43. 遺跡の街
ヴォイドに到着した日も朝から雨が降っていた。期待とは裏腹に、道中でへニアらしき人物は見つからなかった。ただ、住民への聞き込みにおいて、コリンとシーラの身分は大きな効果を発揮する。見慣れない女性が村の食堂に来ていたと農夫から伝えられ、私たちは早速そこへ向かった。
「もしへニアなら気が立ってるかも。二人はできるだけ関わらないように」
「はい」
教えられた場所にはペンキがほとんど禿げた古い木造の建物があった。楽しそうな声が外まで聞こえているが、窓を覗くだけでは中の様子は分からない。雨合羽代わりに羽織っていたコートの中でシンタマニを握り、扉を開けて中に入る。
客の大半は子供とその母親、それと老人だった。そんな店内の一番隅に、フードを被って一人で食事を取る不審な客を見つける。左手でスプーンを握り、右手は机の下に隠れている。机に正対せず足を片方だけ通路に出す姿勢は典型的な魔法師の所作だった。
「あいつだ」
私は背後のコリンに声を掛けて被っていたフードを払う。入店時からその客もこちらを見ていた。早くから顔を晒したのは相手を刺激しないためだったが、私が一歩踏み出すと、その客も腰を上げた。
「急に仕掛けてきませんよね」
「あなたはシーラを守ってて」
「分かってます」
コリンはシーラを背に隠して一歩ずつ下がり、私も突発的な戦闘に備える。敵意を全く感じず、私が対応に躊躇していると相手のフードが取り払われる。その顔を見て私は驚いた。
「カタリナ?」
「お久しぶりです。会えて良かった」
「エレナさん?」
「心配しなくていい。知り合いよ」
私は言い淀んだ末にそう伝える。私にとって敵ではないが、かつて王家直属魔法師だった人間である。ラテノンからしてみれば憎き敵として認識していてもおかしくない。
「なぜここに?」
「話せば長くなります。エレナさんも食事に?」
「いえ」
「ではここを出ましょう。外で待っていてください」
カタリナは店主を呼んで金を払う。外で待っているとカタリナはすぐに出てきて、私たちを観察した。
「向こうに私の馬が。そのお二人は?」
「協力者」
「コリンです。こちらはシーラ。ラテノンの治安部で活動しています」
私が伏せた情報をコリンが明かす。カタリナはそれを聞いて私と目を合わせたが、すぐに手を差し出して握手を交わした。
「カタリナです。以前は王家魔法師でした」
「えっ!」
「ですが、帝国を見限った今はエレナさんと同じく追われる身です。敵対する意思はありません」
コリンが身分を隠さなかったからか、カタリナも正直に素性を明かす。さすがのコリンとシーラもこれには驚いたようだった。ただ、カタリナの物腰柔らかい態度のおかげで対立は生まれない。
「それでカタリナ。こんなところで何を?」
「エレナさんを探していたんです。歩きながら」
店と隣接した馬小屋でそれぞれが馬を回収して歩き始める。雨脚は弱まったものの、歩いていると顔に細かい水滴が当たる。それでも雲の切れ間には青空が見え、霧がかった視界も晴れつつあった。
「エレナさんに対する出頭命令を見て驚きました。普通、高位の魔法師を相手取る場合は条件が提示されるものですが、今回は無条件でしたから。ステファンとリディアちゃんは?」
「ラテノンの魔法師に捕まった。それを餌にされてる」
「やっぱり。そういうことが起きたんじゃないかってクラウスさんと話していたんです。それで無茶を言って私はこっちに」
「そんな義理ないはず」
「私がそうしたかったんです。大切なことを気づかせてくれた人だから。クラウスさんはさすがについてきませんでしたけど」
カタリナはそう言って苦笑いを浮かべる。私はクラウスの反応の方がまだ理解できた。ただ、協力の申し出は有り難く、戦力としてもカタリナは心強い。
「どうしてここが?」
「ラテノンの動きを追って。それに、ラテノンがこの近辺で拠点を秘密裏に構築していることは、以前から把握していました。エレナさんの状況は?」
私は人喰いの森での出来事から今日までのことを振り返る。その途中、カタリナはへニアの名前を聞いて顔を引きつらせていた。自分一人では敵わないと理解して恐怖心を抱いている。
「その拠点にルルたちがいるって考えてるわけ?」
「それは分かりません。私も今朝ここに着いたばかりですから。ですが場所は分かっています」
「コリン、シーラ。あなたたちはヴォイドに残った方がいい」
カタリナも正確な情報を持っているわけではなかった。ただ、私は後ろの二人にそう提案する。ラテノンの魔法師戦力がいくら劣っていたとしても、数が集まれば大規模な戦闘は避けられない。ここまで案内してくれたことには感謝していて、最後にできることは二人を巻き込まないことだけだった。しかし、コリンは首を振る。
