【第二十五話】墓にはなんて書けばいい?(1)
華は燃えて、地で枯れた。
種を散らす事もなく、死を喰らった獣も、獣に巣食った死も、なにの名残も遺す事なく等しく灰に混ざった。そして混ざった灰も、罪人達の肉塊も何の区別もなく、何の差別もされずに自然の法則に則り、上方から流れてきた水流に次第に流されてなにも残らなかった。
雷炎瓶で陽探向の華とその周囲を燃やせと指示した後、フルトーさんは左側の橋に向かって跳び上がって、手すりに掴まっていた。それからしばらくして水嵩が問題ない程度まで退くと手を離して巨大鼠だった骨の元に降りたのだった。
「俺も降りましょうか?」橋の欄干から下を覗いてそう言う。
「お前はいい、どうせ足痛いだろ?」
上の俺に視線を向ける事なく、淡々と燃え残った陽探向の華の残骸や周囲の肉塊を探っていく。…躊躇いないなぁ、この人。
「…」
右側の橋から移動し、陽探向の華の残骸に目をやる。そこには形だけが残った臓器に埋もれるように奴が喰った者の亡骸 ―とは言っても消化されなかった骨と武器ばかりが転がっていた。誰がどうして、どうやって死んだかなどを推し量れる物は何も残されていないのだろうか…そう思うと、心底報われない気分になる。名前も書かれず、雑多な一人としてしか俺の瞳に映らない事が一体いかなる悲劇なのか、その残酷さの全てを理解する事はできないだろう。…「分かろう」とすると「分かる」は実際、全く別の次元の話だ。
葬れない、ただ一つの脇道に転がる未完成の残念な物語としか俺には認識できない。勝手でも、そいつに寄り添えたハッピーエンドを想像する事すらできない。どこかで死んだ赤の他人 ―どんな奴でも第三者である俺からすればその程度にしか思えない。ごめんな、俺があんたらと因縁のある奴じゃなくてさ。復讐じゃなく、仇討ちでもない。そんなにあんたらの事を知らない。ただ邪魔だから ―このままじゃ進めないからやったに過ぎないんだ。"あんたらの為に"なんて言葉を付けてもそれがどれほど不誠実なものか心底じゃ理解しちまってる。だから…
「無念だったな、可哀想に」
こんな無機質な哀悼の意しか、送れるものはない。
彼はその名もなき死者達の遺した物を整理し始めた。一本一本から全体像を構想し、それに見合うようにある中からそうだろう骨を近くに置く。武器は名前が刻まれていたり、形式の同じ物で分類する。だがしかしそれにも限界があり、大概は砕けていたり劣化していたり、辛うじてかつての姿を伝える単語のみが残されたピースだらけだ。一番嫌なのは、鎧などの装備品だ。見境なく溶かされるから、何かと溶け合い、くっついている事がある。決して数は多くない ―多くないからこそ、集中して見入ってしまう。見入って、その過程を想像してしまう。そんな作業を彼は熱心に…いや、心を殺し、「そういうものだ」と納得させながら完成のないパズルに取り組んだ。言葉はない。必要ない。俺には何故何の繋がりもない他人なのにそこまで真剣にやれるのか理解できないほど真剣に、慰めも愚弄もなくやり続けた。
「…これでいいだろう」
ポチャリ、ポチャリ、ピッ、ピピ、その四つの音を規則的に流れていた世界に未曽有の新たな音が姿を現す。
「降りれるか?」
「はい…多分」
杖をつきながら、次第に痺れの引いている足を慣らしながらなんとか彼のいる下 ―激戦の跡、仲介水槽に降り立つ。
プラガハの遺体…というのは無理がある。体なんてない、平凡ではないが表面的な姿しか捉えていない何者かの残骸が ―僅かだけしか残らなかった骸を目の前にした。立ってなんていられなかった、合わせるべき視線も解らなくても、でも立って、上から目線になんて話せなかった。
「…」
かけるべき言葉なんてない、俺の持ちうる言葉に相応しいものなんて、ない。あっちゃいけない ―俺の持つ軽妙な人生の中から、この哀しい出来事に相応しい言葉を持ってしまうなんて…それは彼に対する冒涜に他ならない。
「…」
彼は俺とは逆に立ち上がると、遺体をじっと見て、親指と人差し指を合わせ、左から右へ首に一本、続いて同じように両目を貫くように一本、最後に額まで持ち上げてそこから胸まで一本線を引いた。
「祈りですか、それ?」
「まぁな…エルフしか信じてないような厳かな救いへの祈りさ。…こいつが信じてるかは知らないが、まぁ礼儀だ」
「それ…どういう意味なんですか?」顎を上げて、彼の方に興味を示す。
「首と目を切る動きで『俺達のいつかは死ぬし、目を向けられなくなる』という意味で、それを額から胸まで…否定の意味で上書きする事で『だが今はそうじゃないから、お前の追悼者でいさせてくれ』って感じだな」
相手の立場を認めるのは前提で、あくまで自分の立場を相手に認めさせる為の祈りってわけか…独特な価値観だな、と言っておく。正直俺に確立された死生観があるわけじゃないし、それで彼の価値観に水を差す権利があるわけでも勿論ない。
「お前もやるか…?」
「…いえ、俺はいいです」
このやり方を俺は否定した。正直、救いや弔いなんてものは解らない。だからこそ、少しでも亡き彼に伝わるようにフルトーさんのやった方法を取るべきなのかもしれない…だが、それが全てなのか?
