【第十三話】戦い続ける、孤独なまでに一人…(2)
覚悟はしていた。
最初から考えていた以上の事が起きて ―予想以上の出来事があっても怯まないとは思っていたから、だからこそ、予想以上ではなく常識外れの出来事が起きたらそりゃ必然的に怯むし怖気るだろうなという納得感があってそこまで混乱は深いものではなかった。
「…」
「…行くしかないだろ」
混乱と恐怖は勿論別の感情で、混乱は深くなくても恐怖も同じだとは誰かが保証してくれるわけでもなかった。でもまぁ、ここまで来てしまったのだから引き返すわけにもいかないし、第一俺だけの独断で動いても何ともならないからフルトーさんについていくしかないなんだけど。
…そういえば、ここまで俺達を導く―ないし連れてきたギールイはどうしたのかについては正直あんまり答えられない。だって俺が眼前の後継の有り余る異様さに「えっ!?」「えっ!?」と二度見したら、あいつは普通に姿を消していたんだから。
骸骨達の祈る聖堂のような雰囲気すら感じるドームを奥に進むと、もうその先からは迷宮らしい洞窟らしさ―というより地下らしさはどこへやら、廃城の地下室のような苔むした怪しい長方形の石材により形作られた景色へと変わってしまっていて、自分がどこにいるのだかさっぱり分からなくなってくる。五分ほどすれば道の途中ではしっかりと松明などの照明や、何か詰め所のようにドアを隔てれば質素ではあるが木製の机と六人分の椅子が置かれた食事場を思わせる空間が生活感を残したまま存在していた。
「…これが迷宮なんですか?」
「まぁ、そうだな」
既に大型小型含めて何匹かの魔獣を斬り伏せている彼の声は真剣さを帯び、殺気立ってこそいないもののかなり冷徹で平坦なものだった。
「だが、こういう特異な空間は迷宮だけにあるわけじゃない。異常遺跡と呼ばれててな、時折人知を超えた現象の見受けられるなにかが残した跡は珍しいもんじゃない」
「そうなんですか? …魔法とか、そういうものでですか?」
「魔法か…ある種そうかもな。まだ全貌が解明されてはいないが、異常遺跡は寧ろ奇跡や神話の論理に近いらしい」
どうも彼曰く魔法は術式と呼ばれる特殊な構造に力を流して現象を制御しているのに対し、奇跡とは似たような異能だが仕組みが異なり、依り代となる物質に物語を与えて現実を弄んでいるらしい。
「ガロンという昔いた風刺的な学者が例えるには魔法は『神の御業を分析して神に近付こうとする技術』、奇跡は『神の演技をして神になった気でいる技術』だそうだ」
「神に憧れてるのは変わらないんですね」
「みんな人間が嫌なのさ」
神と人間、何が両者をそうたらしめているのか。異能を使うから神なのか、だとしたら魔法使いとは神なのか。神が神だから神なのか、神は神じゃなかったら神じゃないのか、神は神じゃなくても神は神なのか……俺にはさーっぱり判らない。というか神様ってなんだよ、様付けして呼んでやってんだから助けに来い! 元のニート生活をまだ心地よかったと回想できる今のうちに助けに来い!
