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【第四話】そんなガッツに惚れたんだッ!(下)

 ある日死んでしまい、目を覚ませば異世界に転生していた楽伍 知郎青年は、助けてくれた恩人でもあるエルフであるフルトーと出会う。

その後の彼の吐露で彼の暗黒の理由を知ってしまうが、それを噛み締めるだけで彼と同じような生活を甘受する事を決める。


―そしてその二日目、どうやらフルトーは用事があるようで…

 まったく、さっきは寄り道もいいところだった。

 起きて早々適当な武器を見繕って行った経験(こと)もない第十九層まで行くと言われた。その目的は確か―

「確か鍋を新調するとか言ってませんでした?」

なのに現実、異様な現場だったとはいえ、同じ冒険者―同業を追跡した結果ケンカを売られて、それを買っちゃったもんだから話が面倒なことになった。

…こんな調子なら、まさか新調とは奪い取る事を意味しているのではあるまいか…

「その()ってどういうやつなんです?」

「甲羅だな、竜みたいな亀の甲羅を使うんだ」

なるほど甲羅か、そうわかると一気に納得した反面、本格的にさっきのケンカが本当に訳の分からない行為に見えて仕方がなくなった。まぁ、そんなものか。

 そんなやりとりを挟みながら少し歩くと、ようやく《剛拳》のヨアレス、その情婦アェイラ、そして隠れていた魔法を使った暗殺者の三人と戦った狭い脇道から戻り、正規ルート―ある程度整備された道まで戻ってこれた。時間にしておそらく十分も経過(かか)ってないとは思うけれど、なにせ緊張と鳥肌で心が疲れてしょうがなかった。今着ている作業着の下はきっと汗まみれだ。すると心にも体も冷や汗だらけだったというわけか?…俺にジョークは無理だな、深くそう感じだ一瞬だった。

 元々住処にしていた旧倉庫があるのは第十七層、つまりここからスタートして、今は界門(アガイド)を通って下の階層に行ったので第十八階層。そして目的地は第十九階層―次の階層だ。

「なら、もう安心ですね」

「どういう意味だ?それ」彼は怪訝そうにそう言った。

意外に俺の考えとは反対に、隣で歩くフルトーさんの答えは寧ろ俺の安心感を否定するようなものだった。妙に軽快になった足取りに釘を刺されたような気分だった。

「だってこの整備された道を進むだけでしょ?ならもう迷いようもないっていうか、対人のトラブルはあまり考えなくてもいいんじゃないですか?」

「何も人だけが脅威じゃない。どんな殺人鬼より、迷宮(ダンジョン)内に限れば魔獣や魔物の方が人を殺している。お前一人なら、抵抗もできずに虐殺されるだろうな」

冗談という風でも、教えるという風でもなく、ただ事実を淡々と述べたような彼の口調によってさっきの勇気が嘘だったように、一気に背筋に冷たいものが流れたのを感じる。

「…」

「油断するなという事だ。俺は英雄じゃない、全てを守るわけでも、救う義理や理由なんてない。生きる為以上の理由で行動するなんて御免だ…自分の事くらいは自分で守れ」

…確かに、気の抜けすぎだな。さっきの反動で、緊張感とか生存本能とかそういう()()()()()が一気に抜けていってしまったのかもしれない。原因は何にしても、結果として油断はしていたわけだし、いずれ一人立ちを考える身としては聞いておいて損はない内容の話だろう。

実際、言葉ではそう言っても、口調は本気で見放す人間特有の業務報告的なものではないので、本当に釘を刺しただけ―注意したに過ぎないのだろうけど。

「…まぁ、抑々この道を進むわけじゃないんだがな」一人、つぶやくように口にした。

それが予告だと判るのには時間は要らなかった。

「こっからだ」彼は俺の手から松明を取ると、道の途中で突然斜めに進み始め、気が付けば―

「…ただの壁じゃないんですか?」

ただの行き止まりのように見える、なんてことない―ただの岩壁。彼はただそれを前に突っ立っているだけのように思えた。

「その仮面に何か効果があるとか?」

フルトーさんの着けている鹿の仮面は、よく見れば眼窩―目のあったくぼみにはレンズがはめ込まれているのが判る。それの効果で何かを見透かす―真実を見通せるとか?

