【第十話】刻が未来に進むと思ったのか!(3)
見るからに不審者、何かに腐心していたとしても視界に一瞬映ればそれだけで『あぁ、これは不審者だ』と思わせるだろう或る意味では逸材だ。
偶に見かけるあまりにも未知の組み合わせすぎて不審という言葉すら適当ではないと思わせる ―『そういう国から来た妖精』と解釈した方が早い存在。まさか異世界に来てまでそんな珍妙不可思議な無敵の存在に会うとは夢にも思わなかった。実際夢に出てこられてもリールスと手を繋いでいたと思ったら、次の瞬間奇妙な時計頭の怪人が隣にいるのだからもうその後にどんなどんでん返しがあろうとも悪夢であると認識するだろう。
「刻は来たっ!」
あまりにも状況におあつらえ向き過ぎるというか、逆にこの様子で俺達の求めてる人材じゃなかったらそれこそ存在の意味が判らなすぎるというか。もし彼がお望みの機械修理人だったとしても意味が解らない、いっそ迷宮が用意した仮初のゴールをさせる為の妖精か妖怪だった方がマシだ。
「刻はッ、来たァッッッ!」
「うっせぇ!」
正体がなんにしても、こんな珍妙な風体はない。
頭が懐中時計に似た丸い型の真鍮色をした時計になっている―だが、それがそういう被り物なのか、それとも一体化しているのかは判断できない。…したくもない。
そんな風に頭を凝視していると、見るべき場所はそこだけではないと思い知らされる。視線を少し下に向けてみるとどうだろう? なんとそこにはパンツ一丁で武器も身に着けていない舐め腐った体があった。
いや、俺も人の事は言えないよ? 転生初日なんてパーカーとパジャマのズボンだし、今も今でインナーとジーンズってあまり『冒険』って感じの真面目な服装じゃないけどさ。でも最低限ってのはあるじゃん。人間としての理性と類人猿系の本能が戦っても、結局理性が勝つじゃん…だから普通、こう全裸一歩前はしない筈だろ。そう思った。
これで晒される体が鍛え上げられた筋骨隆々のものだったり、丸みを帯びた女性らしいものだったら多少なにかの期待は出来る。しかし、こいつはどうだ? 生気の感じられない土色の肌に、骨の輪郭がはっきりする程にやせ細っている。
―自殺志願者かと思ったら、さてはこいつ亡者か?
「刻はッ、来―!」
「だから―」
「構うな」
フルトーさんは自然と前に出てしまっていた俺の肩を掴み、後ろへと引き寄せた。
そうして彼が視界から完全に消えるまで、後ろへ後ろへと後退していった。
【 】
「何と言ったらいいか…」
彼の事を知っているのか、説明を試みるフルトーさんだったが、それは目に見えて難航しているように見えた。そりゃそうだ、あんな珍妙奇妙な存在は説明以前にあれが人類かどうかすら怪しいものだ。俺の中では『昨日食べた壺口魚の毒による幻覚で、昔見た変なホラー映画のジャンプスケア用の一発ネタのモンスターを基にしているからあんな見た目なんだ』というのが最有力候補だ。なんならもうアナグラムも思いついた。
説の証明にはアナグラムが必要なんだろ? 俺は詳しいんだ。
「まぁ…そういうもんと割り切れ。あまり深追いすんな、馬鹿見るぞ。今以上にな」
「やっぱり幻覚ですか?」
「…言える細かく言ってやる。落ち着いて聞け―お前も同じだろ? なぁ、ちゅーた?」
「ちゅ、ちゅう?」
言葉が解っていないという風ではなく、傍にいた俺がかなり戸惑っていた影響もあってか自身がどんな影響に置かれていたのかは完璧に把握していなくとも、その時持つべき考えについては俺と大方一致していたように思える。
ネズミですら状況に困惑してるって相当だぞ、おい。
フルトーさんは《不尽世炎》で指先だけ燃やし、そこら辺に生えていたキノコに火をつけて簡易的な焚き火にした。そして俺達はそれを囲むようにして座った。