「私たちもラテノンの一員です。軍部の魔法師がこのような行動に出た理由を問いただし、組織を正しい方向に導く必要があります」
「戦いの末に問いただす相手がいなくなるかもしれない」
「これがアタパカにとって本当に必要なことだったのか。誰かが事の顛末を見届けないと、同じ過ちを繰り返してしまいますから」
「そう」
「家族を失う苦しさはよく分かります。協力させてください」
コリンは私のシリヴァスタを見る。やはりこの二人にも家族を失った過去があるらしい。それは隣のカタリナも同じだった。二度と故郷に戻れず、最愛の家族と会うこともできない。私も本当の家族とはもう会えないかもしれない。だからこそ、ステファンとリディアだけは何としても助け出したいと感じている。
カタリナの案内でヴォイドを出ると、私たちは過去の文明の痕跡を横目に草原を進んだ。地中に半分以上埋まった遺跡は風化して、もはや何の一部だったのかさえ分からなくなっている。しかし、かつてここが大都市だったことは歴史が証明している。歩きはじめて数時間、別の街道との交差点で私たちは馬を止めた。
「エレナさん」
「ええ。まだ新しい」
私とカタリナはぬかるんだ地面に視線を落とす。そこには新しい足跡が雑木林に向かって伸びていた。大きさから女性のものと思われ、歩幅と体重のかかり具合から相当急いでいたことが分かる。雨が上がったのは数十分前のことだが、足跡に水は溜まっていない。
「急ごう。距離は?」
「もうすぐです。けれど、あの魔法師とは戦いたくない」
「私がいるから大丈夫」
カタリナはへニアを恐れる。一方の私は再会を待ちわびていた。あの日、人食いの森で受けた仕打ちのこともあるが、何よりもカタリナが行動を起こす前に合流しなければならない。へニアとの再会は家族との再会でもあるのだ。
足跡を追っていくと、岩石でできた遺跡が雑木林の中に現れる。曲がりくねった木々に守られるように鎮座していて、私たちは途中で馬を置いて接近する。
「以前の調査で、地下に空間が広がっている可能性が報告されています。運び込まれた物資の量が遺跡の大きさと釣り合っていなかったらしくて」
「一番は知ってる奴に聞くこと。あの奥見て」
私は全員をその場で止めて雑木林の奥を指差す。コートを汚して上手く擬態しているが、遺跡の方を向いて寝そべる後ろ姿には見覚えがあった。狩りの前の獣のように息を押し殺しているが、目に見えて殺気立っている。私はシンタマニを握って振り返った。
「カタリナはついてきて。コリンとシーラはここで待機」
「分かりました。お気をつけて」
「ええ。本当にありがとう」
私は二人に感謝を述べる。へニアがいたということは、ここが私たちの目的地で間違いない。大怪我を負った私がここまで辿り着けたのは二人のおかげで、家族がすぐそばにいると思うと自然と心臓は高鳴った。
「どうするんですか?」
「突入する気なら私たちも一緒に。ステファンのことを考えるあまり、頭がおかしくなってるかもしれないから」
「エレナさん、前!」
私がほんの一瞬遺跡に意識を向けた時だった。突然カタリナが叫び、慌てて視線を元に戻す。しかし、へニアがどこにもいない。そう思った次の瞬間、視界の端からシンタマニを握った狂人が飛び出してきた。魔法で対抗しようとした私だったが、敵に気付かれることを恐れて思いとどまる。そんな迷いのせいでへニアの飛び蹴りをまともに受け、その場でもみくちゃになった。
「何しに来た!?」
「仲間を助けに来たの」
「邪魔するな!ステファンは私のものだ!」
「叫ばないで。私は二人が助かればそれでいい」
地面を転がって大きな木の根元でお互いに睨み合う。へニアは私の言葉を聞いて一瞬力を緩めたが、すぐに私の背後に回って首を絞める。そしてカタリナを睨んだ。
「なぜこいつがいる!?ステファンを殺そうとした奴だ」
「訳あって仲間になった。ステファンのことも一度救ってくれた」
「ここで争ってる場合じゃないはずです。お二人の大切な人が待ってるんでしょう?」
「お前たちを殺してからだ」
「聞き分けが悪いな」
私は意識を持っていかれる前に覚悟を決め、魔法を行使する。へニアの拘束から抜け出すと、シンタマニをへニアの頭に突き付けた。息を荒げるへニアの目は真っ赤に充血している。
「魔法を使った。敵が魔法師なら気付かれた。意味分かる?」
「くそ野郎!」
「いがみ合うのは二人を助けた後にしましょう。旅の道中、ステファンはいつもあなたを心配して苦しんでた。私だってあなたを無事なステファンと会わせてあげたい。だから協力して」
私はシンタマニを下ろして、代わりに左手を差し出す。へニアは歯ぎしりをした後、私の手を払いのけて自分で立ち上がった。