「そんな便利なもんを戦いの時まで着けるもんかよ、貴重品だぞ?」とフルトーさんは。「下を向け、影を見ろ」

言葉を信じて視線を下に向けると、そこには何か違和感を感じた。

下手なイラストを見るような、立体感を失ったような現実味を失う感覚が眼球を撫でるように巻き付いた。確かに、そりゃ火が必要なわけだ。

「…影がない」

彼は部屋の中心になるように火を掲げたので、よっぽどのことがない限り彼と俺と、あとはせいぜいちゅーた―その二人と一匹以外には洞窟らしい地形そのものの影が落とされるは筈だ。

なのにフルトーさんが立っている先の壁には他の場所とは違い、影はなかった。まるで目の前のそれには()()がないように、もっと奥に影は生まれていると囁くように。

「…判ったか?」

彼は後ろを振り向いて了解を取ると、俺に松明を返した。

「なら進むぞ」

あとは言葉を少なく、ただ歩き出した。

「…」

ゲームのギミックではよく知っている隠し道。けど実際目の前にすると、期待や驚きよりも唖然としてしまうものだった。

「…ちゅうちゅ?」

「お前は勇気あるよなぁ…」

立ち止まっていた俺を気遣うように肩の上に居たちゅーたは俺の耳を引っ張ったので、俺もしょうがなしと覚悟を決めて足を進めた。

 より暗く、より細く、より足元は拙く。いよいよ未開の―獣道ですらないただの隙間のような感じになってきた。けどフルトーさんはそんな事はないと言わんばかりに、何も変わらない様子で歩き続ける。

「こんなところ…ここ、何回か来てるんですか?」

「…最初だったら、もっと慎重になる筈だろ」

「それは…そうですけど」

彼がなんて答えるか、全く予想出来なかった訳じゃなかったけど…にしてもあまりにも予想通りがすぎる正論味の強すぎる言葉に、一瞬言葉が喉からすり抜ける。

「回数の―」

「来た回数の話なら、三度目だな。最初は宝箱でも出現()いてないか探して《視界への天啓(デクゼ・シク)》って看破魔法で探索してた時に見つけた。最初は個体数とその危険度を調べて、二度目はそこがこの《第三帯》の()()()()()なのかも一応、あとは安全確保だけだった…ってこたぁ、今回みたいなのは初めての用事って事だな」

自分でもあまりに突き放した言葉だっただっと事を悔いているのか、いきなり質問通りに答えられても…寧ろこっちの反応に困るというか…心底面倒くさいな、質問したのに答えられたら反応に困るとか。根本的に俺はコミュニケーション能力に何らかの障害があるのかもしれない。

「…」

「…」


「…ちゅー」

流れるぎこちなさだらけの静寂の空気に、ちゅーたの鳴き声もばつが悪そうだった。

「…昨日で俺はお前の力を借りると思ったが、お前個人の事を考えると、俺自身がお前にどうすればいいのか正直判らねぇ。だからこうしてお前に直接聞いているわけだが、お前はどうやって生きたい?」

「…」

少し悩むけど、それは昨晩の夢でも充分に考えた題材だった。

「…この世界を知りたいです。自分がどうしてこうなったかは知りませんけど、結果はこうですからね。とりあえず、この世界でこの世界らしく生きてみたいです」

「…そうか」

驚いたわけでも不都合を感じた風でもなく、意外そうというか『そっちを選ぶか』と自分の選択肢の内側に収まったのに納得した感じだった。

「先の事を考えると、俺はお前より先に死ぬかもしれない。だから…こう言われるは癪に障るかもしれないが、いつだって世話する事は出来ないんだ」

理解してはいたが、彼だって人間だ。フルトーさんはチュートリアルのNPCじゃないんだ、人生があるし、都合も終わりもある。いつだって俺は彼と一緒にいられて安全とは限らない。いつかは自立して生きなければならない時が来る。彼の考えている事はその時、自分と別れる時に俺に何を遺せるのか、という事だろう。

「お前に生きる意志があるのなら、俺はそれを尊重しようと思う。俺はもう俺の人生に意味や執着を抱えていない、前も言ったろ? 『俺は今の俺は死んだ人間だと自らを定義している』ってな。―だから、お前が有意義に生きるなら、俺はお前に使い潰されてもいいんじゃないかと思ってんだよ」

「そんなっ…!」

そんな残酷な話があるか!どんな理由があっても、人間の一生を身勝手に使う事なんて出来るわけもない!命は譲渡なんて出来ないし、万が一できたとしてすべきじゃない!生きる意志を捨てるなんて駄目だ!そんなの…そんなの…

「まぁ、今結論を出せとは言わない。だがもしお前にもその気があるなら、万が一の場合なら俺を捨て駒にでもなんでもすると善い。俺は恨みはしないし、文句もないだろうからな…」

だろうで決めんな、こんな事を!

