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6. すり合わせ

 目を覚ました私は自室のベッドに寝かされていた。久しぶりに体力消耗で気を失ってしまった。記憶が戻ってくると意識がはっきりしてくる。隣を見ると左腕に包帯を巻いたステファンと目があう。椅子に深く腰掛けていて、再び争いになったときのためか手の届くところに鍬が置かれている。他人に命を握られている状況は初めてだった。

 「具合はどう?倒れた後、全身が痙攣して脈拍が異常に上がった。雪山で低血糖になった時と同じ症状だったから砂糖水を飲ませ続けたんだ。意識が戻って良かった」

 ステファンが私の体に起きた出来事を教えてくれる。殺されかけたにもかかわらず心配する言葉に嘘が含まれていない。それでは先程の戦いは何のためだったのか。勝者が取るべき態度ではなかった。

 「もっとほしい」

 「分かった。待ってて」

 とはいえ、ステファンのおかげで今もこうして生きている。強い空腹感のせいでまだ体を動かせそうにないが、頭の中はすっきりとしてきた。簡単な魔法であれば使うことができるだろう。手段を選ばなければステファンの殺害も不可能ではない。

 しかし、大急ぎでコップ一杯の砂糖水を持ってきてくれたステファンにもはや殺意を抱くことはできなかった。時間をかけてそれを飲み干し、何度か両手を開いては閉じる。心配そうな目で見つめられるとむず痒さを感じた。

 「話せそう?」

 「少しなら」

 体力消耗時は発声さえ負担になる。グスタフの呪いを受けて口数を減らしていたのはそのためだが、魔法言語を伴わなければ基本的には問題にならない。何の話から始まるのかと思っていたところ、ステファンは私に深く頭を下げた。

 「すまなかった。僕のせいで危うくヘレンさんを死なせてしまうところだった」

 「私だってあなたを殺そうとした」

 「分かってる。だけど」

 ステファンに魔法を放った瞬間を思い出す。これまでに何人もの魔法師を葬ってきた必殺の魔法が効かなかった。何度手順を辿ってみても私に不手際はなく、かといって魔法を受け付けない人間など聞いたことがない。

 「今なら教えてくれるかな。ヘレンさんのこと」

 「先に話して。なぜ私に挑んだの?」

 「僕が帝国軍にいたことは?」

 「知ってる。軍の兵士だから?」

 「ううん、もう除隊してる。でも協力者というべきかもしれない」

 ステファンが淡々と話し始める。アタパカにおいて協力者などという曖昧な立場を信用することはできない。問題は何に協力していたのかということだったが、既におおよその予想はついていた。

 「ラッサは国境の村だ。帝国はエイノットと行き来するスパイを警戒してて、僕はここで農夫をしながら村に来る不審者を監視してた。正直言って、ヘレンさんはひと目見た時から怪しかったよ。半年間何もなくて気を抜いてたけど、昨日の深夜、山に向かったのを見て早とちりしてしまった」

 「私を雇ったのも監視のため?」

 「そうだ」

 「あなたは私の荷物を見た。帝国の魔法師と分かったはず」

 「襟のバッジが簡単に手に入るとは思えなかったけど変装の可能性があったから。でも、本当に魔法師だったんだね。それもハイドラ家直属の魔法師。そんな人間がスパイだなんて考えられない」

 「だったらどうしてあんなことを?」

 「ヘレンさんの口から説明してほしかったんだ」

 襟のバッジとは王家直属魔法師を証明する金の記章である。五大家によるコーム体制を象徴する五芒星とシンタマニの模様が重ねて彫刻されていて、軍服のエンブレムとは違ってほんの一握りの者しか手にできないことから高位魔法師の証とされている。ステファンの言う通り、一般人が簡単に手に入れられる代物ではない。

 それに、魔法師として働くためには帝国の許可が必要となる。持っている知識だけでなく思想や家族関係までが調べ尽くされるため、潜在的なリスクはそこで排除される。魔法師による背信がほとんど起きないのはそのためで、逃亡者となった私も祖国に反逆しているつもりはなかった。

 「私は敵じゃない。それでいいね」

 「でも疑問は残る。ハイドラ家の魔法師様がどうしてこんな片田舎に?」

 今になってステファンの口調が少し変わる。私がここで働き始めて以来、ステファンはいつも親しみ深く話しかけてくれていた。鬱陶しく思うことがほとんどだったが、そのおかげで人種や思想の違いがあっても一緒に生活することができた。しかし、今のステファンとは距離を感じる。

 「ライネの政変から逃げてきた」

 「前に僕が話した?」

 「そう」

 詳しいことまでは説明しない。田舎の農夫に王宮の政治を理解してもらうためには一週間あっても時間が足りず、また追手の手掛かりになってしまう恐れがある。ただ、ステファンは変なところで勘が鋭かった。

