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42. 事情を知る者

 カッセルはラッサと雰囲気の似た小さな村で、高原から下りてきた私たちは青々とした畑に家屋がポツポツと建つ長閑な風景に迎えられた。住民の年齢層は高く、畑仕事に従事する者も腰の曲がった老人が多い。帝国軍の姿はなかったが、村役場だと紹介された建物には五芒星の旗が翻っていた。

 「もうすぐです。足は大丈夫ですか?」

 「ええ」

 道中のほとんどは馬の上で過ごしていたが、カッセルに入ってからは手綱を引いて歩く。帝国軍と鉢合わせた際、目線が兵士より高いと言いがかりをつけられることがあるからだ。ただ、足の状態はようやく感染症の恐れがなくなった程度で、まだ長時間歩くことは難しい。

 「ここです。ちょっと待っていてください」

 コリンが案内したのは、特に変わったところのない素朴な一軒家だった。扉をノックして出てきたのは恰幅の良い老父で、長いひげを触りながらコリンと会話を交わす。これが話していた治安部の知り合いなのか。私が警戒を解かずにいたところ、老父が近づいてきた。

 「あなたがエレナ様ですか。噂はかねがね」

 「どうも」

 「フリッツはここでウタラトス様を指導部に預けました」

 「ブレアです。中でお話しましょうか?」

 「いいえ、時間がない。コリン、用件を話して」

 私の指示でコリンがここに来た理由を説明し始める。ブレアはカッセル周辺で活動する治安部を取りまとめているという。このように一般住民に扮していなければ活動に危険が伴うのだろう。

 「人喰いの森から来た魔法師ですか。残念ながらそのような話は何も」

 「軍部の特異的な活動についても何か聞いていませんか?」

 「そうですな。戦争に向けたいくつかの命令は下りてきているのですが。それと、エレナ様の手配も」

 ブレアは小さく首を横に振って申し訳なさそうにする。コリンとシーラはそれを聞いて残念そうに小さく息をついた。しかし、すぐに気落ちする必要はないと私を励ましてくれる。

 「心配しないでください。人喰いの森を西ではなく南から出たとすれば、グラインという街を通った可能性があります。どんな秘密作戦も、全く街に寄ることなく完遂なんてできません。手掛かりは必ずあります」

 「そうです。大勢だったのなら、なおのことです」

 「ブレアさん。こういうわけですので、何か情報がありましたら人伝いにでも教えていただけると嬉しいです。また、事情が事情ですので軍部の耳には入れないように」

 「分かりました。早く見つかるといいですが」

 コリンは出来ることを最大限行ってくれる。私はその間、ずっとブレアを凝視し続けていた。この男は何か隠し事をしている。魔法師の目がそう気付いたのだ。

 「どうかしましたか?」

 「私はそのリディアという子と出会って変わった。昔は目的のために暴力を惜しまなかったけど、もうそんな乱暴はできない」

 「エレナさん?」

 「隠し事はやめた方がいい。そのせいでリディアが死んでしまえば、私は昔の自分に戻ってしまう。そうなれば、あなたが次に会う私はシンタマニを握った殺人鬼だ」

 私は威圧感を出さないように静かに話す。白髪をかきあげたブレアは、何のことか分からないといった反応をする。魔法師の観察眼を過小評価しているのではないか。隣ではコリンが緊迫した雰囲気に生唾を飲む。

 「私が何を隠していると?」

 「さあ。教えてくれると嬉しいけど」

 「仮にあったとして、こちらにも事情がある。君に伝えられないことがあったとしておかしくない」

 「ルルたちの足取りを知っているんですか?」

 コリンが問いかけるも、返ってきたのは眉の動きだけだった。隠し事がラテノンの魔法師についてではないことは分かっている。決して今までの会話で嘘をつかれたわけではないからだ。そこで私は全てを理解した。

 「へニアが来た」 

 私が鎌をかけて断言すると、ブレアはあからさまに驚いた顔を見せた。立ち続けていることで足の痛みが酷くなっている。催促の意味も込めて睨みつけるとブレアは目をそらした。

 「ではこう伝えよう。私はかつて、ある魔法師に深くお世話になった。その恩を返す前に彼は死んでしまったが、今ここで口を閉ざすことが彼と彼の愛娘のためになるというのなら、私はそうする」