   あんだろ、もっと止まれる理由を…!

    探せるだろ、自分の価値を…!

  …帰るんじゃないのか、

「生きるんじゃ…生きたいんじゃないんですか……?」

「勿論生きたいさ、今死ねる訳はない。だが、生きる目的は決めちゃいない。野垂れ死ぬ以外何だって構わない」

心の奥から出した強い言葉は、丸で霧にでも放ったかのように感触もなく消え去ったようだった。

「…なら、誰かに殺されでもすればいい…」

「…」

ふと漏れた言葉の中身に気付いた時には既に、撤回もできないような深さまで突き刺さってしまったような嫌な空気が肌を撫で、鳥肌を立てた。

「ならっ、野垂れ死に以外何でもいいんだったら、喰い殺されでもされれば良いんだ!」

退く事も、撤回もできないのなら、いっそ出せるだけ全ての強い言葉を出し切る! 足で地を踏みしめて、その反動に自分も傷つかぬように、ただ相手を傷つける為だけの強さを霧に放つ。ただ、それで済むのなら、躊躇いはない。

「自分の命だからって、自分勝手な決断をしたって許されるわけじゃないんだ! 『死んだ人間だと自らを定義してる』だって? それがどうした?死んだ腕でもなんとかしろよ!だってあんたは騎士で!―」

自分でも怯まぬように、踏み締めて、一歩進み―仮面を外すように殴り上げる。

「父親なんだろ? 娘か息子か知らないけど、それが無理でもせめて自分の愛した(ひと)くらいはッ!…守れよ…手遅れだったとしても、謝りくらいしろよ!」

俺としては一瞬の出来事だったので何が原因かは判らないけど、さっきとは違って、ちゃんと―

「…解ってくれ」

霧にも矢は刺さった。

 仮面を取られたことで、気取れていた何者でもない化け物としての面が消えたからか、徐々にフルトーさんの顔は動き始め、人形のような顔が、人間の顔になった。

「…解ってくれ、人間はな、…弱いんだよ」

今にも泣きだしてしまいそうな、葬送でもした後のような悲しげな口調を取り繕うように諭すような言葉で口から吐き出した。

「人間には限りがあんだよ、無理な事はある、越えられない壁もある。それが物質的なものなのか、精神的なものなのかは限りはない。逃げさせてくれ、現実から。託させてくれ、出来なかった事を…果たせなかった―」

「約束は、貴方じゃないと終わらせられない。逃げても俺は構わないけど、俺は貴方の代わりになれない。託せはしても、それだけでしょ?」

取り繕う言葉の針を逃れて漏れ出てくる悲しみに目を逸らすように、俺はまた、認めずに拒む強い拒絶の言葉を使う。

「だから、すべき事は自分でやってください。俺は、自分の"生きたい"の為に必要な事だけを継ぐつもりです。貴方の"生きたい"は、フルトーさん自身で終わらせてください」

言ってみて初めて解った、突き放すような言葉の奥側を。自分の心ですら覆い隠せないあまりに大きな苦悩、言葉を取り繕えない危うさを。

「解ってる―理解してるんだよ。けどな、出来ねぇんだよ、昔の事なんて、引きずっちまうんだよ。どうにも自分と重なるんだよ…その先に残酷な挫折があると知ってるからこそ、まだ引き返せるのならそうしろと思っちまうんだよ…」

彼も今吐き出せるだけ苦悩の詰まった言葉を吐き出したのか、一度目を瞑って、気持ちを切り替えた。

「…もういいか。話の続きをしよう」

「話…?」

道もそうだが話も本題からは止まっていたから、閑話休題して本題に戻ったようだった。

「言葉不足だったから改め言うと、お前に必要になりそうな技術や知識を可能な限り教える。どうせ細かい話なんて覚えられねぇだろうから、肝心な教訓だけにしておく。二日に一回は言ってやるよ」

