45. ルルの行方
私たちはニールとヨアヒムを別室に呼び出す。部下の前では話せることも話せないだろうと考えたからで、カタリナが他の魔法師を見張っている。この場を制圧したとはいえ、いつラテノンの応援が来てもおかしくない。悠長にしている暇はなかった。
ただし、会話はヨアヒムとしかできない。ニールは最低限の応急処置を受けたものの、話そうとすると口内が血で溢れてしまう。それでも一緒に呼んだのはヨアヒムを安心させるためだった。
「どうして二人を攫った?」
「お前を捕らえるためだ。ラテノンに盾突くエレナ・ヘイカーとヤンの排除が指導部の命令だった」
「私が出頭すれば二人を解放してくれるわけ?」
「知ったことか」
ヨアヒムはなおも敵対的な態度を貫く。へニアが拳を握ると、指の骨がバキバキと鳴る。私は勝手をさせないように目で牽制して話を続けた。
「二人は今どこ?」
「さあな」
「おい、約束が違うだろ?」
私が手で制してもへニアはそれを押しのけ、握り拳のままヨアヒムに近づく。最初は睨み合っていたヨアヒムも、へニアが眼前に迫ったところで弁明を始めた。
「別の奴らがここから移動させた。行き先は知らない」
「ルル?」
「そうだ」
「なぜ別行動を?」
「エレナ・ヘイカーは必ず追ってくる。だからここで食い止めろと」
この期に及んで嘘は言っていない。つまり、ここにいる魔法師は全てが捨て石だった。へニアやカタリナまで相手取ることになるとは想像しなかっただろうが、現にルルは切り札を握り続けている。時間稼ぎにも成功していた。
「心当たりもない?」
「ない」
「ルルがここを出たのはいつだ」
私の質問は生ぬるいと言わんばかりにへニアが強い口調で問いかける。へニアが有する知識も今となっては重要だ。かすかな痕跡だけで人喰いの森からこの場所を探り当てたように、へニアならば再びステファンの足跡を見つけられるかもしれないと期待する。
「一昨日の夜に出ていった」
「方角は?」
「知らない。見送りも不要と言われた」
「他に誰がついてる?」
「エリオ・ヴァローニとディエゴ・ウルサだ」
「ディエゴ?」
矢継ぎ早に質問していたへニアが一つの名前を聞いて口を閉じる。一人で考え込み始めたため、私は視線を送って情報の共有を求める。それでも無視された。
「私にも知る権利はある。ディエゴって誰」
「ラテノンの魔法師」
「ちゃんと説明して。ステファンの命を握っているんでしょ」
私はへニアのぶっきらぼうな言い草を非難する。返された目は反抗的だったが、私が引き下がらずにいるとへニアは舌打ちして答えた。
「ウルサと言っていただろ。ウルサ家出身の魔法師だ。だけど、勘当されたから今は名前が残っているだけ」
「どうして勘当された?」
「ラテノンに協力したから当然。ウルサ家とラテノンの関係は公然の秘密。だけど、五大家である以上、直接的な結びつきは許されない」
「それで?」
へニアが驚いた理由はそんなことではない。私にもそれくらいは分かる。
「ウタラトスの護衛を引き継ぐならディエゴだ」
「強いから?」
「違う。ウルサ家の人間だからだ。勘当されたとはいえ、ラテノンにとってウルサ家との重要なパイプ役。前線に送るようなことはこれまでしてこなかった」
「指導部は事前に策定した戦争計画に則って作戦を進める。魔法師が前線で活動して何が不思議だ」
へニアがなおも思案顔でいるとヨアヒムが淡々と理由を述べる。その時に違和感を覚えたのはへニアだけではない。私はヨアヒムの目をじっと観察してへニアに合図を送った。
「ヨアヒム、ウタラトスの居場所を知ってるか」
「その質問に答える義務はない。約束では攫った二人に関する情報だけを」
「だったらニールに聞こうか」
ヨアヒムの反論も終わらぬうちにへニアがニールの髪を掴む。話が始まって最初のうちは血を吐き捨てていたが、今では口元から血をだらだらと流して動かなくなっている。意識がはっきりとしないのか目は虚ろで、へニアの動きにも鈍感だった。へニアはそんなニールの顔を覗き込む。
「ニール、どうしてディエゴとルルが一緒なんだ?」
「やめろ!」
「お前が協力しないなら私も約束を守らない」
「へニア」
私はため息をついてへニアを諌める。ニールの状態は思ったよりも悪い。これ以上座らせておくわけにはいかず、部屋の外で待機していたコリンを呼ぶ。ニールが連れていかれ、一人になったヨアヒムは不安を隠さなくなる。
「ルルたちはステファンとリディアを指導部に連れて行こうとしてるんじゃない?」
「知らない」
「指導部はウタラトスのことも匿ってるらしいけど、何か関係ある?」
「分からない」
震えた声を出すヨアヒムに私とへニアが詰め寄る。目が泳ぎ、顔が青ざめていく。一人が心細いのか、あるいは私たちを怖がっているのか。ただ、最後の踏ん張りを見せて口を固く閉ざし続ける。こんな問答は何の意味もない。そう判断した私はシンタマニを腰に戻して踵を返した。
「へニア、もう止めないから後は勝手にして。こいつは隠し事をしてる。私も約束を守る気がなくなった」
「いいのか。黙っててくれるんだろうな」
「ええ、約束する」
「待て!」
