38. シリヴァスタ
「エレナちゃんこれあげる」
「うん?」
エムデンに入る前の最後の野営をしている時、リディアが焚火を回り込んで隣にやって来る。夕食が終わってからシーラとこそこそ何かをしていたことには気付いていた。差し出されたのはシリヴァスタだった。乾燥させたクバの皮を細長く切り、それを器用に編み込んで作られている。手のひらに乗せてみると軽く、くるくると回していろんな方向から観察する。リディアはその間ずっとそわそわとしていた。
「これってクバの」
「うん。シーラさんに作り方教えてもらったの」
「去年収穫されたクバの皮を一冬かけて乾燥させたものです。それをちょうど最近貰ったので」
それぞれから説明を受けるが聞きたいのはそんなことではない。シリヴァスタに込められる意味は知っている。疑問だったのはそれを私にくれた理由だ。しかし、それを聞く前に不安げなリディアに袖を握られる。
「あまり上手くできなかった、から」
「そんなことない。つけていいの?」
「うん」
リディアが大きく頷くのを見て、私は恐る恐る右手首への装着を始める。柔軟性がないため五本の指をできるだけ細めて手首まで滑らせていく。入ってしまえばきつさは全くなかった。ブレスレットをつけた手を焚火の光にかざしてもう一度眺める。
「ありがとう。嬉しい」
「本当?良かった」
しばらくして感想を伝えるとリディアは大きく胸を撫で下ろす。これは家族の絆を意味しているはずだ。もしかすると別の意味が込められているのかもしれない。ただ、そんな疑問もどうでも良くなるほど綺麗だった。ライネの貴族がこぞって集めていた宝飾品と比べても繊細で美しく、心の琴線に触れる。
「失敗した方、ステファンにもあげる」
「いいの?ありがとう」
ステファンもブレスレットを傷つけないように手をすぼめて装着する。少しきつそうにしているのは私の腕に合わせて作ったからだろう。その事実だけで少し優越感を覚えてしまう。リディアはそれを見てクスクスと笑った。
「いつもエレナちゃんの手ばかり握ってたから大きさ分からなくて。また作るね」
「ううん、これくらいがいい。少しきつい方がつけてるって感じがするから。こんな大切な物失くしたら大変だ」
褒め方はステファンにかなわない。リディアはそんな心配いらないよと再び笑顔を見せた。
「その時もまた作る。作り方もう覚えたから」
「リディアちゃんはとても器用なので、もう私より作るの上手なんです」
シーラにも褒められてリディアの表情がさらに緩む。実際、ガヴァネスから色々と教え込まれたリディアは多才なのだろう。クバの皮は頑丈であり、だからこそ意味が込められている。しかし、形あるものは必ず壊れる運命だ。私のシンタマニもそうだった。たとえどんな想いが込められていたとしても、その未来は避けられない。
「もし千切れてしまったら、シリヴァスタに込められた意味も失われてしまう?」
決して大ごとのように言ったわけではない。それでも、そんな未来を嫌って触れることを怖がっている自分がいた。周りが静かになって顔を上げてみると、さっきまで笑っていたリディアが目を丸くしていた。
「その時だってまた作ってあげる。エレナちゃんどうしたの?」
「いや、別に」
咄嗟に誤魔化した私は焚火に意識をそらす。しかし、リディアの視線を無視し続けられない。私はもう一度シリヴァスタに触れて息を整えた。
「こういうの初めてもらった。私なんかが良いのかなって」
「エレナちゃんだからあげるの」
リディアが私の手を取って握る。無垢な瞳の奥には穢れのない心が広がっている。私はアントンの代わりにリディアを守ると決めたが、それは親としての役割を引き継ぐという意味ではなかった。家族とは信頼の先にある関係性であり、私の覚悟だけで決まるものではないのだ。しかし、リディアはそんな壁を簡単に取り払ってしまう。
「私、エレナちゃんが好き。お父さんを大好きだったみたいにエレナちゃんのこと好きだよ」
「リディア?」
「もう家族だもん。エレナちゃんもステファンも」
まるで夢でも見ているかのようだった。無意識にリディアを呼んで両手で抱きしめる。家族という感覚は仲間や同志とはまた異なる。旅が始まって以来、ステファンを初めて仲間だと思うようになった。リディアのことも最初はそうだった。しかし、関係は流動的に変わっていく。
遠い昔、ヴァイデンで暮らしていた頃、母親はいつも私の魔法を心配していた。年相応の魔法を使いなさいと叱られて、分からず屋だと反感を持ったことを思い出す。あの時の母親の言葉が、私が最後に感じた家族だったのかもしれない。リディアを抱きしめながら心に芽生える愛おしさを噛みしめ、あの日の母親の気持ちを少しだけ理解する。これは確かに軍人としての心を弱くする。リディアの温かさは判断を簡単に狂わせる力を持っていた。
「エレナちゃん、ちょっと苦しい」
「ごめん」
リディアの目じりに涙が溜まっているのを見て、私は慌てて両手を離す。そんなに力を入れていたつもりはなかった。嫌がられたかと心配したが、リディアは私から離れようとしない。
「お父さんもいつも力任せに抱きしめてくれたの。思い出しちゃった」
「私もリディアが好きよ。家族と思ってくれるのなら嬉しい」
「じゃあ、私が大人になるまで一緒に居てくれる?」
「約束する」
安請け合いして良かったものか。言ってからそんなことを思ったが、ここで否定するなどありえない。ステファンは混じりたそうにしていて、コリンとシーラは微笑ましそうに見ている。この夜はリディアがうとうとし始めるまでこうして二人で一緒にいた。
リディアを寝かせた後、私はシーラにお願いしてシリヴァスタの作り方を学ぶことにした。家族とは支え合うものであり、シリヴァスタも普通は交換し合うものだとステファンは言っていた。お返しすることが私の言葉に責任を持つ方法だと考えた。
そんな私を見て、ステファンも一緒に作ると言い出す。少なくともステファンよりも良いものを作りたい。そう思って夜が更けるまで作業を続けた私たちだったが、私はおろかステファンでさえ完成に漕ぎつくことはなかった。クバの皮は予想以上に固く、編み込んでいる途中に力を入れすぎると破断してしまう。当分、夜更かしは覚悟しなければならなかった。