「そりゃまた…ありがたい気遣いですね」

本当に切り替えが早いというか上手いというか、さっきまで泣いてたのと同じ人間とは思えない。俺はフルトーさんじゃないのでそんなに切り替えが早くない。だから、返事はなんとも言い難い感じなっていた。

「第一の教訓、『行きたい場所に通じるなら道を選ぶな、正しい道だけが道じゃない』。必要なら可能な限りなんだってしろ。勿論、未来の不利益も考えてだが」

必要なら何でもしろという事ならまだ解る。けど"可能な限り"とか"未来の不利益も考えて"とも言ってるから『無理をするな』って事か?

…正直理解できたとは言い難い。

「ん…」

「まぁ、すぐに理解しろなんて言わねぇさ。教訓なんて、生きてるうちのいつか活きれば良いんだよ」

いつも通りの『あとは自分で出来るだろ』突き放すわけでも慰めに近いほどのフォローをするわけでもなく、ただ促すような口調に変わると、外れた仮面を着け直し、足を再び進めた。

 「『正しい道だけが道じゃない』…か…」

 フルトーさんの言葉を反芻することもあまり出来ないまま、彼の真意を理解できないまま彼についていくと、次第に土埃の代わりに塵が視界の隅を切り裂き、さっきまでの落ち葉の上で転んだ時とはまた違った地面の匂いには炉のような石の焼ける匂いが存在するようになった。彼の言葉より先に、彼の行動が―自分がどこに行くのかが理解できたのだ。やっとだ。

「…溶岩…?」

どろりと緩やかに流れる溶けた岩の流れ、きっと溶岩洞の類だろう。それはいい、それは理解できる。だが理解できない存在も目に映った。

分厚く黒い岩で体を覆い、運動性に優れたヒレのような足を持ち、大きな甲羅を背負った―

「あれが…?」

「ロヴァトーカ、別名岩潜亀竜。この階層の下―《第四帯》の生物である炉口竜に近い種で、この《第三帯》内では無類の強さを誇る。というのも、元々この巣は《第四帯》の変化に伴って《第三帯》と繋がったから形成されたもので、本来この帯には存在しない種なんだ」

感覚としては泥のようなものだろうか、岩潜亀竜(ロヴァトーカ)は沼でも泳ぐかのように火の粉の舞う溶岩を潜り、何事もなく浮き上がる。

「こいつらは基本的には同じく溶岩の中で生きる生物を捕食するが、岩や鉱物を摂食する事も少なくない。そして食べた鉱物は体に蓄積され、骨などの体の一部に補強材として使われる。装甲として甲羅にも使われるが、その時は鉱物が体温によって溶けて混じり、特殊な合金になる」

だからなのか、そう納得できるようなものだったと同時に、ちゃんとした細かい理由を言われたのは初めてだと思うのは俺の気のせいだろうか。

「その特性上、長生きしている個体の方が俺達にとっては都合がいい。見分けるにはどうすればいいと思う?」

「見分け方か…」

知らない以上、いくら考えても完璧な答えは出ないと分かっているので、あくまでも答えるのは仮説だな。なら、気楽にいこう。

「そうですね…甲羅が硬いとか、だから動きが鈍い…とかですかね?」

「…ふむ」

フルトーさんの声の感じからして、仮面越しでもどうやら意外そうな表情になったのは判別できた。反応からして、だいたい及第点だろうか。

「近からず遠からずだな。まず第一の甲羅が硬いというものだが、これは寧ろ若い個体の方が顕著だ」そう一区切りつけると『あれを見ろ』と言わんばかり頭を左に振って、顎で指した。

彼の指した方向に特別なものがあるわけでもなく、ただ岩潜亀竜(ロヴァトーカ)が溶岩に潜っているだけだった。餌でも探しているのだろうか、それとも仲間でも探しているのだろうか?溶岩の熱さには耐えられたとしても、所詮は岩だ。人間だって水の中ではゴーグルでもなければ目を閉じるだろう。きっと岩潜亀竜(ロヴァトーカ)も潜る時は目を閉じているだろうから、度々仲間同士で頭をぶつけたり、壁にぶつかったり……

