【第一話】だからこうなったんだよッ!
神は云った『我こそは生命なり』と。また、或る神は云った『我こそ魂なり』と。
初めに、とある賢者がこの世界の全貌を知り得た時、二つの地と二つの神も同時に知った。
肥沃なる地に初めて姿を現したのは矮小なる飛龍であった。苔生す岩から這い出る姿の似合うそれはその地の肥沃さが齎した数多の生命を喰らい、何時しか古き大竜がそこにいた|。
闇をも喰らう深き大穴の底の果てに佇むそれは、千里先まで睨み殺す六つの邪眼を輝かせる幾重にも連なる山のような鱗に覆われた深淵と見紛う巨躯であり、荒ぶる溶岩を迸らせる二対四本の剛腕を持ち、動かせば周囲の不壊の大岩でさえ削れ砕ける己が巨躯の何十倍と大きな八つの翼を生やしていた。
破壊的なまでに単純。悍ましいまでに神々しいそれは竜神と讃えられた。
不毛なる地に初めて姿を現したのは大なる精霊であった。熱砂や雪そのものとなる選択をした彼等は適応し、種は枝分かれし、何時しか崇高な巨人がそこにいた。
荒ぶる天に叛かんとする霊山の頂に蠢くそれは、個を棄てたが故の種としての結晶構造に加え、生存競争の副産物的に獲得した物質の頑強さを持ち、同化により世界そのものと化した事による歯車的合理性を伴っていた。
不合理なまでに複雑。美しいまでに禍々しいそれは機神と畏れられた。
二柱の比類なき神々は膠着と言う名の平和を齎し、停滞と言う名の秩序を享受させた。
だが何時の事だろう。竜神に或る獣がこう伝えた。
『北方に惑わす者あり。暫し後、不毛の神は貴殿を殺しに来るだろう』
そして機神に或る猿がこう言った。
『南方に嘯く者あり。今しばらくの時を残し、肥沃の神は貴方を殺すだろう』
その二つの言葉から時間は必要なかった。
北方の不毛なる地と南方の肥沃なる地の狭間、竜神と機神が睨み合った。それからは三日三晩、七日七晩彼等の戦いは一時の一時の暇すらなく殺し合ったとさ。
八つの翼により合理的な軍勢は削り取られ、頑強なる物質に覆われた剛腕はその動きを止め、互いに死力を尽くし切った。現実を超えた超常の摩訶不思議の神業で結晶を溶かし、自然を超越した完全なる物質との同化で鱗を砕いた。
壮絶な戦いだった。二柱の信者達も数を減らし、神々も息絶え絶えに根城に帰った時には既に世界の様子は完全に異なっていた。地に肥沃も不毛も混ざり、その場に住まう生物すらも―
一柱はその光景に絶望を覚え、一柱はその光景に希望を覚え―滅びに入った。
全てを見終えた賢者は霊山に聳え立つ竜神の亡骸に天塔と呼び、大穴に埋もれた機神の亡骸に迷宮と呼んだとさ。
そして子らにそれを語り継いだとさ。
―『ベルロ・フォグナ 創世記』より。
【 】
自分の生まれについて憎んだ事はなかった。何者であったを考えるより、何者になれるのかを考える方が意味があると思ったし、その方が幾分かの希望があった。
だから、俺が憎んだのは他でもなく、俺自身だった。
覚えているのは洞窟の中で、今の俺みたいに多分俺の親も冒険者だったんだと思う。身寄りのなかった母は俺が幼いうちにどこかへ消えて、俺は洞窟エルフやはぐれニンフに育てられた。
その後なんやかんや冒険者によって洞窟が漁られたついでに俺は奴隷商に売られ、最低限以下だが言葉は教えられて、それから採掘をさせられた。単なる炭鉱ではなく、場所は迷宮と呼ばれる―古代文明の都市のあったデカい洞窟、そう言っておこう。忘れてはならないのは、ここで採れる鉱物は質が違う。鉄だけでも迷宮とその他で採掘できる物とでは、天と地ほどの差がある。学者曰く、発見された物には超構造体が…だとか。読む時間は少なかったが、それでも新聞はちゃんと読んどくべきだったと今更になって後悔している。
炭鉱夫を十年はやって、爪の間に煤が溜まり続け、咳をするのが普通になった頃に迷宮の外で納品に行く役もさせてもらえるようになったので、ある日天佑と思い逃げ出した。
逃げて、逃げて、逃げて……どうせ逃げても身寄りがないし、また奴隷商に売られかねないから可能な限り都市部は避けた。そして気が付けばエルフなどの妖精人が修道院としている山間部―アベルト=ナに辿り着いた。そこで一人の修道女に拾われ、成り行きで俺も修道士になった。宗教の教えやに興味はなかったものの、他に行先もなかった。期待するなんてことも知らなかったが、修道士になってから世界について知れたし、妖精の秘技―魔法鍍金も学べた。
アルベト=ナもだんだん窮屈に感じて来たので、魔力操作も講義の応用を終えたら、未知を"知りたい"に変えたくなったので冒険者になろうと決意し、再び迷宮の周辺に戻った。
修道士時代で名や一行程度の経歴も書けるようになったので、登録に苦は無かった。あとはただ自由に生きた。結晶トカゲを狩った、ゴブリンを狩った、ゴリアテも狩れた。人型なら何の苦も無く狩れるようになった頃、一度外に出て夢だったドラゴンに挑戦してみた。
念入りに準備をしたが、それでも死闘だった。だが、今こうしてるって事は…?分かるよな。
終わってみれば俺の想定以上のジャイアントキリングだったらしく、噂を聞きつけたいつしか大国である《オーレタリア》のお姫様の近衛隊に入れられた。金払いがよかったので前々から好きだった女と結婚して、都に念願の家を買った。狭いが、陽当たりのいい心地の良い場所だった。
