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44. 突入

 どんなに思考回路が狂っていたとしても、ステファンを第一に考えるへニアが優先順位を間違ったりはしない。血の混じる痰を吐き捨てたへニアは、遺跡に鋭い視線を向けた。

 「私が前、お前たちは援護。いいな?」

 「ええ」

 「もう一度言う。ステファンは私が」

 「分かってる」

 「そこの女、お前もだ」

 「カタリナです。分かってます。手は出しません」

 「ついてこい」

 切り替えの早さはいかにも魔法師らしい。へニアは身をかがめて動き始め、私たちはそのすぐ後をついていく。先ほどの格闘のせいで足が痛みを訴え始めた。私も短期決戦を望んで集中する。

 「敵は何人?」

 「分からない。お前たちが来なければもう少し調べられた」

 へニアを先頭に遺跡に接近する。崩れかかった入り口を通り抜けると、私でも頭を打ってしまいそうな低い天井の先に暗闇が広がっていた。へニアがシンタマニを回して明かりを灯す。カタリナが話していた通り、地下に続く階段が奥に見えた。

 「この先に何があるのかは知らない?ラテノンに詳しいって聞いたけど」

 「知らない。ここが整備されたのは私が抜けた後だ」

 「あの階段は待ち伏せにうってつけのように見えます」

 私たちはそれぞれの背中に密着して暗闇を進む。すぐに最後尾のカタリナがこれ以上の接近は危険だと伝えてきたが、へニアはそれを無視した。

 「私なら勝てる。全員殺してやる」

 「ちょっと待って」

 やはりへニアは正常な判断ができていない。私が腰のベルトを引くと、反転したへニアのシンタマニが眼前に迫る。それを手で払った私はその場で腹ばいになった。

 「何してる」

 「静かに」

 右耳を濡れた岩に押し当てる。シンタマニの柄で二度地面を叩くと、反響音に耳を澄ませた。

 「真下にも空間がある。厚さは人の背丈くらい」

 手についた砂を払ってカタリナに目配せをする。カタリナはそれだけで意図を理解してくれた。

 「簡単です。でも、この下にお二人がいないという保証は?」

 「穴はできるだけ小さく。破片を落とさなければ大丈夫」

 「注文が多いです。でも出来ます」

 カタリナは自信を持って頷く。階段を警戒するへニアは苛立ちを声に乗せた。

 「何話してる」

 「そのまま階段を見てて。敵が出てきたら任せる」

 「お前たちは」

 「私たちはここから降りる。挟み撃ちにするのよ」

 私はそう言ってへニアを壁際まで下がらせる。こうした閉鎖空間での戦い方は、帝国の魔法師ならば軍で必ず学ぶ。これほどの魔法師戦力が整っていれば失敗する方が難しい。しかし、今の問題は私たちに制約が課されていることだった。

 「誰が出てきたとしても殺さないで」

 「お前から二人を奪った魔法師だとしてもか」

 「そうよ。後でステファンに人殺しと軽蔑されたい?苦しいよ」

 私は助言をしてからカタリナの肩に触れる。それを合図に大量のルサルカが集められ、魔法が行使された。爆音とともに大量の粉塵が舞い上がる。私は躊躇うことなく穴の中に飛び込んだ。

 「ニール!何が起きた!」

 「上だ!」

 冷たい地面に着地すると、真っ暗闇で敵の気配を感じる。ステファンとリディアのシルエットは脳裏に焼き付いている。発光魔法で周囲を照らすと同時に、知らない人影に向けて片っ端からルサルカを撃ち込んでいった。カタリナもすぐに下りてきて戦闘に加わる。最初の戦闘はものの一分ほどで終了した。

 「奥にも通路がある。何人かそっちに逃げた」

 「分かりました」

 「へニア、下りてこい」

 私が名前を呼ぶとへニアが恐る恐る階段から下りてくる。階段はまだ下に続いている。

 「手分けして探す。カタリナは通路の奥。私とへニアで下の階」

 「はい」

 さすが王家直属魔法師に成り上がっただけあって、カタリナは恐怖を顔に出すことなく通路を突き進んでいく。私はへニアを後ろに従えて階段に向かった。

 「いくよ」

 階段はらせんの形をしていて、死角の敵に注意しながら胸の前でシンタマニを握る。最後の一段を下りた瞬間、複数のルサルカが飛来する。その全てを無効化した後、へニアに合図した。

 「魔法師は私が。二人を探して」

 「指図するな」

 へニアはそう言いながらも壁沿いに部屋を回り込んでいく。それを見送った私は闇に隠れる敵に意識を集中した。撃ち込まれた魔法の幾つかは人喰いの森で見たものと型が同じだった。シンタマニを握る手に力が入り、あの時の屈辱を思い出す。それでも一線を越えるような真似はしない。後ろに守るべき人がいなければ戦闘は簡単だった。

 今度も短時間で敵の気配がなくなり、私は部屋全体を明るく照らす。ここは物資の貯蔵場のようで、木箱が背丈以上の高さに積み上げられていた。その一つずつを丁寧に見て回って、敵が残っていないか調べていく。気絶させた魔法師は10人に上る。しかし、その他には誰もいなかった。

