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46. へニアの過去

 西方の街、グルズへ向かう。ルルに同伴することになった魔法師の一人が友人にそう漏らしていた。その情報ひとつで、私たちは希望を持って旅を再開できる。捕縛した魔法師は武装解除の上で解放し、私たちは一路グルズへ急いだ。

 旅では新しい問題が顕在化した。仲間に加わったへニアは団体行動に不向きで、食事や休息のタイミングを巡って毎回言い争いをしなければならなかった。カタリナでさえへニアには強く物を言えないため、私にかかる負担は大きい。それでも辛抱強くやり取りを交わすのは、へニアの知識が追跡の頼りだからである。

 グルズはシエナ山脈の南側に位置する麓町。その地はもはやコリンやシーラの行動範囲外で、道を知っているのはヘニアだけだった。ただ、このあたりをタラスと歩いたのは幼い頃だといい、欠落した記憶のために道を間違えることもしばしばあった。

 この辺りの雰囲気はラッサと似ている。大きな街から離れているため帝国軍の活動はほとんど見られず、せいぜい五芒星の旗が掲げられている程度である。その下では背を伸ばしたクバが山脈を下ってきた風になびいていた。

 帝国軍との接触はないものの、この人数で宿に入ると目立ってしまう。そのため、私たちは毎晩野営をしなければならなかった。いつもステファンに任せていた火起こしはカタリナの魔法で簡単に終わってしまい、料理係にはシーラが手を上げてコリンがそれを手伝っている。役割のない私とヘニアは、見張りと言い張って暇な時間を潰す。

 食事を終えると、就寝までの短い間、それぞれ思い思いの時間を過ごす。私が久しぶりにシリヴァスタ作りをしていたところ、シーラが隣にやってきて助言をくれる。リディアの手首の太さはまだちゃんと覚えている。しかし、あの時より成長しているかもしれないと思うと何が正解か分からない。少し大きく作った方が長く身に着けてくれるかもしれないと思って、途中まで編んでいたものを解体していく。

 「気に入りませんでしたか?」

 「もう少し大きくしたい」

 「もうすぐで一ヶ月ですからね。子供の成長は早い」

 シーラは意図を理解して納得する。具体的な数字を聞かされた私はもうそんな時間が経ったのかと空を見上げた。確かに、最後に三人で星座を探した時から夜空の模様は大きく変わっている。私はもう一度手元に視線を戻して編み込みを続けた。

 「この硬い部分は水につけてみてください。柔らかくなると思います」

 「ありがとう」

 手を動かしていると嫌なことを忘れられる。ステファンとリディアは今頃何をしているだろうか。希望を捨ててはいないだろうか。旅の途中はいつもそんな不安に襲われるが、シリヴァスタを作っていると繋がりが完全に途切れていないと思えて心が穏やかになる。

 そんなことをしていると、今日は珍しくヘニアが焚火に近寄ってきた。いつもは一人離れた場所で、見張りの番もせずにすぐに寝てしまうが、なぜか私とシーラを見下ろして黙っている。こんな視線も懐かしい。ラッサでの日々を思い出した私はさらに気分が落ち着いていく。ただ、シーラが怖がっていたためやめさせることにした。

 「座れば」

 「誰に作ってる」

 「リディアよ。これ、貰ったからそのお返し」

 「ふん、くだらない」

 私が宝物を見せつけると、ヘニアは鼻で笑ってその場に腰を下ろす。私とヘニアが近づけば喧嘩が起こると思われているのか、カタリナとコリンもよそよそしく焚火に集まってくる。私は作業を続けながら問いかけた。

 「でもこれ、アタパカの風習なんでしょ?」

 「そうだ。お前たちに踏み荒らされて消えかけているけどな」

 ヘニアはそう言って、私のクバの皮を一本奪う。返せと手を出しても無視される。へニアはクバの皮を両手で握ると力をかけて大きく湾曲させ始めた。

 「折らないで」

 「下手くそは黙っとけ」

 ある程度クバの皮をしならせた後、へニアは編み込みを始める。驚いたことに、その手付きは明らかに慣れている。怖がっていたはずのシーラも目を奪われていた。

 「上手です!よく作っていたんですか?」

 「毎日作っては壊してた」

 「どうして?」

 「何個作っても渡すのは一つだけだろ」

 シーラは謎かけでも聞かされたように首を傾げる。カタリナは何かを思い出したかのように相槌を打った。

 「そういえば、ラッサであなたの家に踏み込んだ時、そのブレスレットがいくつか残されていました」

 「どこにやった」

 「家ごと全て燃やしました」

 「だろうな。そうやってお前たちは私から大切な物を奪っていくんだ」

 へニアは手元に集中して誰とも目を合わせようとしない。カタリナの悲しそうな顔が炎で照らされ、哀愁を漂わせる。後悔しているのだろう。コリンからシリヴァスタが持つ意味を教えてもらっていた。