 「追われてるのか」

 「どうしてそう思う?」

 「アタパカは反体制派の活動拠点で、ラッサはその中でも辺境の村。隠れるには都合がいい」

 「もしそうなら私を追い出す?」

 ステファンが直接的に私と敵対する人間でないことは分かった。しかし、ラッサに居られるかどうかはまた別問題である。私が魔法師だと知ってからステファンの態度は変わった。その理由が引っかかる。

 「ヘレンさんの方から出ていくつもりなんじゃないか。仮に僕がこのことを軍に話したら」

 「しない。そうでしょ?」

 私は断言する。仮にステファンにその気があったなら、今頃とっくに突き出されていたことだろう。ただ、それを根拠にして言ったのではない。帝国軍に所属していた過去を持ちながら、ステファンは軍に良い印象を持っていない。その状況が私に利すると考えたのだ。

 「確かに帝国のいざこざに関わりたくなんてない。半年匿っていた事実だって消えはしないから」

 「違う。あなたは帝国を嫌ってる。だから肩を持たない」

 「アタパカの人はみんなそうだ」

 「両親の死が関係してる。違う?」

 この場で相手を気遣うことに意味はない。私がまくしたてるとステファンの目の色が一瞬変わる。ただ、すぐに柔和な表情に戻った。

 「そうだね。両親を奪った帝国は嫌いだ。でもそれと同じくらい魔法や魔法師も好きじゃない。ヘレンさんに肩入れする理由もない」

 ステファンはそう言った上で申し訳なさそうにする。私はそんな顔を見ていられなくなって視線を落とした。ライネでは魔法師は常に尊敬の対象だった。しかし、誰に対しても優しいステファンの評価はまるで違う。両親を殺した誰かを憎んでいるのではない。私を構成する全てを嫌っていた。

 「どうして私を助けたの?」

 「僕の過去にヘレンさんは関係ない。八つ当たりしたってこの世界が少し悪くなるだけ」

 「魔法師と知った以上、一緒に居たくないはず」

 「そんなことない。クバを育てるヘレンさんに僕らとの違いはなかった。収穫までここに居たいなら居てもいい。あれを売らないとヘレンさんに払うお金がない」

 ステファンの判断基準はいつもずれている。常識とは違う自分だけのルールを作って人と接しているようで、私はそれを心の壁だと解釈する。こんな優しい人間にさえ私は距離を置かれてしまう。そうであれば、ステファンの心証を悪くしてしまうような話題が新しく一つや二つ出たところで変わらない。私は気になっていたことを聞いてみることにした。

 「あなた、魔法を使ったことある?」

 「僕が?ないよ。言った通り、魔法を嫌う典型的なアタパカ人だ」

 「私は何度もあなたを魔法で傷つけようとした。でもできなかった。どうして?」

 「さあね。どんな魔法を使ったの?」

 「心臓の血管を破裂させた」

 正直に伝えるとステファンの顔が引きつる。右手で胸をさすって私を怖がった。

 「生きてるってことは失敗したんじゃないか」

 「ありえない。私はハイドラ家の魔法師」

 「だとするとヘレンさんは。いや、何でもない」

 「ええ。これまでに同じ方法で何人も殺してきた」

 ステファンが躊躇った質問に回答する。王家直属魔法師と知られた以上、この事実を隠すことに意味はない。魔法師の世界では自らの能力を証明できなければ出世できない。特に要人の護衛を主任務とする場合、対人戦における圧倒的な力が求められるのだ。殺人経験のない者には務まらない仕事だった。

 「もう一度試したいなんて言わないよな」

 「今あなたを殺しても私のためにならない。ただ、魔法を跳ね除けられた理由が知りたかっただけ」

 「僕には魔法が作用しないのか」

 「ええ」

 ステファンは首をひねる。その目は嘘をついておらず、本当に何も知らないのだと分かった。前例のない出来事なため、魔法師としてできるものなら理由を解明したい。しかし、そのための体力は当然残っていなかった。グスタフの呪いでさえ調べがついていないくらいなのだ。

 「分かった。この話はいい。もう一つ聞きたいことがある」

 「なに?」

 「軍にいた理由。嫌ってるはずなのに矛盾してる」

 「父親が死んだ時、僕はまだ未成年だったからね。仕事としてはうってつけだった」

 「私はニーナとは違う。建前じゃ納得しない」

 しぶとく食らいつくとステファンは苦笑いを浮かべて左腕の傷をさする。全く揺れない瞳には怖い顔の私が映っていた。

 「どんなところか気になったんだ。あいつらは平気で人を傷付けるからさ、どんな人間が集まる場所なのかと思ってね」

 「それで?」

 「意外なことに普通の人ばかりだったよ。入隊する理由も色々だった。家族を食べさせるためだとか、子供を学校に通わせたいからとか。人を傷つけたり支配したいなんて思う奴はいなくて、ありふれた目的で埋め尽くされてた。それを知って居られなくなった。両親を殺した誰かもそんな想いを持っていたなんて考えたくなかったから」

