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外は危険なのでダンジョンにコモります!  作者: 雨傘音 無咲
遠い昔の因縁、絶対の死
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【第十五話】戦い続ける、孤独なまでに一人…(4)

 毒沼―

甘美とは程遠い残酷なまでに現実的な、事実しか必要ないと判断されたがゆえの極限までシンプルな名称。

それを歴戦の猛者たる迷宮攻略者(モグリ)であるフルトーさんの口からそれが出たとあっては一大事だ。しかもそれが寡黙で無駄な情動を露にする事の少ない彼が今に限っては懸念以上に幾らかの文句がありそうなほど嫌悪の表情を以て伝えたのだから、何も知らない俺でもそれがどんなにタチの悪いものであるかは想像に難くなかった。


「…嫌なんですね」

「というよりは面倒だ」


そう言うと彼は短剣とは別に腰に着けていたのだろう小物入れに手を入れ、双眼鏡を取り出した。

…どう見るんだよ、あんた仮面つけてんだろ?


「…少し待つか」

「早くこんなとこ一刻も早く立ち去りたいっていうのは言っていいんですか?」

「どうでもいい。俺も思ってる事だ」

「ならどうして…!」

「今のままじゃ不確実だからだ」

「不確実?」

「今のままでも渡ろうと思えば渡れる。凍結魔法は液体に対しては便利だからな、どんなものだろうとある程度は凝固点を無視して凍らせられる。それは得体の知れない毒も同じだ」

「それでならどのくらいまで行けるんですか?」

「多分往復くらいは可能だろう」

「なら ―」

「渡る()()なら可能だ」

「…!」


そうか、てっきり魔法は無制限の超現象だと思ってたけど、そういえばフルトーさんもリールスも体から何かを操作して発動していた。そういえばリールスが言っていたじゃないか、「魔力っていう体に流れる ―()の力を動かして、術式で構成された呪文や魔法陣に流し込む」と。命の力 ―つまりは無源で無限のエネルギーではない。寿命のように限りある有限のエネルギー…


「…魔力切れするんですか?」

「あぁ、多分やってしまったらここで使い切る事になるだろうな…この後の戦闘を考えるとここを渡るなら魔力は可能な限り節約したい」

「それって俺が代わりにやるとか無理なんですか? リールスの言葉が確かなら多分俺にも使える筈だと思うんですけど…」

「素質という面なら出来る。だが技術面で無理だ。魔力という素質は誰だって持ってるが、術式や呪文の構成を記憶できる者は少ない」

「フルトーさんはどうやって使ってるんですか? 《不尽世炎(プロメア)》とか《炸血凍(ロジリザ)》とか、色々使ってますよね。全部記憶するって大変じゃないんですか?」

「勿論全部は記憶してない。特に《不尽世炎(プロメア)》は高等魔法で、その術式及び呪文構造もかなり複雑になってる。そんなのを一々瞬間的に思い出すなんて、はっきり言って余程の使い手でもなければ非効率の極みだ。だからこうして物理的に()()

そう言うと彼は装備している皮鎧を少し退かして、右側の脇腹を見せた。


彼の細身の体躯のどこにそんな怪力があるのだという問いに対して完璧な答えとなりうる体系と不相応なまでに鍛え上げられた ―『鋼の如き』と形容するのが不遜と思ってしまうような、それが生の鉄塊のように洗練こそされていないが凄まじい強度を感じるなんて生易しいものではなかった。例えるなら剣、例えるなら鎧、例えるなら… ―戦うという明確な目的の元に、それに完全に応えられるように情け容赦のなく人間のものとは思えないほど完成された深い筋肉がそこにはあった。


「…筋肉アピールですか」

「なんで周辺を見るんだよ、もっと目立つとこあるだろ?」


冗談もそこそこに、確かに彼が晒した左側の脇腹には黒い何十何百にも重なった渦とそれを上書きするような太陽を模した象形的な象徴(シンボル)が鮮やかだが深みの持つ深紅色を以て描かれていた。しかもそれは目を凝らすとどうやら単純な線ではなく、おそろしく緻密な文字であるようだった。どうもただの刺青(しせい)ではないらしく、時折生物的な輝きの運動を魅せるそれが色も相まって彼の鼓動に合わせているかのように思え、超常的なその文字が呪文の類であると直感だけで的確な判断を下せたように感じられた。


