【第二話】そうするべき以外の理由が要るのか?
まずは自己紹介からだ。俺は楽伍 知郎。年齢は十九歳で受験の現役合格に失敗して、|不貞腐れて、ニートになって、脛齧り虫に…
だがそんなことはもう関係ない!俺はさっき死んだ。英雄ではないけど、それに相応しいくらい華々しくこの世を去った…具体的にどんな風にって?
……まぁ、御想像に任せるよ。
そもそもの話!これからの事を考えるのなら、前世の事なんてどうだって良い話だ。過ぎた事を掘り返しても良い事はない。偉い人が言っていたと思う。
さて、これからの可能性への展望を語ればキリがないな。田舎で大人しく、慎ましく充実した生活を送るのも良し、王族とか有力者の子供になって策士のように生きるのも素敵だ。悪役や魔王になって、敢えて逆境から逆転勝ちして世界を変えるのも夢のある話だが、やっぱり俺は王道に!
勇者になって伝説の武器に認められて、いい仲間に恵まれて、旅をして冒険して、偉業を成して…
他意はないぜ?あるのは世界を救おうという溢れんばかりの善意だけだ!
…出来れば仲間は女の子がいいかな…
転生確定ガチャ!良いの来い!神様の面談とか何もなかったけど、どうか反則級のスキルとか持ってますように!待ってろ俺のチートライフ!
【 】
どうなっているのだろう?可愛い姉妹や美しい母親の姿が見えないどころか、部屋全体が薄暗い―というか部屋というにはあまりに岩肌が剥き出し過ぎる。
「痛ッ!」意識がはっきりするにつれて、首元に感じる痛みも鮮明になって来る。
「目ぇ覚めたか、晩飯」
晩飯!?俺を晩飯と呼んだのか?こんな状況だが、俺は恐れ多くも有力者の息子で…
「あんた!」
「どうした?」
俺の視界に写った情報はあまりにも想定とは違うものだった。俺はてっきり、陰謀で差し向けられた人攫いに誘拐されたと思っていたが、多分違う。そこに居たのは黒衣の暗殺者ではなく、鹿の頭蓋骨のような物を被り、大斧を持った半裸の大男だった。
「…いえ…つい錯乱してて」
「…そうか」
明らかにヤバい状況。勿論危機は想定していたが、あまりにも俺に何もなさすぎる。想定の多くは味方してくれる人がいたり、そもそも俺単体でどうにかできる方法を持っている事前提だった。
だが現実は洞窟の中で人食い族と一緒って…こりゃないだろ!
「…あのつかぬ事をお伺いするんですが…」
「何だ?」
「私って食べられるんですか?」
「…しょうがないしな」
何とも曖昧な答えで、それでも俺の身の安全は確保されることはない、とはっきりとしてしまったように思えた。
「…お前、いいから働け。人手が足りないんだよ」
「…俺を食う準備を…?」
「…」
どうやらかなりマズイ事を訊いてしまったらしい。大男は砥石の前に座りながら腕を組んで考えだしてしまった。
「…さっき『しょうがない』と言ったのは、『お前が人間だからしょうがなく飯を分けてやらねばならない』を省略しての事だったんだが…お前が望むのなら今この場で首を切り落としてやっても良いぞ。生憎俺はそういうのをした経験がある」
「いえいえいえ結構です!殺さないで!」
下手な命乞いだとは思うが、必死さが伝わればそれでいい!
その後しばらしくして、何か変な形の植物の葉を抜いている時に落ち着いたからか、ふと疑問が湧いて来た。
「俺の言葉通じるんですね。ちょっと驚きです」
「自分がそういうの分かってないってどうなんだ?少なくとも俺の知ってる議会言語では通じてると思うぞ」
「ユニラング…?なんですかそれ?」
「それって…」
彼の反応は唖然としたというか、単に呆れたような反応だった。俺だって『自分の話してるのは何語だ』なんて訊かれたらそうなると思う。
「ユニラングは賢啓議会…まぁ大方の国で影響力を持つ奴等の定めた世界公用語だ。エルフ語のようでもあり、ドワーフのようでもあり、人間語のようでもあり、魔族語のようでもある妙な言語だ。一見複雑だが、実際は日常で慣れてしまえばなんとか使えるようになる。『新しく生まれた魔族が最初から理解していた』なんて例もある。…お前のは人間訛りが強いぞ」
「そうなんですか…」
こうして話を聞いている限り、俺の知っている日本語どころか、彼の言う『人間訛り』とやらも分からない。俺の考えている物よりも、よりちゃんとした世界公用語なんだろうか?