「松明茸系のなにかだろう ―外が焦げるくらいが食べ頃だ。焼けたら食べていいぞ、ちゅーた」
「ちゅー!」
『はーい!』とでも返しているのか、ちゅーたの調子は少し疲れたような声のフルトーさんとは対照的な態度だった。このネズミ、意外に感情表現豊かなんだよな。
「…」
それはそうと、これって食べられるのか? そう考えてしまう程度には空腹感がして、朝食という概念を胃袋が思い出してしまっていた。この後なにか食べよう。
「…歴史が長いからな、あれは今から三百六十年…いや、塔歴だから千四百年前だったか。迷宮よりの攻略よりも天塔と呼ばれる大遺塔の攻略が盛んだった塔歴という暦で呼ばれた時期、その中で特に全盛と呼ぶに相応しい千五百年間―『最後の千年』と『終幕の五百年』という二つの時代。そのどこかで奴の最初の目撃情報があったとされる」
「千五百年前!? 化物じゃないですか、正真正銘の!」
「エルフなら、そうでなくとも長命な種族なら不可能って次元じゃない。だがあいつの奇妙な点は、あれは代替わりしているという事だ。―おそらくは七十二代目、通り名が七十二個だというだけの話だが、長命な一人ではないのは確かだ」
1400年とフルトーさんの最初に言った360年も一応含めてで合わせて約1800年。それで72代目って…25年に一度くらいで変わってる計算になるのか?
「基本的には亡者の如き痩躯の男という人物像で知られているが、ある時はふくよかな女、ある時は筋肉の鎧に包まれ、またある時は犬の獣人だった事もある。俺が最初に会った時は背中に矢が刺さり、囚人に着けられるような鉄球が足首の枷にあった」
「気になるとか、そういうのはなかったんですか?」
「勿論興味は持った。だが、いかんせんあの様だ。ボーっと突っ立って、時折『刻は来た』と叫び出す。その時の仲間に諭されてようやく気付いたな ― あれこそが『時計頭のギールイ』という存在なんだと」
『時計頭のギールイ』。
所詮は俗称で、本当の名前は別にあるのだろう。だが彼の真の名前が何であるかを差し置いても、彼こそがギールイであり、その生き様―存在こそが名も知らぬ狂人である彼を『時計頭のギールイ』たらしめる要素なのだと、そう深く納得させるには充分な話だった。
今なら確信を持てる事だが、彼の言った通りの言葉しか出てこない。じゃあもう『そういうもんと割り切れ』って言うしかないよ、そういうものなんだから。
「でも気になります」
「…だろうな」
出来る限りの説明をしても尚意見の方向性を変えない俺を予想していたのか、彼の応える言葉は仮面に隔たれていても苦笑交じりと判る程だった。
【 】
フルトーさん、不愛想で粗雑な第一印象を受けるが、よく見てみると結構律義な人でちゅーたとの約束を守って適当に取ってきたキノコが焼けるまで待ったし、ちゃんと満足するまで見守ってた。彼確か既婚者だった筈だから、そういう振る舞いも確かにするなと腑に落ちるものだ。
「…まだいた」
そんな事を考えていても幸か不幸か、ギールイはまだ同じ場所に立っていて、腕の位置を少し変えた程度の微々たるもの以外これといった動きは見られなかった。
「刻は来たッ!」頭の時計がポーンと音を立てて、時間が経ったのだと伝える。
一周期が何分かは知らないけれど、数えてみたら意外に頻繁に鳴らしているのかもしれない。
前提逃げるつもりはないし、退け腰や及び腰とも違う。
やる事は一つ、目の前にいる怪人の存在を確認する事。ずっと、ずっと、ずっと…忍耐の続く限り、いくら空しく思えようとも、ずっと彼を確認し続ける。
「…」
「…」
ギールイが樹木だとすれば俺は虫、岩だとしたら穿つ雨粒。昔電卓で遊んだ時と同じ発想だ、1÷1をし続ければ、いつかバグが起きて思いがけない結果になるんじゃないかとする、淡く儚くだからこそ馬鹿馬鹿しい思い。使い古されて茶色に濁った液晶に打ち込んでいない筈の2から9が出力されると期待する。