「理由としては若い個体は活発に動くから溶岩に潜る回数が多いからだ。溶岩に潜り、溶岩を浴びるほど甲羅の上で固まり、多層構造を形成する。だからこそ若い個体の方が外側の甲羅が分厚く、硬いわけだ」

溶岩ってそう簡単に冷えるんだっけと浅知恵を思い出しながらも、そういう事が実現されているとはやはりこの世界は異世界なのだなと考えると、ほんと、ファンタジーって感じがする。

「そして第二の仮説、甲羅のせいで動きが鈍いというのは正解だ。年を取ると筋肉が衰え、金属を多く含まれた甲羅や骨の重さに耐えられなくなる。その後は徐々に動く事すら出来なくなり、挙句は餓死だ」

「餌が確保できないから?」

「租借すらままならないそうだ。というか、そこまで老いると老衰で死ぬ方が多いがな」珍しく彼にしては雑学的というよりは茶化すような口調で話した。

「以上の特徴を踏まえた上で、狩るべきなのはどういう岩潜亀竜(ロヴァトーカ)なのかと言えば―」

今度は顎で指すのではなく、しっかりと彼の鎧の越しでも判る細い指で指した。

 溶岩洞の奥の奥、滝のように流れすら避け、別名の岩潜りとは違い、いつかの動物園で見たただの亀のように陸地で何をするわけでもなく、ただ生きているだけだった。

「『げろ吐きっぱなしのジジイ』ってところですかね」

「あぁ、そうだな」

目視すると彼はそれ以上は進まずに足を止め、ただ俺の目を見て「行けるか?」と呟くように訊いた。

「行けるって…」

「何故槍を持たされたのか、何の理由もなしに、本当に杖が必要だと思われたとでも考えていたのか?」

自分の手に何が握られているのか、確かめる…

「お前が締めろ、これはお前の()()だ」

そう言い、彼は俺の肩をポンと叩くと、それより先は何もせずに俺の少し後ろに退いた。

 時間の蓄積により圧し潰された一人と一匹。それらだけが対面する。けれど何も起こらない。動けない、動き方を忘れ、自身はただの固まった溶岩のように―金属像にでもなったかのように、震えさえ起きない。

前にも後ろにも、いくらでも足掻こうとする。だが踏む地は足を置く度に塵となり消え去る。一歩も動けない、一息だって…

「ちゅう…?」

動きを止めた肺を触るように、耳から入った小さな声は小さな心臓を動かした。

「一人と、二匹だったな―」

緊張か不安か、文字通り息もつけずに窒息して意識が飛びかけていたが、ちゅーたに囁かれ、緊張が少しほぐれた。


まだ、動ける。


一歩、一歩、動けずに、だが一歩。


相手は動けない、俺は動かなかった。

この違いは、きっと大きなものなのだろう。


 前に立つ。


汗で視界が不完全になる、だが、もう、ここまで来れば間違えない。


杖をねじり仕掛けを動かし、ペン先のように槍の刃先を現す。


吐く溶岩を避け、口にねじ込み、奥に突き刺す。

膜が裂け、肉が切れ、骨に―

「…動かない…!」


何かに、体の中の見えない何かに拒まれ、それより先に刃が進まない。

必死さが増すにつれ、あいても決死の思いで弾き返してくる。


負ける、弾かれる、だが、まだ、ある。


「そこまで行けば上出来だ。力不足だな、力の入れ方を変えろ。早く終わらせろよ、こいつも苦しいんだからな」

フルトーさんに押され、槍は再び進み、遂には心臓を、突き裂いた。


手は震える。命の最後の脈動が伝わったように、命の赤い糸の波が俺の糸にも響いたように、決して不快な震えではなかった。けれど同時に危うい気もした。この音に任せてしまったら、何かに呑まれるような気がして―

「よくやった。その勇気は称賛に値する」

だがその震えはまたフルトーさんに肩をポンと叩かれた事で打ち消された。

誰よりもその命の波を感じた人間の静止は、俺を引き留める銛になった気がする。


今日、俺は初めて自分の意志で、自分の手で命を奪った。

多分、今日は、曇り空だろう。

けれど、明日にはきっと晴れる。

【ひとこと】

 上下構成って、初めてやったけど一話一話長すぎんね!

至らぬ点ありましたら、どうぞご意見お願いいたします。

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