「大丈夫かお前?そんな裸も同然みたいな軽装で迷宮に来てる事も含めて、どうも怪しいんだよな……もしかしてお前、噂の《漂流者》か?」
「…噂もなにも、そもそも俺はこの世界に人間がいるって事に内心大喜びしてるんですから、そんな事情知りませんよ…」
「人間がいる事がそんなに嬉しいのか?」
「そりゃそうですよ!世界に一人っきりの一種類の生物なんて悲し過ぎるでしょ!寂し過ぎるでしょ!」
「分かったから黙れ。ここだと音が響くんだ」
俺が錯乱半分混乱半分で絶叫のように喜んでいた《人間》というものについて、彼は親切にも教えてくれた。
まず大きく分けて、この世界の人類の種類は二種類に分けられる。亜人か人間か、まずはその二つだ。亜人って呼び方の経緯からして、どうやら俺の考える人類―ホモサピエンスは近しい種類の少ない変化に乏しい人類であり、単に変化が少なくシンプルだからこそ先に人間と決められ、他の人類は亜人と名付けられるようになったそうだ。
亜人は魔族―俺の思うようなモンスターから枝分かれしていった種族の事を言い、適応力が高いからか近しい種がかなりいるらしい。妖精と長く触れて生まれたエルフだとか、竜ようになった竜人や、動物と共存する事を目指して生まれた獣人とか結構な数がいるらしく、学問的にはドワーフとかの小人族は人間に比較的近い種族もいるらしい。
そしてその共通点はどの種族もある程度は人型に近い―正確に言うのなら『人の真似をしてくれている』のだそう。
「…こんな地下じゃ無意味な話だがな」
「確かに…二人しかいませんしね」
適当に作業していた所為で葉を抜いていた変な植物が更に異形になっていた…バレないようにしながらなんとか彼の気を逸らさねば…
「そういえば貴方は何族なんですか?名前も聞いていないような…?」
「『お前何族だ』と訊くなんて本来かなり無礼なんだが…その調子だとお前は常識知らずだしな。答えてやるよ。だが名前は、お前が先に名乗ってからにしろ」
「俺は楽伍知郎って名前です。種族は…多分、人間です…?」
「多分人間だろ、何の特徴も無いし。しかしまぁ呼び辛い名前だな人間風にしても…ラクゴ・シロウか…うん、お前はこれからラク・ロゥと名乗れ。そっちの方がいい。」
勝手に名前を変えられたが、まぁ世界観が違う訳だし、現地民が言うんだ。そっちの方がいいんだろう。ラクの方が呼ぶのが楽、なんちって。…つまんな。
「まぁ、お前が名乗った訳だし、俺も約束に従って言おう」
そういうと彼は鹿の頭蓋骨のような物を脱いで、素顔を見せた。
「俺はフルトー・アダリオン。見ての通りの半トガリ耳だ」
被り物を取ったら取ったで彼への印象は大きく変わった。籠り遮られていた声も澄んで聞える楽器のような美しく響きの良い声で、顔もかなりクール系の美しい感じで、これを先に見ていたのならきっと矛盾するとは思うが、こんな大男なのに華奢なんて思ったりしたんだろう。
「ハーフって…何か変わったりするんですか?」
「純血じゃないからエルフ特有の魔力だとか、それに関する魔法や魔法鍍金の適性は特筆すべきもんじゃない。純血と比べて長命と言ってもそんな数百年も無いのが常識だから、人付き合いを考えてると悩む事があった…だがそれ以上に、単純な差別が辛かったな」
「…」
優れた容姿だったり魔法が得意だったり長命だったり、大方俺の想像していたエルフと近い。だけどその一方で、彼からは弓使いだとか肉とか金属製品を嫌うとかそういうことは感じない。…この世界にも差別があるのは驚きだが、それは…何と言うか、エルフという種族の問題じゃないと思う。そもそも種族に対する大きな差別があるのなら、世界公用語なんて実現する訳もないし。
「…もう、慣れたがな」過ぎた辛い思い出を思い返すにしては、その言葉の調子はあまりに感情的だったし、誤魔化すような渇いた笑いも不要な筈だ。
「…まぁ俺はそういうの知らないんで、しかもこんな地下じゃ無意味な話…ですかね?」
「それ…俺のセリフな!」
お世辞にもうまい言葉とは思えない。しかし何か、さっきの湿った空気は抜けていった実感はある。
最初は食われようで、夢や理想とかも挫けて、何だか思っていた感じじゃないけど、何だか思っていたのよりこっちの方がいいと思えるのはきっと―腹が減ってるから、現実味があるからだと思う。
【 】
「…量が足りないな」
「…ですね」
元はフルトーさんだけの食事なので二人分にしては量が少ないのは当然ちゃ当然の事だ。にして鍋半分しかないのは最初から数が少ないからか?
