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08 必要ない

「わーーーーーっ!! すごいっ……可愛いドレス」


 私は大きな鏡に映った自分を見て、純粋にそう思った。


 可愛らしい金色のドレスは、シフォンを重ねてふわふわで、乙女ゲームヒロインリンゼイの可愛いピンク髪に良く似合っている。


 これなら、レオナルドがいくら誤解をしていても、許してくれるかもしれない。ええ。そこには私自身の願望も含まれていることは認めます。中身はポンコツだとしても、かわいいは正義。


「良く似合っているね。リンゼイ」


 正装したジョヴァンニが私の支度が出来たと聞いたのか、扉から顔を覗かせていた。


 ここは、ジョヴァンニの住む城の一室だ。


 私は今学園の寮住まいだし、実家は平民としては割と立派な方だけど、手狭でこんな裾の拡がったドレスを着て移動することが出来ない。


 だから、特別にドレスを着て夜会に行くための支度をするための一室を借りてくれて、着付けのためのメイドまで付けてくれた。


 しかも、これを私が何も言わずとも先んじて用意してくれているところが、何もかもわかってくれる王子様過ぎて……本当にジョヴァンニって、完璧な王子様。


 ……こういう人を好きになったら、自分でも説明のつかない気持ちなんかも何もかも察してくれて、すっごく楽なんだろうなって思う。


 私がレオナルドの事を好きになったのは、彼と話すようになって割とすぐなんだけど、全く気がついてくれることはなく、ジョヴァンニにどう近づくかを相談するばかりだった。


「ジョヴァンニ先輩、ありがとうございます……あ。殿下です。申し訳ありません」


 ここは建前でも身分はないと公言している学園内でもなかったと、私は慌ててしまった。


「いやいや。先輩と呼ばれることが、こんなにも気分が良い物だとは知らなかったからね。僕が許しているんだからお好きに呼んでくれて良い」


「ありがとうございます」


 ジョヴァンニは微笑んでくれて、私はほっと息を吐いた。


 ジョヴァンニは優しくて、少々失敗してもすぐに許してくれる理想の王子様だ。


 なのに、私は怒ったら怖いところもある、レオナルドの事を考えている。


 人は条件だけで、恋をする訳ではない。なんだか、良くある綺麗事みたいだけど、情報源(ソース)は私。


「レオに贈り物を渡して手紙で気持ちを伝えれば、きっとうまく行くと思うよ」


 にこにこ微笑んで手を差し出したので、私は自然と自分の手を重ねた。


「そう思います?」


「……自信を持って。贈り物を渡して、手紙を読んでもらうだけだよ。出来るね?」


 再度、今夜こなすべき行動を念押しされたので、私は何度か頷いた。


 ジョヴァンニが用意してくれた馬車へは、一人で乗り込んだ。彼は婚約者マリアローゼと共に、ファンタナ公爵家へと向かうらしい。


 初めての貴族の夜会に一人だけとは、心細くはあるけれど、ジョヴァンニがここまでしてくれたのだから、私だって彼の期待に応えねばいけない……。


 私はジョヴァンニが用意してくれた招待状を渡し、フォンタナ公爵家へと入った。


 すごい……広い広い館には、見渡す限り、豪華な調度品。


 ファンタナ公爵家は王家に次ぎ権力のある貴族で、傍若無人な悪役令嬢マリアローゼだって、あの時にレオナルドに睨まれれば何も言えなかったのはそのせいだ。


 私は乙女ゲーム『ここたた』知識を持っているから、公爵令息レオナルドと恋に落ちてもなんとかなるだろうと思っているけれど、普通ならこんな館に住んでいる貴族と身分違いの平民の恋なんて、上手くいかないと考えるだろう。


 近くに居た使用人に彼がどうしているかを聞けば、主役のレオナルドは、そろそろ現れて列席者に挨拶をするだろうと言っていた。


 ……挨拶まわりが終わったくらいで近づいて、贈り物を渡せば良いわ。


 高位貴族たちが入場しフォンタナ公爵家の持つ権力の強さを私が痛感したところで、レオナルドが現れて皆に短い挨拶をして……去って行った。


 っ……え!?


 レオナルド……私が意見することではないかもしれないけれど、誕生日祝いに来てくれた皆に、挨拶周りとか……何かしら、しないの……?


 彼の行動に驚いた私が思ったように、周囲も動揺したようにざわざわしていたけれど、これは逆にチャンスかもしれないと思い直した。


 レオナルドがああして一人になったのだから、すぐに贈り物を渡せるはずだもの。


 私は今夜渡す予定の贈り物の箱を持って、去っていったレオナルドの後を追った。


 そんな私を見てフォンタナ公爵家の使用人は驚いた顔をしていたものの、ドレスを着て贈り物の箱を抱えた令嬢がレオナルドを追い掛けているのだとわかった途端に微笑みを浮かべ生温かい眼差しになっていた。


 ……ええ。ええ! その通りです。私はそちらがお仕えしているご子息、レオナルドに告白しに行くんですよ!