 「ステファンのために作ってた?」

 「他に誰が」

 「どうして渡さなかったの?」

 私は手を止めて質問する。へニアの重たい愛情を考えれば、ステファンのためにシリヴァスタを何個も作っていたとしても不思議ではない。それに、へニアがシリヴァスタを渡すことを恐れるとは思えなかった。家族という枠組みはへニアを躊躇わせるほど大きなものなのか。私がラッサに居着いてから、関係に楔を入れられないよう渡すこともできたはずなのだ。

 「関係ない」

 「家族に渡すものだから?」

 「いいえ、本来シリヴァスタは永遠性を意味します。なので、家族だけでなく関係をずっと保っていたい友人に渡すこともあります。ですが、現代ではもっぱら家族の関係を意味するようになり、気軽に渡しにくくなっているという側面が確かにあります」

 シーラはそう説明して、へニアが臆病だったわけではないと肩を持つ。ただ次の瞬間、へニアは途中まで編んでいたものを炎の中に投げ込もうとした。私はとっさに手を出してそれを回収する。シーラはごめんなさいと謝っていた。

 「どちらにしてもステファンなら拒絶しなかったと思うけど」

 私は作りかけのシリヴァスタを観察する。私の物と比べてクバの皮がまっすぐ整っていて、強引に摩擦させたときのささくれも見当たらない。あんなにもガサツな人間に似合わない特技といって良さそうだった。

 へニアは舌打ちをして一人の場所に戻ろうとする。以前からステファンとの関係に他人が関わることを極端に嫌っていた。私はそれを分かった上で呼び止める。

 「そろそろ話してくれてもいいんじゃない。ステファンに執着する理由とあなたの父親には何か関係がある。そうでしょう」

 へニアが立ち止まる。私はその背中に視線を送って反応を待つ。沈黙の後、口を開いたのはコリンだった。

 「ステファンにもラテノンとの繋がりが?」

 「ステファンの父親は反体制派の活動中に亡くなった」

 「だとしても、一介の反体制派の人間がタラス様と関係があったなんてこと」

 「ラテノンと距離を置いたへニアが、直後、帝国軍に入隊したステファンを追って執着し始めた。関係ないとは思えない」

 私は二人の関係をずっと不思議に思っていた。へニアの性格は異常だが、その行動には一貫性がある。そのため、ステファンも知らない繋がりが隠されているのではないかと考えたのだ。へニアは拳を作って振り返る。その目はいつもと変りなかったが、ふと泣いているように見えた。

 「あったとして話すと思うか?」

 「ラテノンの魔法師は、私だけでなくあなたを言いなりにさせるためにもステファンを利用するかもしれない。ラテノンがその関係を知れば、より手荒な方法でステファンを痛めつけて、私たちを支配しようとするかも。事情を知らなければどうすることもできない」

 私はステファンを吊り下げて交渉する。ただ、知りたい理由の半分は単なる好奇心だった。私自身を取り巻く人間関係に頓着することはまだ難しいが、ステファンに関しては興味が湧く。それがへニアのような強情な人間ならばなおさらだった。

 へニアはその場の全員の視線に晒されて立ち尽くす。ステファンにも影響が及ぶという脅しが効果を発揮したのかもしれない。しばらくしてどさっと腰を下ろした。

 「父のこと、誰から聞いた」

 「エムデンのフリッツから」

 「あの口軽ババアめ」

 あぐらをかいたへニアは悪態をついて額を搔く。そして、手持ち無沙汰だったのかシンタマニを腰から外してくるくると回し始めた。カタリナとコリンはそれに反応したが、私はのんびりと眺める。

 「両親はステファンの父親のマルクスと一緒に出ていって、一緒に死んだ。もともと三人は知り合いだったから、私も何度かマルクスと会ったことがある。最後の一年は、ステファンより私の方が一緒に食事を取ることが多かったかもしれない。ステファンに輪をかけて良い人だった」

 「どうして親同士で知り合いに?」

 「さあ。知らない」

 「あなたがラテノンを見限った後、どうしてステファンのもとに?」

 「それが約束だった」

 へニアの声音が優しくなっていく。この声を聞いたのはへニアとステファンの会話を扉越しに盗み聞きした時以来である。あの時はステファンの前だから猫なで声を出しているのだと思っていたが、実際はステファンのことを想うと自然とこの声になるようだった。

 「彼らは戦闘の末に生き残れると思ってなくて、だからもしも時はお互いの子供の面倒を見ようと話していた。私も、万が一が起きた時はマルクスを頼るようによく父から言われていた」

