28. ピアの戦い
「ラテノンの戦力は帝国軍と釣り合っていない。そうした場合、指導部は現地住民を戦わざるをえない状況に追い込み、戦力として組み入れる。反体制派を利用することもある。今回、立案された戦闘計画もこの思想に基づいている」
地図の前に集まって話し合いが始まる。ピアの中央には金融街や貴族の住まいが密集する城壁に囲まれた領域がある。帝国軍の指揮所もそこに構えられているが、本隊は街の東はずれを駐屯地としていた。ラテノンは奇襲攻撃によってこの帝国軍に打撃を与えることを計画している。しかし、駆逐までは考えておらず、反撃された場合は住民を巻き込んだ泥沼の戦闘が見込まれていた。内地から増援があった場合、ラテノンは即座に撤退する流れになっている。
「狂ってる」
「そうだろう」
ステファンが唖然としているとヤンが頷く。私の意見もおおよそ同じだった。ピアを奪い返すわけでもなく、今後の交渉に有利な状況を作るわけでもない。人死を増やすことが目的のようだった。
「内地にはおびただしい数の帝国軍がいる。駐屯地を攻撃しただけでは湯水の如く増援を送られるだけだ」
「指導部は戦争を欲している。ラインホルトの側近だった頃からヴィーラントはその過激な思想で有名だった」
「異を唱えることは?」
「無理だ。指導部は独立している。それに、ラテノンや反体制派にも帝国との直接対決を望む声は多い。ラインホルトの死後、何ら進展しないアタパカの現状に閉塞感を覚えている」
ヴィーラントがラインホルトに比べて帝国に挑戦的だという評価はライネにいた頃から耳にしていた。赤の大広間事件もその一例になるだろう。首都でのテロ行為に憤慨した帝国は何度もヴィーラント暗殺を計画したが、それらは全て失敗している。
「作戦決行は夜。ラテノンはピア内部の拠点を足掛かりに駐屯地を攻撃する。我々の目的はその前に共栄の時計塔に侵入し、住民に避難を呼びかけるべく鐘を鳴らすこと。そして、避難の時間を稼ぐために主攻撃集結点で妨害工作を行うことだ」
「あなたたちが参加しないこと、指導部は何も思わないの」
「我々には別の任務が与えられていた。最初から別行動だ」
「それで私は何を?」
「ラテノンの魔法師を足止めしてほしい。彼らが駐屯地に攻撃を仕掛けることで戦端は開かれる。食い止められれば攻撃を遅らせられるが、我々の魔法師戦力は不足している」
「殺しても」
「一任する。この期に及んで情けをかけろとは言わない」
これがヤンにとっての正しさなのだろう。私はそうかと頷いた。その後、ラテノンの潜伏場所が説明される。その間、ルッツは常に不服そうにしていた。ただ、こちら側の魔法師は五人しかいないという。相手は少なくとも20人規模という話で、私がいなければ無謀な戦いだった。
「あの二人はどうするんだ」
「避難させる」
「どうして協力してくれる?リディアの言葉がそんなに響いたのか」
「あの子供の操り人形なんだろう」
ヤンの問いかけにルッツが言葉を重ねる。事実と異なるため苛立ちは感じない。いちいち関係性を教える道理はなく、私は無言を貫いた。
私は新しい魔法師像を探している。アントンやリディア、ステファンのような優しさと正義で彩られた考え方が正しいとは今も思っていない。それでも、一緒にいる時間が長くなるほど、同じ側に立ちたいという気持ちは強くなっていた。
それから綿密な情報共有があり、夕方になって食事の時間が設けられる。三人で食事をする時間はいつも好きだった。しかし、今日は柄にもなく不安に支配されてしまい、味がよく分からない。
「リディアをお願い」
「集合場所で待ってる。絶対に無理はしないで」
「二人こそ危険が迫れば逃げることを優先して。私は何があっても合流するから」
頷いたステファンに水筒を渡される。中には砂糖水が入っていた。
「ごめんなさい。私、戦ってほしかったわけじゃないの」
「いいのよ。魔法師が間違いを犯そうとしてるなら、私は止めたい。それがたまたまリディアやアントンの願いと重なっただけ」
「エレナちゃんまで失いたくない」
「リディアを一人になんてしない。安心して。私は強い」
どんな声をかければ安心させられるのか。良い言葉が思いつかなかった私は自らの力を誇示する。すると、リディアはパンくずを口につけたまま抱きついてきた。赤の他人と分かっているが、この時間を愛おしく感じるようになった。手ぬぐいで口を拭ってやると私も強く抱き締める。
尊い時間が終わると、ステファンとリディアはヤンの部下と一緒に地下通路に入っていった。その中にはドンもいて、私にリディアの安全を約束する。期待できずとも任せるしかない。孤独は恐ろしいが、不安を共有できていたため心は落ち着いていた。
日が沈んでもピアが明るさを失うことはない。ルッツの先導で敵の潜伏地点に向かう間、私は賑やかな繁華街に目を奪われた。大通りに連なる露店では仕事終わりの住民が星空の下で酒瓶を交わし合っている。住宅からは楽しそうな家族団欒の声が聞こえる。ラテノンの拠点はそんなありふれた街角に構えられていた。
「鐘が鳴るまで待機」