そう誰にも聞こえないのに叫び、空しくなるのだった。
「というかよくそこまで解りましたね、どんな歴史があったんですか?」
素直にその起源を知りたくなってくるのは不思議でもない。
問題はその問いの対象が先にあるのが『魔法や奇跡なんてい非現実的な事象を技術としてカテゴライズしている』のは何故かという、およそ百年籠城しっぱなしのエルフに訊くには適切とは思えないものである。
「奇跡の歴史は知らないが、魔法の歴史なら教えられるぞ」
それでも何故か博識フルトー・アダリオン氏、一応答えられるらしい。
「前提として、神は意外に身近にいる。吸う空気、飲む水、それらが集まって俺達が食すようなものにも神はいる。それらは『名もなき神々』と呼ばれ、目に見えないが触れられはする。そいつらと人類は互いに障る事なく世界に存在していたらしいんだが、それの中から特別力を持った『名ばかりの諸神』と呼ばれた神々とは戦いになってしまったそうだ」
「神と戦争?」
「肉体こそあるが不死身で、精神こそあるが人の心はない。血こそ通うが黄金色のそれは人類のそれとは似ても似つかない。そんな異次元の存在と割り切っていたやつらと急に戦いになって、勿論人類は追いやられに追いやられ、とうとう文明が消え去るのも時間の問題になった…が、ある英雄が魔物や魔獣から秘術を会得し、遂に最初の《神殺し》を成し遂げた。その時に使われたのが魔法の始祖だと伝えられている」
「人による神殺しの術が起源ですか…」
訊いてはみたが、結局謎は深まるばかりだった。神だの不死身だの、そんなの人間に縁のある話じゃない。疑問の解決以前に踏み込む程に現実味がなくなっていく、どうしようもないな。
だって、ここは異世界だし。俺の持つ現実の常識は所詮はもうただの障害物だ。
「大層なもんだろ、神殺しとか」
冷徹さを維持したまま、彼は皮肉そうに笑う。
「俺も…まぁそうですね。人間が関わるには大袈裟すぎる話だと思います。魔物や魔獣とか、生き物を敵にするならマシですけど、神となっちゃ…どうしようもないっていうか。人間の生き物としての側面が『それは適さない』って言ってる気がして…奇跡も魔法も持て余す気がします」
「どうだかな…お前はどう思ってるのかは知らんが、こっちはどうも神やらが身近すぎてな、人間なんて所詮矮小な存在だと気付いちまってる。現実的に非現実的を考えてんのさ」
そう言って彼は武器を持たない左手をちらりと一瞬だが目を向けた。
「…抑々魔法なんてものがあるのがおかしいのかもしれないな。風が吹くから風車は回るのであって、風車を回す為に風を吹かせるなんてあっていいものなのか」
「それを言ったら奇跡もあるのがおかしいものですよ。なんです、『物質に物語を―』って?」
「物語というか…要は神話だ。神話がなきゃ神が実在したって得体のしれない危険因子でしかないからな。元から神がいたとしても、神話という解釈がなきゃ正体不明の異物だろうよ」
「…フルトーさんって神信じてるんですか?」
「存在は信じちゃいるさ、これでも元修道士だ。だが等しく全員クソ野郎だとも考えてるから別に信奉や信仰はしてない」
修道士にしちゃえらくまぁ冒涜的な考え方だこと…
元だからといって ―今はそうじゃないからといってそれは決して万能の免罪符ではないと思うけど…顧みないってこういう感じなんだろうな、とちゅーたはどうなのだろうと彼を手に移して少し考えてみる。
「あっ!」
「大丈夫か?」
何かに小さな段差のようなものに躓いて姿勢を崩したけど、寸でで完全に倒れないで済んだ。
しかし困ったぞ、両手はそれぞれ壁を押してそこから動かせもしないし、つま先でギリギリ立って足首から先は何の役にも立っていない現状で足を動かすのも得策とは思えない。
「…でも助けて」
「だと思った」
持っていた印象の割にはフルトーさんは簡単に助けようとして、俺に手を差し伸べた ―と思いきや、俺の倒れるだろう前方に凍結魔法で薄めの氷を造ったのだった。
「…まさか『これで直接石の地面に打つ事はないだろうから潔く倒れろ』、とでも言うんですか?」
「勘が良いな…」
せめて合ってるのなら、そうでなくてももっとなんか言ってくれよ! 別に何か特別なものを求めてるとかじゃないけどさ、もっとなんか…こう、人情や情けはないんですか!
