こひまりの“種”
?!
信号が変わったのに始動が遅い。
どちらかと言うと運転では『せっかち』な深谷らしくない……
「大丈夫か?」
「……はい」
ひきつった笑顔の横顔は青ざめていて……私は路肩に車を止めさせた。
深谷……詔子のハンドルを持つ手が震えている。
「具合悪いのか?」
「いえ!係長!だい……」
ここまで言い掛けた詔子はやおら車を飛び出し、側溝に吐き戻した。
深酒か?
昨日の夜……谷合と連れ立って帰って行った情景が私の脳裏に浮かび、僅かだけど私の胸を焦がす。
いやいやそれどころではない! 酒のニオイはしなかったが……いずれにしても運転は代わってやらねば……
詔子の背中をさすりながらそんな事を考えていると嗚咽が漏れ聞こえた。
「そんなに辛いんだったら何で言わない?!」
後ろからそっと肩を抱いて諫めると詔子は感極まって泣き出してしまった。
詔子と……谷合くんは私が手塩に掛けて育て上げた部下だ。
“あの日”の……偽装妊娠とその偽装流産の後、私は自ら進んで“ブラック”の中に身を沈めた。
狂った様に仕事にのめり込む様はブラックの元凶たる当時のオーナーもドン引きするくらいだった。
きっと私は壊れたかったんだ。
そう過労死!
でも生来の頑丈さと妙なところが折り目正しい性格が幸い?災い?して
死ねなかった。
オーナーの方が先に逝く始末!
親族が後を引き継いで……
私の待遇も少しはマシになり
いつの間にか係長になっていて……
下に人も入った。
ただ、新人は入っては辞め入っては辞めが続いたのだけれど……
センスと体力の両方ある谷合くんと……企画力と頑張りがピカ一の詔子が同期で入社し……二人はライバルだけど仲良しになった。
私は意地悪だから……
二人が私を慕ってくれるのを良い事に……
随分とけしかけて二人をライバルとして戦わせたのだけど
“勝負”の付いたその晩は、私の自腹で出した報奨金のポチ袋を言い訳にして
二人仲良く飲みに出かけた。
「まったく!これじゃあどっちに上げても同じじゃない!」って言ってやると……
「奢られた最初の一杯の悔しさをバネに、奢った最初の一杯の美酒の味をバネに、次の勝負の糧にする」と二人に言われた。
弟や妹の様に可愛く思える二人の……そんな関係はとても羨ましかったし…ちょっぴりヤキモチも焼いた。心のどこかで……谷合くんを想っていたから
そんな大切な二人に何があったのか?
昨日は……
大して飲んでも居ないはずなのに
酷い喧嘩でもしてしまったのだろうか?
「係長は……気付いてらしたんですね?」
「いや……何を?」
「私のお腹に……カレの赤ちゃんが居る事……」
「えーっ??!!」
思わず叫んでしまった!!
私はそっちの方面はからきしダメで……
今だに“子作り”に関する行為すら、した事が無い……
「申し訳ございません。仕事が一段落したら1日、休みます」
「1日って……検査か?」
「いえ、検査はもう済ませました。次の日には大丈夫です!」
「次の日は大丈夫って、まさか……」
「これ以上、係長に迷惑は掛けられません」
「バカ!! 仕事なんかより遥かに重要な事だろう!!」
詔子は激しく首を振った。
「係長のお気持ちに対して申し訳なくて……こんなにも可愛がっていただいているのに、それを裏切って……カレと……カレの子供を……」
私は大きくため息をついた。
「お腹のベビーの父親は誰?」
詔子は大粒の涙を夕立の様に落としてしゃくり上げた。
「誠二くんです……」
「谷合か…… 安心したよ! アイツなら……ま、ウチの給料だからつましい生活にはなるんだろうけど……間違いなく詔子を幸せにしてくれる。よかった!本当に良かった!!」
そう言ってやると詔子は私の胸の中でワンワン泣いた。
きっと私の心の中の……谷合くんへの恋心を見つけてしまっていたのだろう……可哀想な事をした。.
私は罪滅ぼしをせねば!!
あの子達の邪魔をしない様、充分留意しながら……