 「分かってないようね。ラテノンが連れ去ったステファンというのは、へニアがこの世で一番大切だと思っていた人間よ。その人を助けたいという願いは私も同じ」

 「彼女が誰にも話すなと言ったのだ」

 言い合いの最中、コリンが一度間に割って入ってお互いに落ち着かせる。しかし、私たちには時間がない。足止めを食らっている間にステファンとリディアが危害を加えられているとも限らないのだ。

 「一つずつ尋問して答えを得ることもできる」

 「ではそうしなさい」

 「ブレアさん、どうか教えてください。それがへニアのためにもなる。相手はルルたちです。数で押されればどんな魔法師もいつかは負ける。裏切り者だと思われているのなら、命を奪われることだってあり得るんですよ?」

 コリンも説得に加わるが、ブレアはなおも口を閉ざしたまま静観する。これ以上粘っても意味はない。打つ手がなくなって私は語気を弱めた。

 「確かに私とへニアの仲は悪い。何度も命を狙われたし、あの傲慢な態度も気に食わなかった。だけど、ラテノンを裏切ったって理由が少し分かった気がする。あいつはステファンが連れていかれたと聞いた時、私から二度も奪うなんてと怒ってた。お前たちはどうせタラスの時も高尚な思想を押し付けて、あいつに不幸を強要したんだろう」

 「タラスの死は不幸な出来事だった。何も知らない帝国の魔法師にとやかく言われる筋合いはない」

 「だったら今回も良い言い訳を考えておくことね。ステファンとリディアが助かるのなら、私はあいつのために命を捨ててもいい。そんな覚悟もないくせに味方だなんて聞いて呆れる」

 私は手綱を引いて歩き始める。コリンとシーラは少しの躊躇いの後、ブレアに頭を下げてからついてきた。へニアが人喰いの森を西に抜けたということは、何か痕跡を見つけたのだろう。お互いの距離は離れていく一方で、思い通りにいかないことに苛立ちが募る。ただ、歩き始めてすぐ、後方から声が飛んできた。

 「本当にへニアのためになるのか」

 「私はただ仲間を助けたい。それがへニアを救う道と偶然重なるだけよ」

 「あの子にはラッサで静かに暮らしていてほしかった」

 「私だってそう。でもそうはならなかった」

 私はそう答えて唇を噛む。へニアの過去に触れる度に心に痛みを感じるようになってしまった。

 「ヴォイドの街に行け。ルルたちはそこに向かったと言っていた。だが、あの子は疲れ切っている。馬ならすぐに追いつけるだろう」

 「そう」

 「へニアを助けてあげてほしい」

 最後の最後でブレアは協力に転じる。私はそれに感謝はしなかった。結果が伴わなければその言葉も虚しい。失われた命は二度と戻ってこないのだ。

 「ヴォイドに向かうんですか?同じラテノンとしてこんなことを言うのもなんですが、あんな後ではブレアを信じていいものか」

 「彼も今さら嘘をつくようなことはしない。へニアを救いたいと思う気持ちは本物だった」

 「ヴォイドはここからさらに西に一週間の距離です。けれど、ラテノンの拠点があるという話は聞いたことがありません。大昔に交易で栄えた街ですが、今ではその大半が遺跡となって住民もほとんどいない」

 「でも、その方がルルにとって都合が良さそう」

 「エレナさんがそう言うのなら分かりました。急ぎましょう」

 私がブレアを信じたのは、ステファンならそうすると思ったからだ。人との繋がりは相手を信じることから始まる。ステファンはそれを大切にしていた。一人になった今だからこそ、共有した考え方に寄り添わなければ心からも消えてしまう。

 こうして私たちはカッセルを出発し、馬の上でほとんどの時間を過ごす旅を再び始めた。有り余る時間はステファンとリディアの心配に充てて、意味がないと分かっていながら神に二人の無事を祈ってみる。私が罪悪感に苛まれる方法はそれくらいしかない。

 二人がこんな酷い目に遭っているのは私のせいだと言っていい。そういった意味ではヘニアも被害者の一人かもしれなかった。私がラッサに行かなければ、いつかはステファンに自らの想いを告白する日もあっただろう。そう考えると、私は平穏を破壊した侵略者である。今ならあの視線の意味もよく理解できた。

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