「…呪文 ―魔法陣ってやつですか?」

「そうだ。『脳が覚えられないなら体に覚えさせりゃいい』―単純だろ?」

「…単純そうですけど…誤って発動したりとかはなしないんですか?」

「大丈夫だ。不意に高等魔法使うなんざ、寝ながら写本するようなもんだ。そうそう起きねぇよ」

「そうそう…」


"全く"と完全に否定するのではなく、"そうそう"と少しは起きそうという度合なのが恐ろしい。これがもし冗談や言質を取られた時の保険としてではなく事実だったのなら…そうなると恐ろしいよりは寧ろ尊敬の域だろう。


 「すまん、話ずれたな」

ハッと気づいたように彼は急に口調がせわしなくなり、皮鎧含めて着方を改めながら少し申し訳なさそうに頭を掻いて呟いた。

「つまりは『覚える以外の補助手段ならお前も出来るだろうが、今はそんなものないから出来ない』、言いたかったのはそんなもんだ」

「どうしたんですか、急に」

「…ここの空気あんまり吸わない方がいいんだったと今まで忘れちまってた。― 喋りすぎた」

「あっ…!」


そうだ、ここ、毒沼だった。

…鼻まで覆うと刺激を防げるけど、怪しい臭いに鈍くなるのが危険なんだよな、と後の祭り。


 【 】

 『病は気から』という言葉は案外本当らしい。

特に現在のように自分の危機を否定する材料よりも肯定する材料の方が多い方がその根拠はともかくとして、ただ数が多いという ―心理の物量作戦によって今まで平気でも急にどっと何かが憑くような感覚がして背筋が冷え、そして結果的に実際に疲れる ―というのが現状だ。指摘された今、もう手遅れって意味だ。


「…」

「…」


彼が何を待っているのか、もうそれを訊く余裕すらなく、泥のような地面に杖を突き刺し、それに全体重を委ねて、それが傾いて倒れないようにする事が限界だった。正しくは倒れないように努力する事もなく、祈りながらの拙い重心移動の試みの一部でしかなかった。


「…」

「…」


 きっとまだ三分も経っていない。だが異様な環境に感覚はとことん狂う。

 どこからか吹く風は生暖かく、だが体の芯は冷え、肉体はどちらに適応すれば生きられるのか、生存の方向を見失う。加えて毒から発せられるガスだけは生の為に貪り続ける曖昧な身体感の中でも揺らがない危険として確認され、警戒され続けるので必要以上に過敏に反応し、確かなそれだけに意識の持つ身体の防衛リソースのほとんど全てが注がれ、無駄に、異常に、不必要に感覚が鋭くなってしまう。

理由は自分だけが原因ではない。

 視れば、辺りの魔獣やらはどうにも動きが遅い。神経を逆撫でするほどゆっくりと低く飛ぶ巨大羽虫、呼吸による泡が出来て初めてその存在を認知できるほど毒沼に同化した大蛭。魔物も同様、アンバランスに肥大化し、歪に巨躯となった不完死屍(アンデッド)はその桁外れに重くなったろう体を動かせずに倒れながら進み、時折手に持った大鉈で空を鈍重に切り裂く。それらを乗っ取ったのだろう人の頭の代わりに大蛇の生えたものもほとんど大差ない。寧ろ獲物が近くに来た時だけ機敏に反応するのがタチが悪い。


 時間は進んでいるのだろう。

 確かに進んでいるのだろう。

 しかしそれを実感できない。

 動かないから実感できない。


 怪しい呼吸も当然となり、慣れる。自分の変化に自分で適応してしまって、感覚だけがそれを普通と思ってしまって、慣れる。もはや俺の身体は自己完結的になり、世界に対して鈍感になってまで、人間らしい生の感覚を排除してまで ―ただ肉体的な平静を気取る為に変化とそれに結びつく時間を数えるのを止めている。


…長いな、時間って。


数えなかったら時間なんて、こんなにも曖昧で漠然で、こうも得体の知れないものなのか。これを基準にして、この幽霊のような実体のないものを共通の感覚にするなんて気が狂ってる。気狂いがいっても何の説得力もないだろうけどさ、そう考えると思うんだよ。


