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35. 自らの価値

 「俺は昔からお前が嫌いだった。ゲルトが初めて連れてきたとき、俺が制御に苦しんでいた浮遊魔法を見せつけるように使いこなしてみせたな。それだけじゃない。四歳年上の俺と同じ年に試験に合格したかと思えば、俺が国家魔法師としてこき使われている間に王宮魔法師に抜擢された。親父からは情けない息子だとよく言われた。それでいて当のお前は周りなんて気にも留めない」

 クラウスが唐突に昔話を始める。確かに私とクラウスは仲が良くなかった。そのことで師匠のゲルトが手を焼いていたことを覚えている。兄妹弟子なのだから協力しなさいと言われて無視したこともあった。

 「だが、赤の大広間で考えが変わった。魔法師が最初にぶつかる壁がなんだか分かるか。それは、躊躇わずに人を殺すことだ。どんなに魔法が上手くても人を殺せない奴はごまんといて、そのせいで足踏みするなんてよくある話だ。俺やカタリナもはじめはそうだった。必要なのは軍人としての正しさ。それがなければただの人殺しだ」

 「その意思さえあれば殺人が正当化されると?」

 ステファンが鋭く問いかける。クラウスは嘲笑いながら頷いた。

 「当然だ。帝国に仇なす敵を排除しなければ平和は維持できない。お前は汚れた仕事だと思うだろうが、現実から目を背けているだけだ。アタパカの人間に言ったところでどうしようもないことだが」

 「それで?」

 話が脱線している。ステファンを見下す態度に苛立った私は続きに戻るよう催促した。

 「あの日、お前はラテノンの魔法師を何人も葬った。心の中では挫折を期待していた。結局は気弱な魔法師だったと笑われ、没落すればいいと。ところがどうだ。お前は軍人としての在り方まで俺より優れていた。認めるしかなかった。いくら努力してもお前には及ばないと」

 「それはどうも」

 「それが今のお前はなんだ。こんな足手まといを引き連れて、祖国に背を向け放浪している。知らない親子のために自己犠牲に走り、子供を膝に乗せて喜んでいる。どれも昔のお前とは無縁だったはずだ。あまりに見苦しく情けない。やはりあの時、グスタフ様に殺されておくべきだった」

 クラウスには私の変化が受け入れられないらしい。ただ、知ったことではなかった。そもそも自己の矛盾にさえ気付いていない男なのだ。

 「カタリナも同じ?」

 「いえ、私はエレナさんを羨ましく思っています」

 「羨ましい?」

 クラウスと話していても埒が明かない。そう思ってカタリナに話を振ったところ、不思議な答えが返される。尊敬と言い間違えたのかと思ったがそうではないらしい。

 「私は今日までに五人の命を奪いました。どれも帝国の敵で、そんな輩から祖国と故郷の家族を守れたことが誇りだった。でも、アラスはそんな正しさとは無縁の世界だった。急に怖くなったんです。私は止められなかった。なぜエレナさんにはできたのか。そのことをずっと考えています」

 「あなたの師匠によればそれで良いのだそうよ」

 「でも両親には話せない」

 「あなたの両親も魔法師でしょう。だったら理解があるはず」

 「私はお二人とは違って地方の寒村生まれです。一般魔法師だった両親に幼少期から魔法を教わりましたが、私を帝国の魔法師にするつもりなんてなかったと思います。そんな折、王家魔法師の方が偶然村を訪れて私の能力を見抜いてくださった。それから親元を離れての修行が始まりました。両親はとても喜んでくれた。私も嬉しかった。理由は同じだったと思います。お互いに貧しさから救ってあげられると思った」

 カタリナの出自については初耳だった。優れた魔法師になるためには素質以上に生まれた家系が大きな影響を与える。魔法言語は幼少期にしか習得できないため、名家の子ほど優れた魔法師になりやすいからだ。私やクラウスはまさしくそれに該当する。一方、カタリナには天賦の才があったのだろう。出自を素質で補うことで王家直属魔法師にまで上り詰めた。ただ、その中身は故郷や家族を愛する普通の少女でしかなく、その違いが今回の行動を引き起こしていた。

 「まさか私が罪なき人を死に追いやっていたとは思わないはずです。両親の手紙には故郷のことがよく書かれています。子供の頃、一緒に遊んでくれた老夫婦に新しい孫ができたとか、出稼ぎで村を出ていた向かいの息子が帰って楽しそうだとか。あの遺体の山にも同じ物語があったかと思うと、もう返事を書くことができない」

 カタリナは首に下げたネックレスを強く握りしめる。おそらく家族との繋がりを意味するものだろう。思い返せばスミロも同じ苦悩を抱いていた。二人とも思い慕う家族がいたからこそ、自らの過ちに気が付いた。そう考えるとよっぽどカタリナの方が羨ましい。私はそんな大義名分さえ持たずに人を殺していたのだ。

 「カタリナが協力的だったことにそんな理由があったとは思わなかった。僕は二人が帝国軍を離れようとしてると聞いて、だったら対立しなくていいはずだと助けを求めたんだ。あの時はまだ、他の魔法師や兵士に囲まれてた。もし頷いてくれなかったら僕らは間違いなく殺されてたよ」