だが話が狂い始めたのは件のお姫様が立太子して皇太女になってからだった。
大国だったのでその影響は大きかったのか、気が付けば三つの大国による皇位争奪戦争が起きていた。
熾烈だった。三つ巴のいずれも人間国家だったので、徴兵された亜人種以外の兵士は勿論人間で、皮肉にも迷宮で戦ってた経験が役になった。
国を―帰る場所や家族を守る為に殺し続けた。俺は前線向きだったから皇太女の居る場所から一番重要な戦線で戦い、それを代わりに商人連合に妻を安全な場所に移してもらえるに話を付けてもらった。
開戦以来優劣が変化し続けたが、俺達は不利になっていった。
将軍が死んだ。
髭の整えられた判断力のある将軍だったが、大砲に吹き飛ばされて死体も見つからなかった。。
料理番が死んだ。
大鍋を大きな玉杓子で朝と夜の二度かき回す事に耐えられる太い腕の大男だった。郷里に両親と妻と子を残して、彼の三人の兄弟も同じように徴兵されたらしく、何かと境遇が似てたので話が進んだが、矢が灰に刺さって死んだ。
仕事仲間が死んだ。
斧槍を使う元教会騎士の腕の立つ奴だった。『女っ気がないから結婚出来ない』とかなんとか無事生き残れた晩にはぼやいてた。俺と同じく前線を任され、殲滅魔法も使えたから中隊規模の戦果を出したが、防御魔法が間に合わずに鎧の中で焼き殺された。
…次第に知った奴等が死んでいく様に、今までには無かった確かな《恐怖》を感じた。
怖くなって、皇太女の行方も知らぬまま封鎖されていた迷宮に逃げ込んだ。
第一層を超え、第二層を超え、見たくもなかった炭鉱のある第三層を足早に超え、完全に開発の終わっていない第十層の念の為もっと下―第十七層まで逃げて、ゴブリンに占拠された元倉庫だった場所に逃げ込んだ。ゴブリン共を皆殺しにした後、命惜しさに逃げてしまった自分が怖くなり、体の震えが止まらなかった。
バレたら終わりなので可能な限り外には出ないようにした。
―こうして、俺の籠城が始まった。
食べる物は勿論なかったので、解体したゴブリンを適当な樽に詰めて凍結魔法を使い保存食にした。上手い訳もなかったが、餓死寸前まで口にしない事によって、意地でも食べなきゃいけないと思えて味は然程気にならなかった。
残り二体になった頃に流石にまずいと思って下の第十八層に何かないか探していたら、地面が大きく揺れて戻ったら倉庫の扉が開かなくなっていた。
数年たっても一向に空く気配がなかったから、きっと放棄されたと思って、自暴自棄になった。
もういっその事、外の世界の事なんて忘れて、迷宮の中で生きる事にした。
―こうして、俺の無限の籠城が始まった。
【用語説明】『迷宮』
作中世界に於ける力のある神のうちの一柱、機神の亡骸が穴に埋もれて固まっちゃった姿。
命のように動く物質だった機神の性質を受け継ぎ、今なお内部は変化している(※ランダム生成&リポップ的なもの)。イメージとしてはブ○ッドボーンの聖杯ダンジョンに近い。
絶賛開拓・開発中の作中の基本文明に於ける重要な場所。地上から数えて、現在は地下第五十層まで発見されている。
3~10層ごとにその姿を大きく変え、『帯』と呼ばれ知られている。
そしてその『帯』の終わりとなる層ごとに大ボスが存在している。
第一帯(第一層から第十層)
見た目はなんてことない洞窟と同じで、比較的安全で変化も少ない事から最も開発が進み、開発拠点となっている。
第二帯(第十一層から第十六層)
見た目は時折文明の名残は見せるものの、まぁなんてことない洞窟と同じ。まだ岩も柔らかく、簡易的な建築物が要所に見られる。第一帯に比べて変化が多く、新たに建てるには注意が必要。以前はもっと栄えていた。
第三帯(第十七層から第十九層)
見た目は基本は洞窟で偶に遺跡のある程度だが、大きな違和感があるわけではない。現時点最も多く人類に牙を剥いた『帯』であり、魔物・魔獣も活発になってくる。かつてはここまでが開発拠点だったが、昔の襲撃あった魔物達の襲撃により今では放棄されている。入口には有志により慰霊碑が立てられている。
第四帯(第二十層から第二十三層)
見た目も洞窟ではなく、ほぼ完全な遺跡となっている。冒険者である以上ここをサバイバルで七日間生き残れないのなら辞めた方がいい。作中世界に於ける現在冶金技術の根幹をなしているような物もここから発見されている。
第五帯(第二十四層から第三十四層)
《庭園》と形容されるような地下ながら独自の生態系が確立された場所であり、竜神と機神による戦争以前の《古い世界》を残した場所として考えられている。
第六帯(第三十五層から…)
何かを祀るような意図を感じる神殿のような見た目。作中世界に於いて最も活発な《迷宮学》のメインステージとなっているような神秘的な場所であり、超常的な物品も見受けられる。一定間隔で強力な敵(中ボス)が独自の縄張りを持っている。
中堅以上の冒険者や上位の冒険者同行の学者などでなければそもそも立ち入れず、どこまで続いているかも定かではない。(推測で第五十階層までとされている)
【ひとこと】
本命に頑張ってたら、息抜きとして別のものやり始めちゃって、気が付けばそっちの方が進捗が良い…
みたいなことありません?
これ、それです。
一応処女作なので、優しく扱ってやってください。
至らぬ点ありましたら、どうぞご意見お願いいたします。