「…」
「…」
沈黙は長い。やるだけやってみろ、と近くで腰を下ろしたフルトーさんの視線は未だ残っている。面倒見がいいんだなと思う反面、きっと俺と同じものを待っているのだと判る。
それは一瞬、一瞬の来るべき時。
冷たい風で鳥肌が立つように、服を着ていればほつれた糸が出てくるように、踏まれ続けた石階段が少しずつ滑らかさを帯びるように、
―そして、時計が一周するように。
その刻は来た。
「刻は―」
「刻は…?」
「刻は来る。それは何故か。人がかくあるべきと時を刻んだのか、時がかくあるべきと人に刻み込んだのか。道理が誰にも知られずとも時は構わずにただ機械的に一秒、また一秒と過ぎ去る。― 個人の歯車、社会の歯車、自然の歯車―この流れは果てしなく分岐する。だがこの流れは、異なり合う歯車の多様な動きはただの一点、つまりは人類文明の終末時計を構築する働きである。
正しく『偉大なる諸行無常―』
十字、クロス、八の字、斗、そして時計を掻き消す二重線。祈るような舞うような、目まぐるしく動く両の腕は動き、それに伴って解放されたように亡者の身体は次々とポーズを変える。
「しかし、だからといって思考を放棄する者を人間とは定義しない。人よ、老いたる杖つく老人よ、恋するうら若き乙女よ、無謀なる少年よ―それらを忘れしぎこちのない歯車たる者よ。嗚呼、遍く人よ、『革命戦士』であれ―」
詩的に、熱狂的に諭すような彼の口調からはその雰囲気からは到底想像もできない別の印象 ―そこに居たのは怪人ではない。幻覚でもない、千年以上絶える事なく受け継がれた模倣子と化した―伝説となった一途な哲学者の姿だった。
「少年、導きを信じるか」
「刻は、来たのか…?」
予想はしていた。だが、その方向性が違った。千年以上に迷宮に目撃される幻覚のような怪人は、その実それだけの長年に渡り蓄積された独特の価値観を持つ哲人であり、他者を顧みない奇行は気の遠くなる程長い ―終わりを設定しない探究する為に探求する、そのある種崇高な修行。
見てはいた、聞いてもいた。
ただ目が節穴だったのか、単純に耳が何も疑わなかったのか?
―きっと違う。
踏み込まなかっただけだ。
見ただけで、聞いただけで、それだけで人物像を作り上げて、それが正解だとした。
思えば身勝手だ。偏見だ。道聴塗説、流言飛語、根も葉もない ―誰も根を掘らないし、誰も葉が散るとすら思っていなかった。
踏み込めて、確認しようとしてよかった―
1が1から変わる事はなかった。だが、限界はあった。
果てを垣間見て解った、1から変わらない ―原点から続く事は偉大だ。
姿を変えずに、原点を蔑ろにせずに結果今に至るまで源流から袂を分かたない事は尊い。それがどんな形だろうと、軽んじるべきではない。
判ってはいた、だが解ってはいなかった。
予想との余りの違いに困惑し、ふと出た言葉は計らずも彼に本領を問う言葉だった。
「私はただ、己の刻むべき時を刻むのみ」
長くは言わず、ただ短く。端的に、だから印象的に。
「貴殿は今、また一秒を刻む」
【ひとこと】
登場した奇人、『時計頭のギールイ』さん。
面白いし、書いて楽しい人物ではあるんですけど、そこから感動的な面を探そうとするとカブトガニみたいになるんですよね。代々継ぎ足した伝統の味というか、悪く言えば…ゴキ〇リ?
…考えなかったことにしましょう。
ちゅーたより印象的で次の話で退場する予定の彼、別惑星に送ったら再登場時にはムキムキで滅茶苦茶速くて、そして体が黒光りする…悪ふざけがすぎるな。
…侮れんな、ギールイッ!(冤罪)
至らぬ点ありましたら、どうぞご意見お願いいたします。