「…」
時間をかけるんじゃない、と仮面越しの圧力をかけられていると以前からあったかのように異様に馴染んでいる急に覚醒した第六感が忠告している。やるなら早くしろ、しないのならそのままでいい、って口にしないまでも思ってるんだろうな…我ながらただの妄想だけど、かなり完成度は高いんじゃなかろうか。
…まぁ、ままよ。
覚悟というにはあっけなく、自暴自棄と呼ぶにはリスクもリターンもしょぼく感じる ―高さにして約ニ十五cm程度となる身投げは無駄に時間をかけたわりには何の凄味も感じる事なく決行された。
「ち、ちゅう~!…」
「ありがとな、ちゅーた」
しょうもない身投げを防ぐようにその小さなネズミモグラは勢いよく俺の肩から飛び降り、俺の頭が来るだろう位置に行くと、自分の全体重の何倍もあるそれを衝撃から守ろうと体に精一杯に力を込めて、クッションのようにしたのだった。
「ほんとごめんな、俺の不注意で」
彼のそんな活躍があっても、普通に首から下はぶつかったので痛いとは決して言うまいと、痺れる体に黙れと言いながら立ち上がり、頑張った彼をそっと抱きしめた。
「にしても妙なところで転んだな」
「雰囲気台無しですよ、ほんと」
地面に向けて魔法を使う手はあったのに、俺に差し出す手は持っていない人間に今の精一杯労ってやろうとする感情が如何ばかり伝わるのか心底謎だった。へとへとになったちゅーたを見ろよ、半分以上…ぶっちゃけ全部俺のせいだけどこんなにも頑張ってくれたこのネズミモグラに賞賛か労う言葉の一つでもくれてやってくれ!
「あのねぇ!」
「そうじゃねぇよ、『妙なところに水溜りがあるもんだな』ってんだ」
水溜り? ―そんなのあったか、ここ雰囲気的にそんなのある場所じゃないと思うけど。
「そんなのありました? 俺が躓いたのはちっちゃな段差っていうか…もっと硬い感じのものだったの確かですよ?」
「硬いだと…?」
何か俺の答えに引っかかるものがったのか、疑問に思ったらしいフルトーさんは立ち上がった俺でも呼吸の荒いちゅーたでもなく、その後ろの無傷な薄氷を見た。
彼はその氷の目の前にくると指をアイスピックのように鋭く、それを包む手甲全体がつるはしであるように力強くそれに向かって突き刺した。
ギッ、パッ、グンッ、と薄いとはいえ地面に直に張り付いていた氷は容易く剥がされると、ちゅーた含め皆の視線は一点に向いた。
「…水溜まりじゃないな」
「じゃあ…一体何なんです?」
水に近しいものの、氷の裏で蠢く小さな不定形の物体の色をよく見れば水よりも少し青く、赤い光沢すら見えるそれが水の類ではないのは明らかだった。
「生溶肉だろうな」
《!不定期開催中!》―【用語解説】『奇跡』
魔法や魔法鍍金と並ぶトンデモパワー。
正確に言えばトンデモ現象。
世界に『名ばかりの諸神』と呼ばれる一般的に思い浮かべるような神のいた時代の名残とされ、言うなれば「逸話が宿ればそれは神様!」と認定される現象。
「依り代となる物質に物語を与えて―」というのは例えれば、
「隣の小野山さんはキング牛丼を13杯食べた大食漢らしい」
「神酒寺大橋では犬を狂わす呪いがかけられてるらしい」とすると"隣の小野山さん"と"神酒寺大橋"が物体に、"大食漢"と"呪いがかけられてる"が物語に該当する。
都市伝説があってもその対象が定まってないと、現実味がないよねという話。
物語と依り代が揃えば無条件で奇跡が起きる、という訳ではなく、何かしらきっかけが必要。
基本的には"音"(勿論例外はある)
鈴や鐘がよく用いられるが、音判定されればいいので声でも可能なので呪文に混ぜて使う事で魔法鍍金と奇跡を同時に行えるロマンギミックがある。当然燃費はカス。
噂は現実となり、人は…なんちって。
【ひとこと】
スライムを『"生"きてる"溶"ける"肉"』という意味で《生溶肉》と書きましたが、なんだか字面が"生活肉"と一瞬見間違えて「私は何を書いてるんだろう」と混乱します。
ミスでした。
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