 「監視の仕事は?」

 「出ていくときにお願いされただけ。大した金にはならないけどラッサにいるだけで仕事になるからって」

 ステファンの言う通り、経済的な理由で軍に入る者は多い。それでいて狼藉を働く兵士がいることもまた事実である。人間は支配する側に立つと隠された嗜虐性を露わにすると聞いたことがある。ステファンはそれを嫌ってラッサに戻ってきた。私はどうだっただろうか。簡単な結論ほど受け入れることが難しい。

 「それで、さっきの言葉に変わりはない?」

 「さっきの言葉?」

 「まだ私を収穫まで置いてて良いと思ってる?」

 ステファンを恐怖で言いなりにさせたいとは思わない。弱者に対する魔法の悪用は私の道理から外れる。柔らかい声で問いかけるとステファンは迷いなく頷いた。

 「構わない。半年間のヘレンさんを信用してるから」

 「そう。それならよろしく」

 もう少しここに残ることにしたのは総合的な判断による。ステファンの決断は狂っていると言わざるを得ない。しかし、直接的な障害とならない以上、あと数日ラッサに滞在することが不利益になるとは考えづらかった。冬がすぐそこまで迫っているが、収穫を待って報酬を得た方が後の行動がしやすくなる。それに、自分の手で育てたクバがどんな味なのか興味があった。

 「もう話はない?」

 「ある。でも少し疲れた」

 いつもは私の態度に関係なく雑談を持ち掛けてくるステファンだが、今は一人の時間が欲しいらしい。私も久しぶりの長話で疲れが蓄積している。お互いに心を落ち着かせる時間が必要だった。私は大きく深呼吸をする。そんな時、近くに人の気配を感じた。

 「誰か来た」

 「え?」

 咄嗟にシンタマニを探すが見当たらない。ステファンの反応は鈍かったが、玄関がノックされてお互いに顔を見合わせる。

 「僕が対応する。シンタマニはベッド下の鞄に戻してある」

 私は即座にベッドを覗き込んで鞄を引っ張り出す。ステファンはもう一度私に声を掛けた。

 「大人しくしてて」

 そう言い残すとステファンは部屋を出ていく。その言葉を信じるほかない私は扉に駆け寄って耳をそばだてる。ステファンが玄関を開けると聞き覚えのある声が響いてきた。

 「何かあった?」

 「へニア、どうしたの?」

 抑揚のない声だが、ステファンを心配していることが分かる。四六時中、へニアはステファンへの執着を公然と続けている。先程のごたつきに気付いたのかもしれなかった。

 「部屋が荒れてる。あの女は?」

 「収穫を早めようと準備してたらこんなことに。ヘレンさんならおつかいに出てる」

 「その怪我は?包帯に血が滲んでる。新しいの付け替えようか」

 へニアの声には怒りが乗っている。その矛先は当然ステファンではない何かだ。私はシンタマニをゆっくりと回転させた。

 「置きっぱなしの鋏を引っかけちゃって。かすり傷だから気にしないで。それより何か用でもあった?」

 「胸騒ぎがしたんだ。ステファンはいつも厄介事に巻き込まれるから。軍にいた時だってそうだっただろ」

 「そうだったね。心配してくれてありがとう。でも大丈夫。へニアこそ最近どう?寒くなってきたから体調に気を付けないと駄目だよ。季節の変わり目はいつも風邪を引いてるんだから」

 「うん。大丈夫」

 ステファンが優しい声で応対を続けているとへニアも怒気を収めていく。ニーナと違い、へニアはステファンと二人で話すところを人に見せたがらない。いつもはあんなにもぶっきらぼうな人間だが、結局はニーナと変わらなかった。

 「ごめん、忙しかったよな」

 「別にいいよ」

 「私、ステファンしか頼れる人いないだろ。だから怖くて」

 弱音を漏らしてはいるが、心情を正確に理解するためには声だけでは足りない。それでも私は構えていたシンタマニをゆっくりと下ろした。その後はへニアの甘えた声を扉越しに延々と聞く羽目になった。満足したへニアが去っていくと、張り詰めた空気に吐息を漏らす。これも相手を想う力がなせる技なのか。へニアの嗅覚の鋭さは脅威だった。

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