48. 方針
「一体、僕をどこに連れていくつもりなんだ」
ディエゴの容態は安定し、意識も回復した。それでもまだ一人では何もできない状況で、寄り添うウタラトスに介抱されている。瀕死のディエゴを救ったカタリナは一定の信頼を得たらしい。一方の私は、敵意に似た視線を向けられる。一年前の逃避行がまるでなかったかのような扱いだった。
私は二人の関係性について考えてみる。貴族の子供とその用心棒。それだけを聞けば私とリディアの関係と似ていたが、実際は全く別物と言っていい。ウタラトスはディエゴを家族のように慕っているが、ディエゴは忠実な部下として振舞っている。お互いの出自を考えれば当然だった。
「無視するな」
「あなたには関係ない」
「敬意を払え。ばか者」
上半身を持ち上げたディエゴが血痰を吐く。ウタラトスに寝かされると苦しそうな息遣いが響いた。
「ウタラトス、あなたは見捨てられた」
「それが守るべき者にかける言葉か」
「ウノカイア自身があなたの殺害を認めたそうよ。だから私が受けた命令は効力を失ったも同然」
ウタラトスの目が見開かれる。実の父親に死を願われるなどそうある話ではない。安心させようとディエゴの手が伸びたが、ウタラトスはそれを受け取らなかった。
「お前はどうする。魔法師として価値を失った」
「家族を守る」
「リディアのことか」
「それにステファンのことも。私は家族だと思ってる」
私は試すようにそう言ってからステファンを意識する。こんな言い方をしては番犬の怒りを買うと思ったが、ステファンの顔を見上げるへニアは柔らかい表情を崩さない。この距離感をもどかしく感じるのは、期待と現実の乖離を自覚しているからだ。足りない分はリディアから補った。
「捨てられた者同士、これからは自分で生き方を決められる。迷うようなら誰かのために生きるというのも悪くない」
「僕は忌み子だ。できることなんて」
「これからアタパカで起こる戦争を止める。あなたにはそれができる」
「いかれた女め。駄目です、ウタラトス様。利用されるだけです」
「だったら教えろ。どうしてステファンやリディアと一緒にいた。私を誘い出して何をさせる気だった」
二人が攫われた理由は言うまでもない。私にどんな汚い仕事をさせるつもりだったのかは知らないが、こうして再会できた以上、罰を与えようとは思わない。ただ、ウタラトスが一緒にいた事実は無視できなかった。ラテノンの指導部は何らかの形でウタラトスの利用を画策していた。私たちはそれに巻き込まれそうになったのだ。ディエゴがウタラトスに発言を控えさせる。私はそんな二人を挑発した。
「ディエゴも所詮はラテノンの魔法師。指導部同様、あなたを都合の良い駒としか見てないかも」
「無礼な」
「それでも構わない。命を懸けた忠誠に敬意を示すは当然のこと。母の血が望むのなら、どんなことなんだってやってみせる」
「だそうよ、ディエゴ。あなたがウタラトスに付き添っていたのはハイドラ家のため?それとも、指導部のため?」
私の問いかけにディエゴが唸る。もともと後ろめたさがあったのだろう。場はウタラトスが引き継いだ。
「エレナ、お前は何を望む」
「ヤン・ラトケがあなたを探してた。戦争を止めるには指導部を挿げ替えるしかない。クーデターを起こして、ヴィーラントの後釜にあなたを置くつもりなのだそうよ」
「そんな、まさか」
「なぜ手を貸す。縁もゆかりもない遠方の地の話だろう」
「そんなことない。家族が安全に暮らせるのだから。ハイドラ家の血を引くウタラトスが新しい指導者になれば、皇帝は矛を収めると考えてる。そうなればハーキュリー家も手を貸すらしい」
「馬鹿げてる。ウタラトス様、やはり罠です」
ディエゴが掠れた声で進言するが、ウタラトスは黙って考え込む。続いてカタリナが口を開いた。
「エレナさんがヤンの言葉を信じる理由は何ですか?」