違うと思う、形式が近いだけでは意味がない。なら意味とは何かというと、やはり偽善的な論理になってしまうが"意思"だと思う。俺が追悼と思う方法で、救われるだろうと思われる方法で―
「…」
遺体の前で、俺は手を合わせる。そしてこう心の中で呟く、『さようなら』と。
「俺の故郷のやり方です」
「そうか…」あまり言葉はなく、ただ腰に差していた儀剣を引き抜き、俺の傍に置く。
「遺体をどうこうすべきと思うか?」
「そうですね…俺は止めといた方が良いと思います。だって、今まで鼠の腹の中で見えなかったものですから、またどこかに隠すのも良くないかと…」
「じゃあ…このままにしとくか」
「そうですね…」
手向ける花はない、異形の華すらさっき燃えてここにはない。だから、もう何もする事はない。
「…行くか」
「ですね」
とは言ってももう一度亡くなった彼の方を見やる。大丈夫、既に俺はこの骸を黒木の騎士と感じられる。誰が死んだか、判りはする。
そしてこう言える。「さようなら、プラガハ」
亡者は亡者だ、俺達に襲いかかり、生を貪らんとする"死の側"の存在。その葬り方なんて判らない、俺がそうしたいと思ったのも我儘でしかない。多分、この後すぐ判るなんて事もないだろう。だから今は名前を憶え、存在を記憶するだけにさせてほしい。いつかちゃんとお前を想えるまで、保留にさせてくれ。
待っていてくれ、大丈夫、忘れなんてしない。必ず戻ってくるから。いつか、迎えに来るから。…いつか、必ず、引き返して…
「貴公、早速ですまないがこちらへ来てくれないか?」
仲介水槽の奥の道を進みあまり時間も経っていない頃、目の前の螺旋階段にフルトーさんが足をかけたあたりでその声は聞こえた。
「なんか言いました?」
「俺の二人称が『貴公』なわけあるか?」
「多分『お前』とかでしょうけど…」
声の質と大きさから判った事ではあるが、フルトーさんが声の主ではない。だがフルトーさんは声が聞こえている。
おそらくは後方から聞こえたものだろう、しかし後ろの方に誰かいたか? 前々から言っているが、ここは異常遺跡…人気がある方が却って違和感がある場所だぞ…?
「…」
「引き返すか?」
「気になりはします…」
「だろうな」
俺の方が後ろにいるので、必然的に俺が率先して引き返しているような絵面になってしまう。正直今は興味より恐怖の方が上回っているので、かなり不本意な位置だ。
引き返してはみたものの、その様子は先程のものから変わる事はない。魔物が暴れた後に相応しい崩れた石造りの水道の一角。整えられた骸達を洗うように上方がから水が流れ、少し床が浸っている。炎を避けたか、周囲にはパイをぶつけたようにべたりと張り付く何片かの生溶肉がいる程度、このサイズではもう脅威になる事もないだろう。
「誰も…いませんよね?」
周囲を一通り見まわすが、当然人気はない。それどころか生物がいる感じもない。いたとしたら…化物かニンジャ?
「貴公、私はもう少し下に横たわっているぞ」
「下?」言われて視点を落としても、やはり何もいなかった。
「なぁロゥ、多分こいつじゃないのか?」
「こいつ…?」
こいつと言われても…彼の指差した場所は下ではある。下ではあるものの、そこにいたのは人ではない…
いや、人かもしんないけどさァ!