「採ってきますよ。何が要りますか?」
「お前が行くのか?…そうだな。香草類は充分だし、肉か?いや、今から血抜きするのは時間がな。だが…やっぱ肉だな」
肉か…初っ端狩りは厳しいか。いやでもここは俺の抵抗感の問題だろうな、フルトーさんの慣れた感じなら今更何の肉とかで抵抗感があるとは思えないし。…となると俺の我慢で済む話だ。カエルのニ・三匹でもいれば良いんだが。あれ、鶏肉に似てるって聞くし。
「それじゃあ、行ってきます」
「どこに行くつもりだ?」
「えっ?だから外に」
「そのドア開かないぞ」
「…」
言われてみればここは部屋ではあるけど、この人は完全にドアを無視している。さっきからドアに背を向けて彼が陣取って、完璧に壁の一部としか扱ってない事からもそれは判断できる事だった。
「そこから下に行け。まだ崩落していない筈だ」
彼が指差した先にあるのは、なんてことない空の古びた棚だった。いや、だけど何も置いてないってことは仕掛けがあるって事か?崩落って言葉からして何かしらここ以外の空間を指してる筈だし。
「…どうするんだ」棚その物を調べても一向に動く感じがしない。
「…横のレバーだ」
…そりゃ棚調べても動かないわけだ。
「うぉッ!」
棚の横の壁にあるレバーを動かすと、多少動きが鈍い感じはしたがすぐに歯車の力強い音がして、棚が引き上げられて階段が姿を現した。
劣化こそ見られるが、石造りの綺麗な階段だった。彼の話からここが地下だとは判っていたが、結構深そうな感じで―まさにダンジョンって有り様だった。
「…」
埃が舞ってる暗い場所ってわけじゃない。所々燃える石の載せられた器が置いてあるのでそんなに暗くはない。足元は見える。けどずっと石が燃えてるからか、空気が薄い感じがする。
階段には所々小石なり気を付けないと転んでしまいそうな物があるので、足元をしっかりと確認しながら、着実に一歩ずつ進む。
やっと一番下、外への扉まで来た。の徒歩一分以上は確実にかかったが、何せ暗いので漠然としか距離が解らなかったから感覚として何秒何分とかははっきりしない。
「やっぱ暗いな、ここも」
けれどさっきとは違って、仄暗い程度で、月明かりくらいの光はあるらしい。
「…火の音って安心するんだな」
完全な無音じゃないけど、これと言ってはっきりとした判る音がない。何者かの足音とかぶつかる音、割れる音…何かが。
「ウェボッ」
「えっ!」
いた!カエル!