 「でも同時に死んでしまった」

 「その上、ラテノンのあの馬鹿げた態度だ。マルクスから聞いていたステファンという人間は、どうもこの世を一人で生きていけそうにないくらいのお人好しで、母親のことがあって争いごとも嫌っていた。ラテノンは助けないだろうから放っておいたら死んでしまう。だから、私が約束を果たすべきだと思ったんだ」

 へニアが顔を上げる。目が合った私は深く息を吸って吐く。まさに想像していた通りの過去だ。しかし、両親を失ったにしては穏やかな決断だと感じる。

 「復讐は考えなかった?」

 「もちろん考えた。だけど、父が敵わなかった相手に私が勝てるはずない。そもそも父に駄目だと言われてた。だからマルクスを頼れと」

 「賢明な人だ」

 コリンは話を聞いて賛同する。アタパカで起こる戦いのほとんどは、復讐を根底にはらんでいる。その結果、数多くの命が犠牲になってきたことをコリンは知っている。

 「誰が仇なのかくらい知ってるの?王家魔法師の誰か?」

 「当たり前だ。今頃は王宮で死にかけジジイの世話でもしてんだろ」

 「エリッヒ・シュトライト。でもそんなこと」

 カタリナが呟く。帝国一の魔法師が相手ならば復讐を諦めたとしても無理はない。ただ、カタリナはそんな戦闘がアタパカで起きていたことに疑問を持っているようだった。しかし、私はエリッヒが一度だけアタパカに出向いた過去を知っている。

 「帝国軍がヴィーラント暗殺を計画した時、エリッヒが魔法師を統制する目的でアタパカに出向いたことがある。上手くはいかなかったけど」

 「今となってはどうでもいい話。魔法師の世界は勝つか負けるか。そうやって父も戦ってきたんだ。私はそんな世界から離れるつもりでいた」

 「どうして?」

 「ステファンが魔法師じゃないからだ。だから私は魔法師という身分を捨ててラッサに向かった。そうしたら軍に入隊したなんて聞かされて、急いで私も入隊した。それでやっとステファンと出会えた」

 一呼吸置いたへニアが私に反応を求める。建前はへニアの過去がステファンの危険に繋がるか判断することだった。しかし、そんなことよりも興味が勝る。

 「それでステファンを好きになった」

 「何が聞きたい」

 「そうなの?」

 「そうだ。出会った頃は弱くて優柔不断で、それでいて馬鹿げた理想を持つ阿呆だと思った。だけど、あのおかしな優しさが何度も私を孤独から救ってくれた。お前もそれに惹かれたんだろ?今ではもう、ステファンがいないと私は生きていけない」

 「じゃあなぜ正体を伝えなかったの?その方が理解してもらえたはずなのに」

 「それは!ラテノンの馬鹿野郎が、マルクスの敵が魔法師だなんて伝えたからだ。そのせいでステファンは魔法師を酷く嫌ってた。ステファンに嫌われたら私は終わり。言えるはずがない」

 「シリヴァスタを渡さなかった理由は?」

 私はここで最初の質問に戻る。へニアはしつこい奴だとため息をつく。

 「両親との最後の休暇で、私は偶然にもシリヴァスタを渡してた。魔法師家系だったからまじない事は誰も信じてなかったけど、二人とも喜んでつけてくれたよ」

 「家族の形が欲しかった?」

 「おかしいか?私には似合わないと言いたげだな」

 「いえ」

 「でも意味なかった。本当はステファンとも形が欲しかった。でも、それがまた別れに繋がるかもしれない。そう思うと怖かった」

 「そっか」

 「もういいだろ」

 へニアは立ち上がる。その声が震えていたことに全員気付いたはずだ。へニアも不幸な世界に自ら飛び込んだわけではない。両親とマルクスの約束に縋り、ステファンに生きる希望を見出しただけだった。フリッツやブレアがへニアの味方でいようとした理由も今なら理解できる。

 「へニア」

 「なんだ」

 いつものぶっきらぼうな顔に戻ったへニアに、作りかけのシリヴァスタを投げる。へニアはそれを受け取って私を睨んだ。

 「あげる。渡した方がいい」

 「関係ないだろ」

 「ある。ラッサで静かに暮らしてた二人を巻き込んだのは私だから。ごめんなさい」

 私が頭を下げるとへニアはクバの皮を力強く握る。ただ、今度は投げ捨てるようなことはしなかった。

 「エレナさん」

 「ん?」

 へニアがいなくなると、カタリナが私の手元にあるクバの皮を興味深そうに見つめる。

 「もし良かったら少し分けてくれませんか?作ってみたくなりました」

 「家族に?」

 「はい。それを持っていれば希望を捨てなくてもいい。そんな気がしましたから」

 カタリナは手首を触って私のシリヴァスタに優しい目を向ける。断る理由がなかった私は何本か分けてやる。そして、シーラと一緒に編み方を教えてやった。

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