力は人を良い意味で引き付けるフェロモンのようなものなので魔力値が∞の私はよく求婚されるほどだったので、女性関係には気を付けてください。
もし、誰か一人でも返事を断ってしまったら監禁まではいきませんが拘束される可能性があるので注意してください。
私の従者がそうだったので。
よく考えてから飲み込んでください。
祖母より』
読んだ頃にはもう遅かった。
「ツッコミどころが多すぎるんですけどぉぉぉぉぉぉぉ!?」
夜の屋敷に叫び声が響いた。
如何でしたか?コメント貰えると創作意欲が湧きます。