 「それって、あなたたちがさんざん私に叫んでた裏切るってことでしょ。頭の硬いクラウスはそれでもいいわけ?」

 「弟子の行動に責任を負うのが師匠の役割だ。考えが合わないからと放ってはおけない」

 「殺せばいい。それが反逆者への正しい対応のはず」

 私がそう主張するとこの場の雰囲気が凍りつく。クラウスはしばらく無言を貫いた後、馬鹿馬鹿しいとその場にあぐらをかいた。

 「あなたでも弟子は可愛いと思うのね」

 「申し訳ありません。私のせいでクラウスさんの経歴にまで傷をつけてしまって」

 「うるさい。一年以上もエレナを追ってアタパカを駆け回った。いい加減この仕事に飽きたんだ」

 クラウスも典型的な魔法師で、言い合いに弱い。これでいて私を馬鹿にしていたのか。皮肉を込めて笑ってやろうかとも思ったが、私たちは殺し合った果てに同類になったわけである。気絶していた間、大切な仲間に手を出さなかったことに免じて許すことにした。

 「これから二人はどうするんですか?帝国に戻る?」

 「もうできそうにないです。エレナさんを殺さなかったことを他の魔法師が見てた。しばらくしないうちに出頭命令が出て、いずれは手配されるでしょう」

 カタリナが少し悲しそうに答える。家族のために仕事をしていたはずが、二度とその顔を見られなくなった。そんな事実は悲劇的と言うほかない。だったらどうするのかと私が問うと、カタリナは困った顔でクラウスの方を向く。

 「さあな」

 「良いことを教えてあげる。一生、帝国から逃げ続けることになるのよ。寝ても覚めても追手を警戒するの。あなたたちまでとなれば帝国の面子にも関わる。エリッヒが出てくるかもね」

 「エリッヒって誰?」

 「ハイドラ家直属の魔法師。五大魔法師の一人で、序列は帝国で一位」

 「困るのはお前も同じだろう」

 クラウスにも明確な計画はなさそうだった。リビオの命令を断っていた時点では私を追跡するという名目があった。しかし、ステファンの説得を聞き入れたことで言い訳がつかなくなっている。

 「どうしたらいいと思いますか?」

 クラウスが答えを持っていないと知って、膝を正したカタリナが助言を求める。私は顎に手を当てて考えた。

 「ラテノンに寝返る」

 「ありえない。帝国に背を向けたとはいえ、ラテノンに手を貸す義理はない」

 クラウスが即座に反発する。わざわざ食い気味に反応したのはカタリナに釘を刺すためだろう。

 「だったら放浪するしかないわね。ご愁傷様」

 「もしくは僕らに手を貸すという道もあります」

 「ステファン?」

 クラウス側にカタリナという不確定要素があるならば、こちらにもステファンという考える前に体が動く人間がいる。まさか一緒に旅をしようと言い出すのではないか。私が反論しようとした矢先、クラウスが笑った。

 「それはラテノンに協力することと同じだろう」

 「いえ、実のところ今の僕らはラテノンにも追われる身です」

 「こら、ステファン」

 放っておけばこの有様である。そろそろ頭でも叩かないと気が済まないと思っても、リディアが重しになって動けない。カタリナも別の意味で目を丸くしていた。

 「でもその子はアントン・マルティンの娘ですよね?」

 「それは、色々あったんです」

 「協力ってどんなことですか?」

 「僕らは今、ウタラトス・ウルサを探しています」

 その言葉を聞いてクラウスの吐息に声が混ざる。私はもう、ステファンの好きにすればいいと介入を諦めた。案の定、クラウスが嚙みついてくる。

 「お前がラテノンに預けたはずだろ」

 「ええ」

 「二人はエレナを追っていたと思いますが、同時にライネから一緒に逃げたウタラトスのことも探していたはずです。何か知ってることはありませんか」

 「待て。なぜ探している?」

 「もちろんウタラトスの命を守るため」

 ここで本当の理由を話す必要はない。ステファンより早く答えると、クラウスはしばらく何かを考えてから口を開いた。

 「何も知らないな」

 「一年前、エレナさんがエムデンで引き渡したという未確認情報がありました。そこで軍を大量に動員して捜索したのですが収穫はなかったと聞いてます」

 カタリナが知っていることを話してくれる。それが本当ならばラテノンがウタラトスを安全に移送したということになる。ラテノンの指導部がウタラトスの身柄を隠しているという話とも矛盾しない。

 「今後のことは俺たちで決める。お互いに殺し合わない。それだけでいいだろ」

 「賛成よ。あなたたちのせいでヴィルゴ家は怒り狂うでしょうけど、それに巻き込まれたくなんてないもの」

 私とクラウスでそう結論を出すと、ステファンとカタリナは同時にため息をつく。こんな時こそ協力し合うべきだと思っているならば大間違いである。カタリナもこうなることは想定できたはずだ。人に頼らず活路を見出さなければこの世界で生きていくことは難しい。

 とはいえ、そんな決断に迫られたことが無鉄砲なステファンのせいだと考えれば同情の余地もあった。王家直属魔法師から三人も離反者が出たことは前代未聞のはずで、その仲間として一つ助言を与えることにする。

 「せっかくの機会だし、頭の固い師匠とアタパカについてもっと深く学んでみたら?権力と地位が全てだった私たちにとって、ここの生活は新鮮に見えるはず。ここで自分の魔法にどんな意味を持たせられるのか。魔法師として見つめ直すといい」

 「エレナさんは見つけたんですね」

 「まだよ。けれど、これからの自分を形作るのは明日からの自分。二人からそう教わった私は変わることにした。私と同じ過去を持つクラウスも自分では気付けないだろうから」

 「ありがとうございます」

 「勝手なことを」

 クラウスはこちらに背を向けると、腕を枕にして横になる。カタリナは深く頭を下げて感謝を示した。

 それからのカタリナはまずは身近な人から学ぶべきだと、ステファンやリディアから話を聞いて回った。その会話に混じろうとして結局できなかった私はクラウスと火守りをして時間を潰す。どんなにいがみ合っても、この中では所詮似た者同士だった。

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