「デッカ…」
ウシガエルくらいのを予想してたというか期待してたが、目の前にいたのは俺の膝まではあろうかと言う巨大なやつだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」冗談みたいな絶叫をしながらさっきまでのは何だったのかと思えるような速度で階段を駆け上がって、フルトーさんに助けを求めた。
「やっぱりか…そもそも武器もなしにどうするつもりだったんだよ?市にでも買いに行くつもりだったのか?」
「今初めて気付きました…」
呆れて溜息をつきながら、彼は立て掛けたいた斧を手に立ち上がった。
「どうする、鍋でも見てるか…いや、これからの事を考えるとお前も来た方がいいな。ついてこい、少し教える」
今の俺は多分完全に腰が引けてる。怖い物を見たから怖いというか、未知の物を―知ってる物と多少似ているからこそちゃんと怖い。だから…なんか…恐怖って感じじゃないからこそ、言い出せない。
「怖いんだろ。冒険者じゃなかったとしても、迷宮潜りならこんな浅い《帯》でなら何が起きてもビビっちゃなんない。それが鉄則、守れて当然のもんだ」
「…判るんですね」
「なぁに、俺の槍衾の前にビビった事もある。慣れるさ、いつか守れるようになる」
励まそうとでも言うんだろうか、激励しているんだろうか…
「だから今は俺から離れろ。歩き辛い」
「…でしょうね」
俺自身みっともなく彼に身を寄せるのは嫌だと思ってた。
心なしか一つ音の出どころが判るだけでかなり不気味さや不安もなくなるものだと感心していたら、早くも先程大蛙がいた場所に辿り着いていた。
「何だ、泡沸大蛙。いい獲物じゃないか。よく見ろ、こいつは比較的無害だ」
「…まぁ、そうですけど」
よくよく観察してみれば、ただデカいだけでこれといって攻撃や被害と言えるものがあったわけじゃない―ただ俺がビビって逃げただけだ。
「泡沸大蛙、別名沸泡大蛙。その名の通り沸騰しているような泡を生み出す液を出す。液や泡には消毒効果があって、捕らえた獲物を泡で包んで消毒してから捕食する。液を上手く使えば石鹸の代わりになるが、それだけを出すのは難しい」
「食べられるんですか?」
「淡白な味わいでここ辺りのやつにしては美味い」
俺に一通り解説を終えると、フルトーさんは腰に携えている短剣を手に取り、強く握りしめた。
「《爪羽追虫》、《炸血凍》」彼がそんな呪文のような言葉を口にすると、短剣には霜が張り付き、回転するエネルギーを纏った。
「それは…」
「だからよく見ろ、よく見てろ」
フルトーさんは見えやすいように斧を持つ手を下げて、バットを構えるような仕草で短剣を持つ方を前にした。
「オラッ!」
利き手じゃない事もあっただろうけど、彼の投げた短剣は勢いこそあったが暴投といった感じで…違うな、中てる気がないんだ。
「グウェボォ…」
螺旋を描きながらも投げ出された短剣は意思があるように泡沸大蛙の額に向かって綺麗な一直線に突き刺さった。
「今のが魔法鍍金だ。自動追尾と連鎖凍結魔法を付与した。だから殺傷力さえ確保できればかなり便利になる。基礎的なものだから機会があれば教えてやる」
フルトーさんは泡沸大蛙の死亡を確認すると短剣を引き抜き、血を拭き取って再び腰のベルトに差した。
「しっかり持て、重いぞ」
「はい…」
フルトーさんは殿をするから俺一人でこの大蛙を持つ事になった。こんな思いをするのなら前世でもっと鍛えておけば良かったと後悔したが、こんな考えに至るくらいなら多分有言実行しなかったんだろうなと深く思った。
「中々上手に出来た」
連鎖凍結魔法ってやつによって泡沸大蛙の特徴的な泡の元になる液は凍っていて、除去し易かった。もうこうなってしまえばただの大きな蛙だ。
「結局何使ったんですか?」
「…泡沸大蛙とゴブリン、それと香草として使える水樽草。味付けは塩と…」
「ゴブリン!」
「…最初はそれだけのつもりだった。処理を誤るとひどい匂いがするからゴブリンの肉は―」
「…食べられるんですか?」
「雑味があるからメインにするべきじゃないがな」
人型に抵抗がないんだとしたら、言葉が通じなければ俺、本当に食われてたんじゃ…
《本日の食事》
~『泡沸大蛙とゴブリンの香草煮』~
感想:ゴブリンの肉は味見た目共に抵抗感があるので、極力ウェボロックの肉だけ食べた。凍りきらなかった液が脂身について変な感覚がしたが、それでも美味しかった。一応ゴブリンの肉も食べてみたが、香草の方が味がいい程ひどかった…味が悪いのも生存戦略なのか?だったらこんなん根絶やしにしてしまえ。
「ゴブリンの肉…そんな美味しくないですね」
「俺も極力食べたくないが、数が多い上に他の食べられそうなやつも食っちまう害獣―あまり知性的とは言えないが子供程度には頭があるし、欲もある。放置できないやつさ、全く…」
