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24. 孤児

 「エレナが手配されている罪も偽りなのか」

 「私が王家魔法師を離れたことは本当。ウタラトスを守るためだったと言っても理解できないでしょうけど」

 「そんなことない。だけど、ライネの騒乱がそんな理由だったとは」

 「皇太子の醜聞なんて公にできない」

 スミロに案内してもらう間、ステファンの勧めもあって私は必要最低限の情報を共有した。どのようにしてステファンと出会い、リディアと共にここまで旅をしてきたのか。ライネでの騒動も遠く離れたアタパカまでは正確に伝わらない。スミロは興味深そうに聞いていた。

 一緒に馬に跨るリディアはまだスミロを警戒している。ヘントの屋敷で襲撃された時も月光亭でも、シンタマニを向けられて怖い思いをしたのだ。魔法師というだけで恐怖の対象だった。

 「結局はただの内輪揉めってことだ。最近の軍の動きと関係あるのか知らないけど、そのせいでここらの人は迷惑している」

 スミロは完全にアタパカの人間として話をしている。周りの男たちもそれを不思議に思っていない。帝国の魔法師だった男がこんな土地で何をしているのかという疑問が湧いた。

 「今度はあなたの番。私の記憶では魔法師試験に合格していたはず。ここで何してるの」

 「色々と。王家魔法師の話はよく耳に入るけど、下で働く魔法師なんて誰も気に留めない。単なる粗末事だよ」

 「同じ試験を受けた。少なくとも国家魔法師にはなれたはず」

 「一年の訓練の後、数ヵ月だけね。でも嫌になって辞めた」

 「どうして」

 「最初の配属はアタカマのリナーレスだった。エレナも帝国軍がアタパカで何をしているか見ただろう。罵詈雑言を受け入れてまで続けるべき仕事じゃなくて、両親には手紙で伝えるだけにした。それからはずっとここで暮らしてる」

 私と同じ試験に合格したということから逆算すると、10年弱この土地で暮らしていることになる。スミロは私より3、4歳年上で、人生の舵から手を離すにはまだ早い。国家警備魔法師を続けていれば将来は約束されたも同然だったのだから、アタパカに想いを寄せたというのには何か訳がありそうだった。

 「どうして故郷に戻らなかったの?」

 「それも色々と理由があってね」

 スミロは短く呟いて黙る。教えてもらえる雰囲気ではない。そこで会話は途切れてしまい、私はリディアの手の感触を確かめながら思い当たる可能性について考え続けた。

 「では何かあれば私たちを呼んでください」

 「迷惑かけてすまない」

 到着したのはアタパカでは見慣れた寒村だった。除雪された畑では女性が仕事をしている。彼女らはスミロに気付くと軽く頭を下げた。

 「冬でも農業を?」

 「話した通り、軍の徴発で冬の蓄えをほとんど持っていかれた。急いで冬野菜を育ててる」

 「なんて酷い」

 ステファンが声を震わせる。蛮行の爪痕はこんな場所にも残されていた。厳しい現実を前に、私の脳裏にマティアスとアハトが蘇ってくる。命の恩人が殺されて自分の中で何かが弾けた。その変化が今にまで繋がってリディアと一緒に居る。

 「ここです。少しうるさいかもしれない」

 案内されたのは比較的新しい木造の家で、前置きをしたスミロが玄関を開ける。どういうことかと思っていると、リディアよりも幼い五人の子供が部屋の奥から駆けてきた。スミロを迎えに来たのだろうが、知らない顔を前にそれぞれ戸惑いを見せている。どれもアタパカの子供だった。

 「おかえりなさい」

 「ただいま」

 「その人誰?」

 「お友達?」

 「そうだよ。リディアちゃんって言うんだ」

 矢継ぎ早に質問が飛び、スミロがリディアを紹介する。興味津々な子供から曇りのない瞳を向けられたリディアは私の背中に隠れてしまう。これまで同年代の友達がいなかったリディアは典型的な人見知りである。ただ、年下の子供を前に情けないと私はリディアを前に押し出した。