「マジかよ…」
彼の言う"こいつ"を見えないわけではなかった。透明人間の類で視認できないなんて事はない、意志を持つ異形の類で人間と認識できないなんて事もない。視認はできる、人間と認識もできる…うん、視認できる人間だ、それは間違いない。間違いなく―死人だ。
「…プラガハ?」
「いかにも」
いかにも、と肯定されても目の前の光景を現実とは思えない。思えないだけで、今までの経験が殴りかかってきて説得力をぶつけられるから充分理解はできる…だけどそれを…
「…兜付きの頭蓋骨が言ってもなぁ…」
【 】
興味も恐怖も全部過去のものになった。過去のものになって『なんだこれは』とその妙な存在に首をかしげる事となった。
「そう思うのも当然だろう」
棘だらけで穴だらけの―弾丸で蜂の巣にされたサボテンのような兜から覗く紅い炎のような眼光がゆらゆらと揺れながらもきちんと俺達の方を見ていた。
「…私はプラガハ、プラガハ・ペルデロットという者だ。導聖教の教会騎士で、貴国ルサーラの聖樹騎士団に所属していた」
「なるほど…?」
と反応したものの、まったく、さーっぱり分からない。なに、棟生協って? 自治組織?
「ルサーラとなると…貴族のお抱えか?」
「実質はそうだったのだろう。だが掲げられた目標は違う。我々は《異端狩り》―思想統制の尖兵だった」
よくもまぁ、こんなに自分の素性を話すものだと思うも、そういえば俺からすれば彼は素性も知れない死者だった。願ったり叶ったりだけど…こんなに積極的なものでいいのだろうか? 毎度毎度、この世界特有の要素が会話に出ると理解するのに一度止まる必要あるな…どうにかならないものか。
「…よく喋るな。仮にも教会騎士がそんな事言っていいのかよ?」
「貴公の知る教会騎士は腹を割って話しても、誰もが皆愚痴の一つも言わない禁欲者ばかりだったのか?」
「…はいはい、解ったよ」『わかりました』とばかりに彼は両手を挙げ、掌を見せた。
どうやら時が経っても、その教会騎士とやらの時代はあまり大きくは変わっていないらしかった。
【 】
「んで、どういう経緯でその聖樹騎士団のプラガハ様は鼠なんかに喰われたんだよ?」
話も聞きたいが、道も進みたい。そう思ったフルトーさんは彼の頭を何の躊躇もなく持ち上げると、持っていた松明の柄に彼の兜の穴を通した。そうして出来上がったのはプラガハの瞳の炎を利用したひどく冒涜的なランプだった。
持っているだけでありとあらゆる呪いを受ける理由とされても不思議じゃないほど禍々しいそれがちゃんと照明として七メートル先程度までは光らせていた。そんなものでもランプとして機能したことには驚きを隠せなかった。
「『鼠に喰われた』というのは結果論だな」とプラガハは不服そうに。「言った通りに、我々に与えられた任務は《異端狩り》だった。その為に我々はここ―『オルハ地下水路』に派遣されたのだが…」ふと、彼の言葉が止まった。
「何が起きたの?」俺は訊いた。
すぐには答えず、引き返す前の螺旋階段を上り切った先の幅の広い一本道に出た時に、急に叫ぶように言った。
「目を狙えッ!」
道の真ん中に、ヒトがいた。3mを超えるだろうほど背が高く、比較的この道でなければ到底収まるとは思えない。体格が良くてそうなっているのではなく胴が引き伸ばされたような身長の…いや、身長だけの話ではない。奴の全てが引き伸ばされている。四肢や胴は勿論、眼球も例外ではなく、内臓の悉くは股から裏返る形で尻尾のように飛び出て、垂れ下がっている。
血液型、趣味趣向は勿論のこと、何を持っているかや性別はおろか、種族も分からないのに、けれども絶対の自信をもって断言できる。奴は人間じゃない!
腐食しきって形を失った死体の上から、眼球を埋め込まれた青褪めた肉塊が重なって人型に押し固められている。そしてその異形は灰色の霊布で覆っている。奴を覆うのを単に布と言い切るには装飾が多く、銅のように褪せてしまっているものの、黄金が所々用いられているところからみるに、儀式に使う様な格式高い服だったのだろう。
【 】
『異形の司祭は佇んでいる。静かに、奇妙に』
『呼吸はしていなのに、脈動する心臓は朽ち果てている筈なのに、動いている』
『だが佇んでいる』
『動きはない』
『司祭は腕を―肉の鞭のような触手を壁に沿わせ、次第に近づく』
『それは素早く、気づけない』
『君はどうする?』
『君に何ができる?』
『触手が当たれば、きっと君は死ぬだろう』
『動かなければ、幾百の眼球で睨み殺されるだろう』
『さぁ、選ぶんだ』
『殺されるか、死ぬか』
【ひとこと】
九月、受験勉強を怠ったつけですね、何もできませんでした。
あーあ;;
気が移って新作書いてますけど、正直また駄作の予感…
至らぬ点ありましたら、どうぞご意見お願いします。
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