肉の処理とか皮剝ぎの練度からみるに、この人は多分、何年もひょっとしたら何十年もここにいるのかもしれない…こんな不味い物を何十年も…
「…ここ、近いみたいですけど、外には出ないんですか?」
「…」
フルトーさんの沈黙により、逆鱗というわけじゃないが、何かそういう、"触れちゃいけないもの"を言葉にしてしまった時特有の周囲が凍り付くような―首にだけ生温かい霧が立っているような一触即発未満の妙な雰囲気がこの場に漂ってきた。
「…あの」
「逃げたんだ。笑えるだろ。逃亡兵なんだよ、俺」
「…あるんですね、戦争…」
「…お前は戦争の無い世界でも知ってるのか?」
「そんな世界知りませんよ…フルトーさんは知ってますか?」
そんな世界なんてありはしない、そうはっきりと断言出来てしまうのが不思議だ。
「…これでも長く生きてるからな、人生哲学の一つや二つ持っている。俺に言わせれば世の中には三つの人間がいる」
そう言うと彼は鍋の下の焚火にくべてあった何か植物の根のようなものを両手に持ち、指を弦にするかのようにそれぞれの端を押さえて手の中に二つの半円を作り、それを交差させた。
「こうして二つの物が交わると、一見均衡の取れているように見える。だがいずれ、続けていたらこのどちらかが折れる…だいたいこうなるんだ。争いなんてたった二つで起きる楕円形の中の一時の趨勢に過ぎない…だが折れるんだよ、最後には」一区切りつけると、彼は折れた方の根を焚火に放り込んだ。
「…」
「…この流れには三つの人間が関わっている。まず折る人間。次に折られる人間…そして、それをただ傍から見てるだけの人間」
嫌気がさしているような口調を止めずに―ただ悲劇を語り継ぐ人特有の話し方のまま残った根も焚火に放り込んだ。
「こんな構造がある限り、争いなんて終わらねぇよ…或る馬鹿は折れる前の一時の均衡を『平和』なんて云うが、俺にしてみりゃ馬鹿らしいもんさ」
深いため息をしながら、色々な感情を抑えながらも彼は俺を真っ直ぐに見つめ…
「俺の知る限り、どこにだってこの構造はあった。だから答えは知らないし、知る時も来ない、だ」
「…フルトーさんは…どっちだったんですか…?」
「…俺は折る側だった。前線に立って直接自分の手で人を殺したのはそんなに…最初は何とも思ってなかったが、開戦して一カ月後に俺は冒険者として迷宮で狩った魔物以上の数を殺していた。そう判った時が一番…堪えたさ」
「…」訊いておきながら、俺自身何も彼にかける言葉を持っていなかった。
「俺は強い方だったのが、なおその現実を嫌にさせた。多分こんな調子じゃ、俺にとっての戦争が終わる頃には、人だけでも勇者様より殺すんだと、醜い程理解出来た」
彼がそう言い終えた後、突然焚火から出た火の粉が俺の視界を横切った。こんな地下じゃ、風なんて吹く訳もないのに。
「臆病なのか、決心がつかないからかな…」
「…何がです?」
「俺の心の話……冷静になったら解る事なのに、ずっと目を隠して、閉じた気になって…ぐだぐだぐだぐだ…もう百年か…」
百年!何十年とか、そういう予想を超えて来た…
「もう出てもいいのかもな。戦争犯罪人として裁かれても、臆病者として蔑まれても…俺個人には知ったこっちゃない話だからな……」
俺個人には、と言ったのが気になる。話を聞く限り、あと彼の狩りの技能や戦争での話も考えると、フルトーさんは元は傭兵とかそんな感じの立場だったんじゃないのか?万が一エリートだとしてもわざわざ前線に出すのか?そう考えるとやっぱり傭兵とか一端の冒険者みたいな、"いつ死んでもおかしくない"人間だったんじゃないのかな…まぁ俺、この世界の事なんも知らないんだけどな。
「…うん」
一回、大きく息を吸い込んだ。吸った空気は土っぽくて埃っぽくて、火に照らされればくっきり浮かぶ具合だった。良いものじゃないけど、生憎前世はヒキニート―こんな空気の中ならほぼプロフェッショナルだ。聞いた事も思った事も考えた事も、一緒くたに口に溜めて…淀んだ空気と共に吐き出す。
「もう、ここまで来たなら教えてくださいよ。何で悩んでるのか、とか百年ぶりの相談相手になってあげますよ。問題あります?」
「…いや…俺はただ、思い出して言っただけだ。…解決してほしいなんて思ってもいない…それにお前に話せるような内容なら―」
「もう終わった、とかそう云うんでしょうか?それなら大丈夫です、全く問題ない―だって俺も、解決できるなんて思ってませんから。今更、腹から毒吐いたところで病が治るわけじゃない。とことん思い出しましょうよ、今があるのは過去があるからですし、吹っ切れるにも何を吹っ切るのか知らないと。中途半端じゃ残りますよ?」
「お前…」
ガラでもない名言を言っちゃったかな?