 階段まで戻ると、へニアが壁際で誰かを尋問している最中だった。その顔には見覚えがある。階段を下りてきたカタリナもその光景に釘付けになる。

 「どうだった?」

 「魔法師は全て排除しました。ですが、お二人はいませんでした。これは?」

 「本当に面倒なじゃじゃ馬よ」

 へニアは左腕でニールの喉仏を押し込み、鼻先にシンタマニを突き付けている。その力があまりにも強く、ニールの両足は宙に浮いていた。

 「いい加減話した方が身のためだ」

 「この、裏切り者が」

 「黙れ。お前たちみたいな屑ども、見限って正解だった」

 へニアの力がさらに強まる。ニールが何度も蹴りを入れているが、へニアは微動だにしない。このままでは意識が飛ぶのも時間の問題だ。

 「へニア、やめて」

 「こいつがステファンを連れ去った。お前の大切なあの子供も。居場所を吐かせる」

 「へニア」

 私は再度へニアをたしなめる。ただ、そんな私も手首のシリヴァスタに触れて、過去の自分とは違うと言い聞かせる。ここに二人はいなかった。焦燥感に駆られるが、だからといって何をしてもいいわけではない。

 「こいつらがステファンを連れ去ったんだ!殺したなんて言ってくれるな。私が癇癪持ちなことはよく知ってるだろ」

 「やめないならステファンに言いつけるよ。嫌われたって私は気にしないけど」

 私はステファンの名を借りて説得する。すると、言った直後は反応がなかったものの、しばらくしてへニアはニールを投げ捨てた。その隙に地面を這って逃げようとするニールだったが、それは私が許さない。逃げる体を魔法で手繰り寄せ、その場に伏せさせた。

 「話し合いはもっと穏やかであるべき」

 「放せ!」

 奥ではカタリナが捕縛した魔法師を一か所に集めている。その中にも見たことのある顔があった。

 「あなたもピアで会った。あの後こそこそと私を追いかけていたの?」

 問いかけても返事がない。何も話すなと指示されているのだろう。再びへニアが爆発した。

 「ヨアヒム、お前のことだ!この顔ぶれを見ればお前とニールで指揮を取ってたことくらい分かる。どっちでもいい。さっさと話せ」

 「ルルという魔法師がいないみたい。彼はどこ?」

 へニアの怒声とは対照的に、私は落ち着いた口調を意識する。しかし、それに対しても無言が貫かれる。代わりにカタリナが口を開いた。

 「ルル・キルシュを知っているんですか?」

 「そいつがステファンとリディアを攫った張本人。あなたたちも追ってたの?」

 「ええ、フィリップも殺害対象でしたから」

 「そういえば弟子だったわね」

 「あいつを鍛えたって仕方ないのにな。能力があろうが、親の仇を取るなんて馬鹿げた理由で戦う奴は使い物にならない。弱いから人を攫ってでしか帝国と勝負もできない」

 「身をわきまえろ!裏切り者が勝手なこと言いやがって!」

 カタリナに縛られている最中だったニールが暴れて叫ぶ。その直後、ニールの鼻から嫌な音が鳴った。ヘニアは怒りに狂った目で笑っている。

 「お前は負けた。この頭のおかしい帝国の英雄様のおかげで命があることを忘れるな」

 「それはお前も同じだ、愚か者!帝国の手先に落ちぶれやがって。タラス様が残した唯一の汚点だ」

 そう吐き捨てたニールの口から血が溢れる。ニールが恨めしそうに顔を上げると、前歯が何本か無くなっていた。額に血管を浮かべたへニアはなおもルサルカを集める。

 「そういえばあの日、同じことを言われた。父の死の理由を聞いた時だ。帝国の誘惑に負けた愚か者だったから殺されたんだと」

 「俺たちの知ったことか」

 「そうだろう。でもせめて、私と一緒にステファンの無事を祈るくらいはしておけ。癇癪で済まなくなれば、最初に死ぬのはお前だ」

 へニアはニールの頬を鷲掴み、血を流す歯茎に指をねじ込んでいく。これはただの拷問だ。ニールの叫び声が何度も部屋に響いて他の魔法師を震え上がらせる。しばらくして気が済んだのか、立ち上がったへニアは血で汚れた手を別の魔法師の服で拭う。この行為にはカタリナも青ざめていた。

 「カタリナ、外の二人を呼んできて」

 「誰だ」

 へニアの機嫌の悪そうな声が響く。私は簡単に説明した。

 「ラテノンで治安部をしてる知り合いが外にいる。私たちに話したくないのなら、彼らに話してもらう」

 「治安部?お前はラテノンに追われてるんだろ。なんでそんな奴と」

 「人との繋がりは大切にするべきよ」

 「行ってきます」

 カタリナが階段を駆け上がっていく。代わりに私が捕虜の面倒を見ることになり、へニアは不必要に地面を蹴って不機嫌を露わにする。

 「ラテノンは全員私の敵だ。こいつらと同じような態度を取れば」

 「忠告しておく。乱暴だけは絶対に許さないよ。肝に銘じておいて」

 私はへニアの凍り付いた瞳にあらかじめ断っておく。コリンとシーラは私の過去を知った上で助けてくれた大切な仲間だ。私はそんな二人を守る責務も負っている。

 その後、コリンとシーラが合流したことで情報収集は二人に任せることになった。ただ、コリンがどんなにラテノンの哲学を説いたところで、ニールたちとの話し合いは平行線を辿る。結局、この場の魔法師の安全を保証するという条件を取り付けて、ようやくニールは情報提供に同意した。

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