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37. 治安部

 「なぜ助けてくれた?」

 「食料が必要だった。それだけ」

 「エレナちゃん!」

 ラテノンの所属と明言したコリンに私の正体は教えられない。ちょうどその時、ステファンと手を繋いだリディアが私の名前を叫びながら走ってきた。リディアは私に飛びつくなり頬ずりしてくる。

 「君の家族?」

 「旅の仲間よ」

 コリンはリディアを見て微笑んでいる。エレナとはっきり聞こえたはずだが気がつかなかったのか。少なくとも私への視線は変わらない。

 「旅人か。今時珍しい」

 「ええ」

 「食料を買いに来たのなら美味いパンを売ってる店を教えます。助けてもらったお礼です。ついてきて」

 「ありがとうございます」

 結構だと言おうとした私を押しのけて、ステファンが頭を下げる。コリンは笑顔になり、先導してフージャの街を案内してくれる。道中、街の人々はコリンに会釈して口々に感謝を伝えていた。

 「弱いくせにどうしてあんな無茶を?」

 「はは、耳が痛い。自分だって戦闘に向いてないことは分かってます。でも、こんなでもラテノンの魔法師だから。フージャは半年で二回も帝国軍の徴発を受けた。これ以上は耐えられないと助けを求められてたから」

 「私が知るラテノンの魔法師はもっと強かった」

 私はピアで戦った魔法師やヘニアを思い出す。一方のコリンは魔法が使えるという程度で、一人前なのは度胸だけだ。

 「それは軍部の魔法師でしょう。私は治安部の人間です。戦闘とは別の方法でアタパカの安定を目指してる。ここです」

 コリンが案内してくれたのは煙突のあるレンガ造りの平屋だった。外に立っているだけでいい匂いが鼻孔を抜けていく。扉を開けるとその匂いが増してリディアがよだれをすすった。

 「コリン!」

 店に入った途端、一人の女性がコリンに飛びついてくる。とっさにシンタマニを構えた私だったが、目を赤く腫らした少女の姿を見て力を抜いた。

 「シーラ!人前なんだぞ」

 「どうも」

 コリンの肩で泣きじゃくるシーラが顔を上げる。ステファンが軽く挨拶すると頬を赤くしてコリンから離れた。

 「僕の幼馴染で、一緒にラテノンで活動してるシーラです。もう泣くのやめてよ」

 「コリンが勝手に行っちゃうからでしょ!弱いくせに!」

 「ごめんよ。皆さんもすみません。さっきまでここで食事をしてたんです。その時に軍の徴発が来たと聞いたもので」

 「大馬鹿者だよ」

 「この方に助けてもらったんだ。国家魔法師が住民に紛れてた。一人だったら間違いなく死んでたよ」

 コリンは軽々しく説明してシーラを硬直させる。心配させないための態度だったとしても悪手だった。一体何があったのかとシーラの詰問が始まる。私はその間に必要な分のパンを買って、その一つをリディアに食べさせた。

 「本当にありがとうございました」

 「いいのよ」

 事情を把握したシーラが私の手を握って何度も感謝を伝えてくる。そんな言葉に慣れていない私は苦笑いで対応した。コリンを助けたのは新しい魔法師像を探す上での気の迷いだったのかもしれない。隠れていた魔法師が一人だったためどうにかなったが、状況も把握せずに飛び出した行為は愚行に分類される。

 しかし、救われた人の数が一人ではなかったことを知って、これがステファンやコリンが持つ価値観の意味なのかもしれないと感じた。些細な善行のために無茶をしているように見えて、その影響は想像よりも大きい。感謝される私を見てリディアも喜んでいた。

 「皆さんはこれからどちらに行かれるんですか?」

 「エムデンの方へ」

 「そうですか。よろしければ途中まで案内しましょうか。帝国軍と鉢合わせにくい道を知っています。エレナさんはきっと恨まれているでしょうから」

 「それはありがたいです」

 ステファンはいつものように話に飛びつき、コリンと勝手に話をまとめてしまう。人との繋がりを大切にするステファンの考え方も最近受け入れた価値観の一つだ。

 フージャの一件は治安部だけで対処できるものではなかった。コリンたちがエムデンに向かうのは、軍部に協力を仰ぐためだという。コリンたちの準備を待ち、その日のうちに街道とは違う道からフージャを出発する。