「何様だよ、説教師みたいな事言いやがって」
…多分真顔で答えられた。
けれど確実にその声からさっきまでのとは少し違う、余裕のある印象を受けるものだった。何か、心を開くのとは違うけど、被り物をしているからか懺悔室のような"匿名による気楽さ"があるような気がする。ネット歴十年、親のパソコンから「ここはひどいインターネットですね」と言っていたレスバ弱者の俺に言わせれば、多分そんな感じだ。
「わぁったよ。解った解った。いいぜ、物は試しだ。精々案山子程度の話しやすさは出しとけよ?」
「任せて下さい」
彼は足を開き、椅子代わりにしている小さな木箱により深く腰を据える。そして軽く息を吸ってから噛締めるように間を置き、溜息のように吐き出すと、まるで友人に失敗談や笑い話でも語るように勿体ぶって少し口角を上げながら、話し始めた。
「…妻がいたんだ。一目惚れした女でな、学院に身を置いてた頃からの母親とか姉貴代わりだった。彼女は俺とは違って純血のエルフで、気が付けば俺の方が成長して、身体的には丁度同じくらいになった頃に結婚した。…仕事柄あまり家には帰れなかったが、しっかりと時間がとれたら炎と熱くらい一緒になって過ごした。…その後腕の立つようになって、ある大国の姫君から招聘されて、直下の近衛隊に入った。それからは収入や暇な日も安定して、いっそう一緒にいる時間があった。そして俺と彼女は子を授かったんだが…元々エルフの血には身体が劣化しにくくなる性質があってな、彼女が身籠ったのは遅かったんだ………彼女は悪くない。時代が悪かったんだ…」
「それで、戦争…ですか?」
「ああ、そうだ」これ以上を云うつもりはないとばかりに、これ以上言えば、一度気を抜いてしまったら彼は自分の妻の事にまた触れてしまうかのように短くそう答えた。
「…で、逃亡兵だ。色々あったが、結局さして言えるような事なんてないからな。…決闘ならまだしも、あれは戦争だからな…」そう言った己を奮い立たせるように彼は自分の手をじっと見つめながらこう続けた。
「結局俺は、自分が父親になった事すら知らないまま逃げてしまった。…俺はもう、『近衛隊のフルトー』でもまして『彼女の夫』ですらない―今の俺は死んだ人間だと自らを定義している。だがら…俺も出たいんだが、下げる面すらないんだ…」
変らず彼の顔は仮面で隠れていたが、その体からは哀愁を含んだ湿気た空気を発していた。
…悩んでんだな、やっぱり。
「まぁ…」
そんな空気を掻き消したくて、俺は焚火の中に残したゴブリンの肉を薪代わりに放り入れた。
「まぁ、いいと思いますよ。それで…いや、変な意味じゃなくて、百年悩んでるような事を今すぐに解決する訳もないな…って思っただけです」
自分が上手く話せているかは分からない。知り得るものでもないのでそういうのは半分以上最初からあきらめたた案件じゃないか?だから俺はコミュ障なんだし。
「結論が出るのはまた百年後でもいいんじゃないですか?今度の百年は俺も一緒に悩んであげますよ…人間ですからもって五十年ですけど」
「ふっ…」
理想だとしても張り子なパーフェクトコミュニケーションの失敗を通告するような失笑が俺の耳に入った。
「余計なお世話だ。―だが、ありがとな。お前を食わなくて良かった…」
…やっぱり俺食われそうだったんだ…
「でもこれだけは今訊いておきたいんで」そんな大した事を訊く訳でもないが、保険としてそう前置きした。
「明日からどうします?」
なんて事ない粗雑で曖昧な適当極まる質問に対して、フルトーさんは短くこう返した。
「生きる」
「一応これも。その理由は?」
「理由?そうだな…お前がここに転がり込んできたから、ってのがせめてものはっきりとした回答だ。お前が漂流者だとしてもただの大馬鹿者だとしても、乗り掛かった舟だからな。家族がどうとか、今の内は後にして、何とか日々を生きるさ」
俯き気味だった顔を上げて、決心したように仮面を脱いだ。
「生きたい、だから生きる。そうするべき以外の理由がいるか?」
「…いえ、それでいいと思いますよ。俺はね」
十中八九気のせいだろうけど、焚火しか明りがないのは変わらない筈なのに、彼の顔が一段と明るくなった気がする。
この人は、こんな顔してるが一番美しいんだと思う。
にしても、案外かっこいいじゃないか。この人、見かけによらず信用できるかも。そんな打算的な考えをしながらも、俺も乗り掛かった舟と彼の逃亡生活に付き合う事にした。
…逃亡ってよりは籠城か?