私がヨアヒムから離れると、へニアは不敵な笑みを浮かべてシンタマニをぐるぐると回す。私が部屋を出ようとしたところでヨアヒムは叫んだ。
「本当に何も知らない!確かにディエゴ様はウタラトス様の護衛だった。でも指導部の意向であの二人を引き取りに来たと言ってた!」
「奥歯と前歯、どっちにしようか」
「計画ではウタラトス様を移動させ続けて帝国軍から守ることになってる。そこにルルもいるんじゃないか?」
「でまかせだけはべらべらと出てくるみたいだな」
「聞け!戦争が始まれば指導部はタラパカを見捨てる気だ!だからアタパカ側の可能性が高い」
ヨアヒムが言葉を並べる一方で、へニアは淡々とルサルカを集める。拷問を前に正気を保っていられる人間はそういない。ヨアヒムの悲痛に満ちた声音を聞いて、私は二人の間に割って入る。ここらが限界だった。
「本当に知らないみたい」
「何も伝えなかったルルを恨むんだな」
「よせ!」
本当に拷問を許したわけではない。鎌をかけて時間を節約する目的だったが、へニアはなかなか集めたルサルカを手放そうとしない。どうやら興が乗ってしまったらしい。
「少なくともステファンは無事みたい。早く後を追うべき」
「もう一つだけ質問させろ」
「質問だけ?」
「黙って聞いとけ」
私を押しのけたへニアがヨアヒムと向かい合ってシンタマニで威嚇する。万が一へニアが暴走した場合に備えて私も身構えた。
「お前は拷問が怖いみたいだが、お前たちこそステファンに拷問なんてしてないよな」
へニアは頬を吊り上げているが、その目は全く笑っていない。答えを間違えれば死が待っているヨアヒムは口を閉ざしたままだ。へニアは続けた。
「まさか子供からいたぶったのか?でも、そうなる前にステファンが身代わりを買って出るだろ。そういう男なんだ。だけど、ステファンに魔法は効かない。そうだったろ?」
「何もしてない」
「見たか。目が泳いだ」
その瞬間、私のヨアヒムに対する見方も変わる。ヨアヒムはステファンが魔法を受け付けない体だと知っていた。その事実はステファンに魔法を放った者しか知ることができない。
「お前たちだってエレナがどこに向かうつもりだったのか知りたかったはずだ。でも、ステファンは簡単に口を割る奴じゃない。な?」
「本当にしたの」
「お前たちに俺が責められるのか。ニールに同じことをしたばかりだろ。お互い様だ!」
「お前がやったのか」
ステファンを拷問にかけたことは本当らしい。そうなると話は変わってくる。私もシンタマニを手に取って勢いよく回す。よほど命を奪い合ったクラウスやカタリナの方が行儀が良かった。拷問を受けてすぐに口を割ってくれればいいが、ステファンの性格を考えればそれは望めない。
まだリディアの方が話してくれるかもしれない。もし私がヨアヒムの立場なら、そんなリディアに罪悪感を植え付けるためにステファンをひたすらいたぶり続けるだろう。そんなことがあったかもしれないと思うと怒りが湧いた。
私がどの魔法にしようかと頭の中で選んでいたところ、カタリナが部屋に入ってくる。私のすぐ後ろまで近づいてくると耳元で囁いた。
「向こうの一人がルルの行き先を知っていました。話を聞いてみてください」
「少し待って」
「エレナさん、どうかお願いします」
振り返るとカタリナと目が合う。その目は洞窟で話をした時と同じだった。ステファンは復讐を望まない。そう語りかけてきているようで、私は自分を恥じる。
「分かった」
「お前はいいのか」
へニアがドスの効いた声で問いかけてくる。私はそれに頷いて、へニアにヨアヒムを連れてくるように指示した。
「こいつが何をしたのかは知らない。だけど同じ目に遭わせる。当たり前だろ」
「こんな奴のために嫌われるなんて私はごめんよ」
「気が済まない。許せるはずがない」
「八つ当たりしたって何にもならない。この世が少し悪くなるだけよ」
これはそういう意味だったのか。言葉の意味を嚙みしめるように小さく呟くと、へニアもはっとした顔をして動きを止める。
「黙れ。それはステファンの言葉だ」
へニアも同じ言葉を掛けられたことがあるらしい。怒気がすっと消えたかと思うと、最後は寂しそうな表情が残った。平和だった毎日を思い出したのかもしれない。その後すぐ、へニアは地団駄を踏んで大声を上げた。
「ああ!ステファン!会いたいよ!ステファン!ステファン!」
シンタマニを何度も石壁に打ち付けて、悲痛に満ちた声を出す。私は後ろ手に縛られたヨアヒムの腕を引っ張り、立ち上がらせた。
「あれ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ」
カタリナは荒れ狂うへニアに衝撃を受けている。ただ、心の中でステファンの存在を反復できたのであればもう心配ない。
「カタリナ、ありがとう」
「いえ」
私も昔の自分に戻りかけていた。シリヴァスタに触れて二人と過ごした時間を思い出す。早く会いたい。しかし、ここで道を踏み外しては意味がない。再会したときにリディアを強く抱きしめるためには必要なことだった。
落ち着きを取り戻したへニアは遅れてついてきた。その息は荒いままで、しばらくは放心状態のまま部屋の隅に座る。私がルルの行き先について質問を始めても、興味を示すことはなかった。