 「最近の軍部はどこか様子がおかしいんです。何も情報は下りてきませんけど、来る破滅に治安部は警戒感を強めています」

 「破滅?」

 「具体的に何が起きるのか分からないのでそう表現しています」

 いつもはステファンに任せている情報収集を今日は私が行う。コリンと出会ったのは私の独断に由来するもので、その責任を取るためだった。後ろではステファンとリディアがシーラから何か手遊びを教わっている。季節が進んで旅の過酷さが緩和されたとはいえ、危険がどこに潜んでいるか分からない。注意しようかと思ったが、リディアの楽しそうな顔を見てやめた。

 「予兆は色々とあります。例えば、食料調達に関してはラテノンも帝国軍同様、アタパカの人々を頼りにしています。これまでは相互理解によって円満に融通してもらっていました。でも、最近ではそのやり方が強引になってきている」

 「徴発?」

 「まだそこまでは。ですが住民は不満に思っています。反体制派への半ば強引な勧誘も関係しています。昨年はそのせいで働き手が少なくなり、収穫量が減りました」

 「戦争でも起こそうとしてるの?」

 「だとすれば馬鹿げてる。治安部の努力が無に帰りかねない」

 コリンは指導部の計画を知らないようだが、不穏な空気を肌で感じ取っている。戦争という言葉は即座に切り捨てていた。

 「軍部とは仲が悪い?」

 「そんなことはないです。軍部の友人は多いですし話もよくします。最近は訳も分からず指導部の指示に従っていると言っていました。何を考えているのかもう少し教えてくれれば活動しやすいのにと」

 「あなたの活動は帝国軍の徴発を止めること?」

 「それだけではありません。公には禁止されているアタパカの文化を伝えていくこと。孤児に新しい生活の場を与えること。そして、繋がりを保ち続けることです。帝国は私たちが自壊することを願っています。そのための工作活動も行われている。私たちは誰にも縛られない生活がしたいだけ。でも、そのためには誰かが仕事をこなさないといけない」

 コリンは自らの活動に強い信念を持っている。それがラテノンに参加している理由とも関係するのだろう。私が立ち入るべき話ではなかったかもしれない。そう思って緑が覆う広い平野を見渡しているとコリンが顔を覗き込んできた。

 「あなた、エレナ・ヘイカーさんですね」

 「気付いてたのね」

 「はい」

 「一緒に来ることにしたのは監視のため?」

 「監視?」

 コリンは私の正体に気付いていた。やはりフージャでは気付かなかった振りをしていたらしく、そうなると目的はラテノンに盾突いた私たちの監視と考えるのが筋だった。しかし、コリンはきょとんとした顔で首を傾げる。

 「気付いてたこと、どうして黙ってたの?」

 「もちろん、あなたが帝国に追われているからです。痕跡は残さない方がいい。監視というのは?」

 「確執を考えれば当然。もともとはラテノンの敵だった」

 私は適当な理由をつけて誤魔化す。ピアでの出来事がまだ伝わっていない、もしくは治安部にその情報が下りていない可能性があった。

 「ウタラトス様のこと、感謝しています」

 「どうして?あなたとは関係ない。ウタラトスとアタパカに繋がりはないでしょう」

 「ええ、確かに。アタパカに住む人々とは関係しません。でも、ラテノンとウルサ家の関係がありますから」

 コリンはそう言って同意を求めるが、私にその感覚はなかった。命令に従ってウタラトスを守った私に、ラテノンやウルサ家への賛意があったわけではないのだ。

 「フージャと私を助けてくれた。この方がしっくりきますか?」

 「私が帝国の英雄だったとしても?」

 「はい。今は一人でも多くの仲間が必要です。軍部は嫌がるでしょうけど、滅亡の瀬戸際にいる身としてはそんなことを言ってられない」

 コリンの考え方は簡単だった。破滅が迫る中では支援者を選り好みできない。それがたとえ多くの同胞を殺した魔法師であっても、最優先に考えるべきはアタパカの未来というわけである。つまり、私という人間が受け入れられたわけではない。

 しかし、それを悲観する必要はなさそうだった。考えてみると、王家直属魔法師だった頃から必要とされていたのは私という人間ではなく私の魔法だった。ステファンやリディアもそう考えているのかもしれない。背後からリディアの笑い声が聞こえる。また変な悩みの種を抱いてしまった。

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