 「挨拶しなさい」

 「リ、リディア・マルティン、です」

 「リディアちゃんは文字読める?」

 「読めます。お父さんとガヴァネスに教えてもらったから」

 「じゃあ、この子たちに本を読んであげてくれないかい。最近はてぶくろという絵本を気に入っているんだ」

 リディアは不安そうに私を見つめてくる。頭を撫でてやると一度は決心したが、喜んだ子供に手を掴まれると途端に威勢を失う。私が送り出すとそのまま奥へと連れていかれた。

 「この子たちは?」

 「孤児だよ。最近の戦闘で親を失った子供たち」

 「あなたが預かってるの?」

 「どうしてそんな顔を?エレナだってリディアちゃんを助けたんだろう?同じことだよ」

 私とステファンはリビングに通されて椅子に座る。リディアと子供たちは暖炉近くの机で一冊の本を囲んでいる。それを眺めていると多くの子供がシリヴァスタをしていることに気付いた。

 「帝国を見限って乳母の真似事なんて」

 「帝国は今でも祖国だし、望郷の思いはある。あくまで軍のもとでやっていけないと思っただけだよ。知らないというのはあまりにも残酷なことだった」

 「そう」

 口には出さないがスミロの言っていることは理解できる。今では私も同じ穴の貉だった。しかし、明確に過去の立場から抜け出せたわけではない。

 「最後の仕事は、帝国への反逆罪という名目で連行されることになった男から泣き叫ぶ子供を引き剝がすことだった」

 「そんな仕事を国家魔法師が?」

 「男が魔法師だったから呼ばれたんだ。きっとあの親子はまだ再会できてないだろう」

 スミロが温かいお茶を人数分だけ準備する。そうして椅子に座ったスミロは子供たちを見つめて頬杖をついた。あの子供たちも両親と二度と会えない運命にある。

 「罪滅ぼしなんだ。自分のためでしかなくて、これを偽善というんだろう。孤独に苦しむ子供を見ると、親子を引き裂いた感触が蘇ってくる。俺も魔法師だった親父のことは尊敬していたし好きだった。だからまだ故郷に帰るわけにはいかなくてさ」

 「偽善なんかじゃないです」

 ステファンは首を横に振って断言する。だからリディアを見てあんな反応をしたのかと私は納得した。スミロと子供に信頼関係があることはこの短時間でよく分かった。向こうではリディアが抑揚のない声で朗読を続けている。

 「いつまでこんなことを?」

 「あんな子供たちが居なくなるまで。あそこの全員、凄惨な過去を経験してきた。戦いで親が帰ってこなかっただけじゃない。中には母親が乱暴されて殺されるところを目の前で見ていた子もいる。どうして知らない振りができる?俺もほんの昔までは傷つける側にいたんだ」

 「じゃあラテノンにつけばいい」

 「ラテノンだって理想とは程遠い。彼らの目的は帝国支配からの脱却。それがアタパカの人々を救うことに繋がるというけど、現状を見ているとそうは思えない。実際、ああいった子供たちは置き去りにされてる」

 スミロの考えはアントンと似ていた。これからアタパカはさらに大きな危機に晒される。今でも地獄めいた光景が広がっているが、これは始まりに過ぎないとアントンは警鐘を鳴らしていた。そうなればあの子供たちにも再び悲劇が訪れる。

 「エレナはこれからどこへ行くんだい。リディアちゃんを連れて冬の旅なんて無謀だと思うけど」

 「あの子は私が守る。心配いらない」

 「屋敷に来た魔法師が母親のクラウディアによるものなら、リディアも追手に狙われてることになります。ラテノンに預けるまでは守らないといけない」

 私の不愛想な回答にステファンが補足する。すると、スミロは難しい顔で考え込んだ。この旅がリディアにとって過酷なことは私も十分に承知している。

 「行き先は?」

 「教えられない」

 「聞き方を変えようか。目的地はピアか、それともその先か?」

 鎌かけが通用すると思っているのか。スミロはこの私から情報を引き出そうとしていて、絶対的な自信があった私は真っ向から勝負する。数秒間の沈黙の後、スミロは笑って緊張を解いた。

 「ピアまでの安全な道は知ってる。協力できるよ」

 「誰がピアだと」

 「彼の表情が変わった。私もリディアちゃんが心配なだけだ」

 ステファンは自分の顔を触って首を傾げる。その呆けた顔にため息も出なかった。

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