なら結局俺はひきこもりか。じゃ、景気づけに宣言を。
「これから…ダンジョンにコモります」
【用語説明】魔法と魔法鍍金
舞台装置的トンデモパワー。似ているようで微妙に違う。
―ふつうのイカ飯とタコ飯風イカ飯くらい似て非なる物。
【魔法】
肉の神である竜神由来の力。『意図して即座に現象を発生させる力』である。
魔力と呼ばれるエネルギーによって発動する。その魔力は「生命体ならば必ず臓器で作られるエネルギー」の事であり、その性質上大体の人間が使用できる。
魔法発動に必要な式をまとめたものが呪文であり、それを声に出す事によって式に魔力を流している。(言霊ってやつを起点としてスタートダッシュし、威力を上げるのが一般的)。
魔法における『呪文と魔力』は、『回路と電力』に似ている。魔法を開発する人には即ち天才プログラマーと同じ崇め方をした方がいい。
呪文の詠唱を省略してもいいが、練度によっては暴発の恐れがあるので言った方がいいが、ある程度の知能を持つ魔物相手だと学習され使われる事がある。
起源となる竜神が大技以外呪文の詠唱を省略したせいで、発見が大分遅れた。
もう一つの手として呪文を式のまま書き記して発動する《魔導書方式》もある。
この方式では威力は落ちるものの、安定性や適性が要らないという特徴がある。後述の魔法鍍金と近いものであり、魔法の効果が重複する場合がある。
作ろうと思えばどんな魔法でも作れるが、使用者の発想力の事も考えてある程度のテンプレを持ち、属性みたいな概念もある。
【魔法鍍金】
竜神の開発した魔法の対抗策として魂の神である機神が開発した技術。『意図して即座に現象を伴わせる力』である。魔法への対抗策として生まれた為、誤差の程度だがこちらの方が歴史が浅い。
精霊を媒介として物体に魔法を定着させ、その物体を『魔法を発動する装置』に出来る。
噛み砕いて言えば『道具として使うと~の効果を与える』武器にできるという事。媒介としている精霊に『とがっている物に強い反応を見せる』という性質がある為、ハンマーなどの鈍器よりも剣や槍の方が強くなる。
例えば『100の火属性を発生させる魔法』を魔法鍍金するとして、
ハンマーはそのまま100
剣は少し補正が乗って120
槍はけっこう補正が乗って200くらいの効果がある。
コストパフォーマンスを無視するのなら、矢一本一本に魔法鍍金するのが最強とされている。下手すれば小銃よりも、追○奪命剣スタイルで魔法鍍金した矢を撃った方が強い場合がある。下手すればもなにも、抑々追魂○命剣を超えるロマン技を私は知らない…
かなり普及していて、作中世界をファンタジーたらしめている原因。
何でもかんでも魔法鍍金されていて、特別な仕組み無しで超常的な効果を与えるのでかなり重宝されている。
作中世界では既に産業革命が起きているのだが、その時でも魔法鍍金師は職を失わなかった。それ程までに専門性が高く、一般人には難しいものである。
普通は効果時間と出力は反比例の関係にあり、強い魔法鍍金ほど効果時間は短いのが相場。斬撃の延長効果がある魔法鍍金で巧くやれば旋○孤月っぽくなる。
これであなたも達人級!…なんて美味い話はない。練習あるだぜ旦那!
魔法は生物、魔法鍍金は非生物に使うものって認識でOK!
大雑把で良いんだよ、どうせ活かされないんだし…だよねパパ
【ひとこと】
遂に二話目できちゃったよ…本命出来てないよ…そんな心の嘆きが聞こえるような杜撰な第二話になったと思ってます、はい。
『…』が多いので、優しく扱ってやってください。
至らぬ点ありましたら、どうぞご意見お願いします。