 なんだか恥ずかしくて自棄になりつつ、足の長いレオナルドを追い掛けていた。


「……お待ちなさい!」


 私がレオナルドの上がって行った階段を上がり、どちらに向かったのだろうと視線を彷徨わせていると、聞き覚えのある高い声が聞こえた。


「え! マリアローゼ! 様……!!」


 一瞬、心の中で呼んでいるように呼び捨てにしてしまいそうになったけれど、慌てて敬称を付けることに成功した。危ない。


 ……え。マリアローゼ……どうしてそんなにまで、怒っているの?


 憤怒の表情で、私を見つめる悪役令嬢マリアローゼ……なんで怒られているのかが、本当にわからないんだけど?


 彼女と一緒に居るはずの、婚約者であり王太子のジョヴァンニは何処に行ってしまったの?


「そこの、リンゼイ・アシュトン! この私があれほど忠告したと言うのに、殿下に用意して貰ったドレスを着るために、城で部屋まで用意してもらって、特別に支度してもらっていたですって? 信じられない。このっ……ただの平民のくせに! 殿下に近づくなと、あれほど言ってあったでしょう!」


 よっ……良く知ってるー! 私の動きを、もしかして……ずっと調べさせていたの?


 もし、ジョヴァンニのことがそこまで好きなのなら、やるべき事が違うようにも思えるけど……!


 私はずかずかと自分に迫り来るマリアローゼを呆然と見つめながら、何故か動くことは出来なかった。


 完全に、蛇に睨まれた蛙になっていた。後はもう蛇に丸呑みにされるだけってわかっているし、逃げても仕方ないっていう達観した諦めっていうか……怖すぎて動けないっていうか。


 無抵抗のまま、がしっと腕を持たれて、階段へと突き落とされ、落ちゆく私が咄嗟に思ったのは、せっかくレオナルドの誕生祝いに用意した贈り物が台無しになってしまうと言うことだった。


 ……駄目。これを渡して、ようやく、レオナルドに気持ちをわかってもらえるのに!


 落下していく時、ゆっくりと流れる時間の中で、贈り物を庇って丸くなった私の体は、誰かに抱きしめられた。


 強い衝撃の後、私は腕の中にあった小さな箱を確認していた。


「わ……良かった」


 若干、紙がよれているけれど、無事だった。これなら、渡せる。


「マリアローゼ! お前、なんと言う事を!」


 怒った声が近くで聞こえて、階段から落ちた私を助けてくれた人の顔を、その時に初めて確認した。


 ……レオナルドだ。こんな近くで、久しぶりに見た。


「レオナルド先輩?」


「おい! 逃げるな!」


 逃げて行っているらしいマリアローゼを、立ち上がりすぐさま追おうとしているレオナルドの腕を、私は慌てて掴んだ。


「こ、これ!!」


「……リンゼイ。なんだ? 今、それどころでは」


 レオナルド……! 今、読んで。今なら、勢いに任せて、恥ずかしくないから!


「良いから! 手紙を読んでください!! とにかく!!」


 今、レオナルドが行ってしまえば、またチャンスを逃してしまうかもしれない。


 私は必死でレオナルドに縋り、彼は戸惑っていたけれど、大きく息をつくと私の渡した小箱を開いた。


「懐中時計? 誕生日の贈り物か……ありがとう」


 誕生日の贈り物だと気がついたのか、レオナルドは嬉しそうだ。


 ……良かった。彼が嬉しそうだと、私も嬉しい。


「はい。あの……手紙の方も……」


 おずおずと肝心の手紙を指差した私に、レオナルドは畳まれた手紙を読んで、驚いた表情になった。


「どうして、これを先に言わない……というか、内容を読むと、言えなかった、が正しいんだな。リンゼイ」


「……はい」


 私はそう言って、何も言えなくなった。


 本当に私は恋愛が下手だし、ここで言うべき言葉なんて思いつかない。


 けど、ジョヴァンニは気持ちさえ伝えれば、レオナルドに任せれば良いって言っていた。


 実際のところ……それだけではなかった。


 これはゲーム画面を通じては、絶対にわからない感覚なのかもしれない。


 今は、肌に触れる空気さえ熱い。そんな気がする。


 じっと間近でレオナルドに見つめられて、言葉はもうなくて良いかもしれないと思った。きっと、なにもかも伝わるだろうって。


 レオナルドの事が好きだって、そういう真っ直ぐな気持ちが。


「俺も好きだった。リンゼイ。けど……」


 ジョヴァンニの事を言いかけたんだと思うけれど、レオナルドはふっと微笑んで何も言わなくなった。


 彼だって私と同じことを、思ったのかもしれない。


 見つめ合って、ただそれだけで、二人の間には食い違いそうな言葉なんて、もうここで必要ない。


 ……もう何か声で伝えるよりも、行動で示した方が早いかもしれないって。

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