 ()()()()()()()()()()ってさ。

 人間にしてみりゃ永遠とも思える超越的な概念に時分を設定し、誰と明確に決まっているわけでもない時計というものを支配者としてそれの刻む時間に絶対服従を強いるなんて…

 そう思うと『時計頭』と異名を与えられたギールイはもしかしたら奇異以上に尋常ではない敬意と嫉妬を持たれていたのかもしれない。本来与えられた身分や役目を放棄し、名前さえ捨てて自らが選んだ役目を背負う。…すごいじゃないか。自分で選んだ意思を他から何と言われようとも徹底し、挙句『時計頭』― 自分達とは違う、それでも独立した思考や理念を成立させて動く彼を否定する事ない異名だ。

尊敬するよ、今ならな。


 【 】

 「…起きてるか」


もう目を開けようとも思わないが、歌うような彼の声に耳は貸す。


「まぁ…寝ちゃいませんよ。…気持ち悪い温度ですし、臭いもちょっと」


実際には寝てはいた。とうとう意識が奪われた証拠ではあるが、無意識に体を委ねていたからか、幾分か気が楽になった気がする。


「…悪いが、よりきつくなるぞ」

「どういう事です…それ」


疑問符をつけるよう発音するだけの気力すら湧いてこないが、にしてもその言葉の意味は知りたいものだ。


「何を待ったと思ってる」

彼は泥濘む地面から足を持ち上げ、沼の手前まで歩くと携えた大斧の刃に手を置き、呪文を唱えてなにか魔法を付与した。


紫色の靄のようで、斧そのものを廻る回転するエネルギーの形はおそらくは《爪羽追虫(ノガサバリ)》―自動追尾の効果を発揮する魔法だ。


 その効果に偽りはなく、彼が不安定で踏ん張りの利かない足場ながら力強く、しかし見当違いだろう投げ方で斧を投擲しても、まるでブーメランのように…ではなく、こう遠くまで飛ばされてから戻る軌道を見るとなにか突然斧にだけ適応される妙な引力が発生したかのような不自然な動きで近くまで戻ってきて、地面に突き刺さった。助走みたいなもんだったのかな、今の?


 「…毒沼と色似てんだよぁ…」

沼の地面に突き刺さった筈の斧は何故か抜けるわけでもなく、突き刺さったまま手繰り寄せられた。


「これに入って行くぞ」

「これって…」


"毒沼と色が似てる"―この時点で何か気づくべきだったのかもしれない。最初から知らなかった、とかじゃない分悔しいというか、もし気づいたとしてもそれはそれで自分が嫌になる発想の類なので結局今のが最適な方法の提示なんだろうけど…にしてもなぁ。


「大蛭…まぁ、我慢しろ」

「…はい」


断る気力が湧かなかったというのもあるが、断ってしまったら置いていかれて ―それこそバットエンド直行なので有無を言わずに従うしかなかった。


 蛭の口を開かせて、そこに二人と一匹が入り込む。

そうしてどうやって進むかと言えば、

「跳ぶぞ」

「はいっ!?」

「歩けるわけないだろ? 一歩一歩、跳んで行くしかないだろ」

「…そう…ですね」


シュールというか、バランスを崩せばそのまま毒沼に頭から突っ込む形になるので結局安全な方法なんてないのだなと、半ば呆れていた。


「五秒後に一歩目だ」

「分りました…」


そうして俺達は五秒間隔のジャンプで沼を渡った。

 こう…水場をジャンプで渡るとなると『因幡の白兎』を思い出すけど、縁起でもないな。

だってあれ、跳んだウサギは鮫に全部の毛抜かれるじゃん?

大国主命のように、これが巡り巡って偉大な一歩である事を願う…んなわけあるか!

【ひとこと】

 ボカロはlumoさんの曲が好きなんです、あの叶いそうもないけど近いような未来感がね。

平成的なファンタジーのようなSFを感じる感覚、今と比べて鮮明じゃないからこそ想像による創造の余地があったというか、"アナログ放送の希望"と"デジタル放送の希望"と例えればいいのか映されるものは同じでも見え方が違うから感じ方も違う。

 未来は遠いからこそ輝かしいもので、ドラえもんを求めてたとこに胴に細い四肢だけの工業的なロボットを出されて『これが未来のロボットです!』って言われても興ざめな感じ、解りますかね?


…あ、lumoさんみたいな曲知ってたら教えてもらえれば幸いです。


至らぬ点ありましたら、どうぞご意見お願いします。


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