のびしろ
「たかが数十年の人生、その序盤の序盤。我々はまだ17年ほどしか生きていない」
自習時間。あまりに暇だったので、近くの男子相手に進路を決めるのが面倒だ、という愚痴をやや大仰に語ることにした。
「我々は、お世辞にも正常な判断能力があるとは言えない、高校生という生き物」
「ははっ」
「確かになー」
「残りの人生を左右するような、そんな重要なことを決定させないでほしいとは思わんか?」
「マジでそれ。お前、教祖とか向いてそう」
「いや、進路希望調査ってそーいうもんだから」
ここで1人、空気を読まずに正論を飛ばす者ありけり。
我が親友、救間ヶ原だ。
「正論は非表示。私は信者のコメントにしかリプ返せんぞ」
「終わってんな」
モラトリアムのためにも、ここは特に何も考えずに進学。
いやいや、即座に就職というのも案外魅力的だ。
しかし大学を出ておけば給料が違うとも聞く。資格を取るに越したことはないとかも。
「そういうお前は、進路は決めたのか?」
「僕は両親ともに医者だから、医学部のある有名な大学に進学する」
「それ。それもあるのよな」
「いや、お前にはそんな未来はねぇよ」
「違う。そういう意味では……いやお前っ、仮にも親友に対してそれは、おまっ、おまぁ」
誰もがなりたい夢を叶えられるわけではない。
現実は非情だ。それが早いうちにわかるという点では、ある意味では慈悲深いけど。
親ガチャ、なんて言葉が若者の間で流行したのは記憶に新しい。流石に私はそんな言葉は遣わないが、確かに親の思想や経済力というものは大事だ。
所詮は未成年、保護者の管理下から逃れる術は無し。
「じゃあ、どういう意味だよ」
「貧乏な我が家の財政を考慮すると、進学は厳しい。が、私にだって進学する権利はある。という意味だ」
「なるほどな。奨学金とかもあるし、僕ほどじゃないけど頭は良いんだから、推薦とかも狙えるんじゃね?」
「言葉の端々にあるトゲが、やわらかいところに刺さってしまったんだが」
「非表示にするのが間に合わなかったのか?」
殴られてからガードを上げても仕方ない。
しかしコイツの言う通りだ。その気になれば、広告に力を入れていない大学に入ることは容易い。
その先の、その先の先の未来が浮かばない。最終目標が無ければ、その途中ばかりを考えても仕方ないだろう。
究極完全態・グレート・モスになる、という目標もなく、取り敢えずプチモスを召喚する人間は居ないのだから。
「あ、進路相談室に行ってみれば良いじゃん。仕事の本とか、大学のオーキャンのチラシとか、色々置いてあるよ」
「よし。進路相談室の回し者の言葉を信じてみようか」
「別に案件貰ってねぇよ?」
既に未来が決まっている親友に別れを告げ、進路相談室に向かう。教室を出て割とすぐの場所にあるので助かるな。
到着すると、既に何人か先客が居た。気にせず本でも探そう。
「先輩、ここの大学とか良いんじゃないですか。割と近いですし」
「でも、近いと引っ越す理由が薄くなっちゃうよねぇ」
「別に良いじゃないですか。私と会いやすい、という利点もありますよ」
「あはