【第九話】刻が未来に進むと思ったのか!(2)
歯車の動く音がして、一段一段と降りる音がして、時折土芥を被っている岩を蹴って歩く音がして、扉を開ける音がして、また降りる音がして。
見覚えのある道になってようやくその音たちを拾えた。
「休憩なしの…走りっぱなしなの…なんでですか…?」
息切れで少し震える足を抑えながら彼に訊いた。
「…早歩きのつもりだったんんだが。そうか、次からはもう少し遅くするように心掛ける」
ありがたい事で、そう皮肉を言う元気すらなかった。
身長差からくる歩幅の違いか、あるいはネズミ一匹分思いからか…まぁ戯れ言だ。
実際問題は持久力の差だろう。持久力がないから疲れやすい、それだけの話だ。
スタミナがないのは自分でも認めてるから、フルトーさんにどうこう言うのもそれは違うし。多分『待って』と言ったら待ってくれたんだろうけど、気遣わせるのもあれだし。
単純に身体能力不足だな、こう感じんのは。
着いたのは昨日と同じく第十九層。常人があれこれ出来る限界地―第三帯と呼ばれる難易度の最期の階層。もう一階層降りたのなら、今見える洞窟のような風景から別の様相へと変わってしまうのだろう。
次からはもう容赦はない前提、死を意識するのは当たり前 ―そんな場所になってしまうのだろうか…
「それで、どうするんですか? 無暗に探しても見つからないと思いますし…何か手がかりとか心当たりでも?」
「なくはない。確証はないが、目星はつけてるつもりだ」
「具体的には…?」
この時俺がなにか彼が卑劣な行いをするのではないかと危惧しなかったかと言えば、それは嘘になる。彼が細工されて被っていても声が鮮明な筈の仮面を、わざわざ声が少しこもるくらいまで深く被っているのがなにかしらの企みの兆しに思えて仕方なかったのだ。
「そうだな、まずは探査同胞団という迷宮攻略の為に挑む奴らを支援する組織の足跡を探す。定期的に地上から特別なツテがある一般人も乗せる後方支援隊の荷車が送られてくる筈だ、最初はそれの痕を追ってみる。迷宮で車輪の痕跡なんて中々ないだろうから、見つけたら間違いはないだろう。次に機械修理人を探す。言うまでもなくそういう団体でなくとも迷宮攻略者の需要を満たせば…って考える金の匂いに敏感な連中はいくらでもいる。鍛冶屋なら知ってるが、以前訊いたらお生憎、機械修理は専門外らしい。…正直具体的とは言い難いが、迷宮攻略者の用事は多様だ。多分いるだろう。それでも無理だったら ―最悪の場合、死体漁りもやむを得ないな」
「…」
「なんだよロゥ、そのなんと言いがたい表情は」
「いえ…結構目星つけてたんだなー…って」
はっきり言って『とりあえずそこら辺の奴から略奪する』と言わなかったのが意外でした、なんて口が裂けても言えない。
…相当パニってんな、俺。さっきの一行だけでも"言"って三回も使ったぞ。言って、言わなかった、言えない。言わ猿の群れでも居たのかよ。
その探査同胞団とやらの残した車輪の痕を探した。
彼の言う通りこんな洞窟の体をしている空間で車輪とは、中々に雰囲気的に浮くはずで、残された痕と言えどそれだけ見つけ易いと思った。しかし土芥や通過した魔物や魔獣によりそんな様子は文字通り跡形もなく、雑多な歩みは積もらせた粉雪のようなそれらにすら隠れてしまっていた。
「…大通りは全滅か」
「ですね…」
どれだけ注意深く見ても、ないものはなかった。そう文句の種類だけが増えていたかと思えば、すっかり荷車が通れそうな広い道はあらかた探してしまっていた。
「次、小さめの道も探しますか?」
「今探したよりも狭い道は話にならない。大抵荷車を牽く輓獣として用いられるのは牽山牛という大型の獣だ。小回りは利いても体躯より狭い場所では動けない」
「じゃあ、どうします?」
「一度界門まで行ってみる。あそこら辺は確実に痕跡は踏み消されてるだろうが…まぁ、思いがけない出会いに期待だな」
「分かりました」
界門、つまりはこの第十九層の最後まで行くって事だ。
この一帯最後の層だからってのもあるのか、相応に道なりは長かった。近道をしようとすると誰かによって縄梯子がかけられている程に高低差がある場所を通らなければならなかったり、大戦闘があったろう人か魔物か区別もつかない ―僅かに骨の形で判断できる程度の無残な死体が転がる場所だったり、ゴブリンの群れが拠点にしていただろう横道を通ったり―どこを歩いてきたかはもう杖の先を見れば判る事だ。
「もうだいぶ日数経ってるしな、見つけられなくても不思議じゃないか…」
俺が薄っすら思っていた頃には、彼も半ばこのプランは捨てていた。諦めがいいというか、切り替えが早いって言うんだろうな。
するとまぁ、第二プラン ―『機械修理人』を探せ、になるか。
とは言ってもさぁ、そんな簡単に機械修理人なんているのか、実に疑わしい。鍛冶屋はいても ―多分時計の感じからして、八十年前の物だからそこんとこ考慮するとして産業革命後くらいの技術だろうか? そしてそんな社会の中でわざわざ迷宮に来るような物好きな職人なんて、そもそも世界に存在するのだろうか?
もっと言えば見つけた修理人が時計の修理も出来るかは別だし…いっその事、清々しいくらい『俺は時計のプロフェッショナルだッ!』と主張した人物でもいなきゃ解決しないだろうな。それこそ全身から懐中時計をぶら下げてたり、巨大な時計を頭にかぶってるやつでも居たらいいんだけどなー…
…いるかよ、そんなやつ?
そんな事考えてるくらいだったら、もっと現実的に―現状を直視する為に目を開いて前を向いて、堂々と歩くべきなんじゃないのか?
―そう考えると、それなら今でもできるな。じゃあ、今すぐにでも。さぁさ楽伍知郎 ―じゃなくてラク・ロゥ、その猫背を直して、重力に任せて不完死屍のようにブラーっとした腕をどうにかするぞ!
「…ちょっと待て」
背筋を伸ばして正しい歩行フォームになろうとした俺は彼の右手によって静止させられた。
「誰か…いる?」
目を凝らしてみると、そこには確実に人がいた。
しかし俺はその光景が幻の類ではないかと疑うのに必死だった。
何故ならば、そいつはこの魔物・魔獣の跋扈する迷宮の中なのにも関わらず、あろうことが武器を持っているようには見えない。それどころか何か装備しているように見えない。装備どこか服すら着ていていない。
端的に言えば下着一枚―ほぼ全裸と言っても過言ではない有り様だが、それだけではなく―なんと彼は頭が巨大な時計だったのだ。
「刻は来たッ!」
そう発せられたと同時にその短針は一周し、ボーンという重い音が響いた。
【あとがき】
なんかギャグみたいになってきて、これが創作に於ける『キャラクターの暴走』ってやつですか…
運命力に怯えてます。太陽万歳。
至らぬ点ありましたら、どうぞご意見お願いいたします。
…寝坊したこと以外でお願いします。