カタリナの疑問は正しい。その目は明確な根拠を求めていた。魔法師は常に合理的でなければならないが、私は肝となる部分を説明できていない。この決断は地域全体に大きな変化をもたらす。失敗すれば取り返しのつかないことになるのだ。私ははっきりと告げた。
「ヤンは私たちの前でアントンの意思を継承すると約束した。それを信じることにしたから」
「それだけですか?」
「ええ。アントンが願った未来を私も見てみたい」
「ですが」
カタリナは喉から出かかった言葉を飲み込み、私の瞳に探りを入れる。言いたいことは分かる。しかし、これこそがまさに私が手に入れた大切な考え方だった。カタリナは続いてステファンの方を向く。
「ステファンはどうする?」
「僕とヘニアはエレナについてくよ。このままだと故郷で戦争が起きる。止める手立てがそれしかないのなら、どんな結末になるとしてもやってみるだけだ」
ヘニアの腕がステファンに絡まる。文句を言うことも自分勝手する様子もない。これはへニアが望んだ生き方ということになるのだろうか。
「分かりました。是非、私もお供させてください。この地にとって何が正しいことなのか、それはまだ分かりません。けれど、これ以上間違いを犯す魔法師を増やさないためにも、戦争は阻止しないといけない」
「さあ、あとはあなただけよ」
ウタラトスは私たち一人ずつと目を合わせて歯ぎしりする。血筋だけが一流で本人はまだまだ幼い。ヤンの作戦が上手くいく保証もなく、そうなればウタラトスにも未来はない。それでいて大勢の人の命運を握らされている。
「ヴィーラントは俺をライネに送り戻すと言ってた」
「なぜ?ラテノンとウルサ家は協力していたんでしょう」
「皇帝の逆鱗に触れて大量の軍を送り込まれてはアタパカは完全に荒廃する。ウルサ家がアタパカに心を寄せるのなら理解してほしいと言われた」
ウタラトスが絞り出した言葉にディエゴは悔しそうに唇を噛む。恐らく、その言葉を隣で聞いていたのだろう。ラテノンの指導者として一見、理にかなった決断のように聞こえる。しかし、私は違和感を覚えた。その正体に気付く前にウタラトスは腹を括る。
「ヤン・ラトケのところに連れていけ。血で血を洗う争いに終止符を打ってやる」
「ウタラトス様、いいのですか」
「どうせ首を吊る運命だった。自分で未来を切り開けるのならその方がいい」
さすがプライドだけは一人前である。過去、帝国の歴史が大きく転換した時、大抵はコーム体制に虐げられた者が立ち上がることで始まった。古い書物の中だけで繰り広げられていた物語が目の前で紡がれようとしている。
「ヤンはどこにいる」
「さあね、彼らも追われる身」
「探す暇なんてあるのか。走り出した帝国は止められない」
「だったら、ウタラトスを囮にすればいいんじゃないか」
割り込んで提案したのはステファンだった。真っ先に不快感を示したのはウタラトスだ。私は考えもなしに口走ったわけではないはずだと説明を求めた。
「ヤンもウタラトスを探してた。居場所に関する情報を流せば食いつくかもしれない。別に本当の情報じゃなくてもいい。ラテノンや帝国が引っかかる可能性だってあるから」
「しかし、指導部が黙っていないでしょう」
「では、治安部の情報網を使うのはどうでしょうか。我々なら非常に限られた連絡網で情報伝達できます。恐らく、ヤン様もそれを利用するかと」
負傷者の治療をカタリナから引き継いでいたコリンが提案する。両手の血のりを気にする様子なく、その目はアタパカのために輝いている。
「指導部に漏れる可能性は」
「ないとは言い切れません。ですが、治安部の多くは最近の指導部の方針に疑問を持っていました。協力してくれると信じています」
「そう。ありがとう」
私はこれまでの話を整理して、この無謀な取り組みの成功率を考える。集団の中心に立ったのはこれが初めてかもしれない。魔法で押し通せばいいという話ではなく、大きな責任が肩にのしかかる。リディアの手を握る力が無意識に強くなり、そして震える。体の底から湧き上がる本物の恐怖を感じたのは久しぶりだった。