私たちは音を立てないように向かいの住宅の屋根に登る。真下では何も知らない住民がいつも通りの生活を営んでいる。私は冷たいレンガの上に腹ばいになり、白い息を吐いた。
ここは帝国軍の駐屯地に近く、見張りやぐらの歩哨さえ目視できる距離だった。全員が同じ体勢になると、ルッツが標的の建物を指差す。明かりは灯っておらず人の気配はない。しかし、意識を集中させるとかすかにルサルカの揺れを感じ取れた。誰かがあの中でシンタマニを整備している。
「ヤンの命令で連れてきただけだ。何もしなくていい」
「そう」
「帝国の魔法師に背中を任せるなど死んだ仲間が許さない。俺たちは俺たちの手で故郷を守る」
「ご勝手に」
「背後から襲ってこようものならあの日の敵討ちだ」
ルッツはいきり立っている。それを軽く受け流した私は、地平線近くの星を見つめてステファンとリディアを想った。仮に作戦通りにピアの住民が助かったとして、私たちは行き場を失う。いっそここで寝返った方がラテノンに恩を売りつけられ、二人の安全に繋がるかもしれない。ただ、過去の英雄ならばいざしらず、今の私には絶対にできない愚行だった。
冬の晴れた夜は気温が急激に下がるため、砂糖水を飲んで体力消費に備える。満月から数日経った月が東の空に昇り始めた頃、繁華街の声も小さくなって人々は寝静まっていく。戦闘員なだけあってルッツたちは過酷な状況に声一つ立てず、作戦決行の瞬間を待っている。その時が来たのは私があくびを嚙み殺していた時だった。
大きな鐘の音があって、それが減衰しながら十秒以上に渡って続く。収まったと思った矢先、二度目の鐘が鳴る。ルッツは部下に手振りで移動を伝える。動くなと命令された私はここから援護することになり、建物を包囲するように散らばるルッツたちを注視する。鐘の音は全部で五回だった。これがこの街での避難の合図らしく、途端に街が騒がしくなる。それと同時にルッツは魔法を発動させた。
私たちの役割はラテノンの魔法師をこの場に足止めすること。撃破の必要はなく、ルッツの方針も包囲した建物内で抑え込むというものだった。敵といえどもルッツからしてみれば共に戦ってきた仲間。本心では争いたくないはずで、現にルッツが繰り出した魔法は暴徒鎮圧に利用される非致死性のものだった。
魔法の行使で音は発生しないため、住民はすぐそばで起きた戦闘に気付きもしない。そうしてあらかたの避難が進み、あたりが閑散となるまで私の出番はなかった。
虚をついた効果もあり、今のところは目立った抵抗を受けていない。ルッツらも一度攻撃を止めて様子を窺う。敵が降伏してくれれば、私はすぐに仲間と合流できる。静かな時間が続いてそんな期待が膨らんだ。
しかし、現実はそう優しくなかった。突如、建物の裏口で大量のルサルカが集められ、私は防御魔法を構える。複数の魔法師が同時に魔法を行使したようで、閃光が走った瞬間、裏口に構えていたルッツの部下が崩れ落ちた。
「裏から逃げるぞ!」
ルッツは私に合図を送った後、援護に向かう。正面を見ていろという指示だと理解した私は屋根から飛び降り、シンタマニを構えて建物に近づく。直後、カーキの戦闘服を着た三人が玄関横の窓を突き破って飛び出してきた。仁王立ちする私と目が合うと一人がシンタマニを振り上げる。
速度や威力から国家警備魔法師ほどの実力だと判断する。ただ、私を相手取るには力不足で、先制攻撃は私の対抗魔法で簡単にねじ伏せられた。遠くではルッツの部下がまた一人殺される。私は男の腕をへし折って降伏を促した。
「シンタマニを捨てろ」
「何者だ」
「従えば殺しはしない」
怪我を負った男をかばって他の二人が私にシンタマニを向ける。ただ、先の応酬で力の差を理解できたらしく、その目には恐怖があった。それでも後ろの男だけは戦意を失っていない。シンタマニを左手に持ち替えるなり地面で擦って回転させる。諦めの悪い魔法師は左腕も折られて苦悶の表情を浮かべた。
「ルル!」
私の魔法を感知することさえできなかったのだろう。残りの二人はシンタマニを捨てて降伏する。帝国軍では投降すると死罪だが、ラテノンでは違うらしい。賢明な判断に感心する。
「治療して構わない」
私が許可を出すと二人は早速治療に取り掛かる。ルルはそれを振り払おうとしたが、折れた腕では何もできなかった。袖がめくられると肘と手首の間で骨が直角に曲がっている。
「誰だ!お前はラテノンの裏切り者じゃない。そうだろ」
「静かに」
「帝国の魔法師だな」
「ルル、いい加減にして」
ルッツたちはなおもルサルカの応酬を続けている。遠ざかっていることから突破されたのだろう。今更追いかけても意味はない。
「シンタマニを置いて立ち去れ」
「はい」
大人しく従う二人はルルに肩を貸して後退していく。私は他に敵がいないか確認するため、ゆっくりと建物に近づいて窓から中を覗く。その時だった。
背後で高濃度のルカルカを感じ取り、反射的にそれを跳ね返す。振り返るとすでに何者かが肉薄していて、右手に鋭い蹴りを入れられた。シンタマニを手放しはしなかったが、さらに魔法で攻め立てられる。ルサルカの駆け引きでなんとか距離を取る。その時、純粋な憎悪が私に微笑みかけた。




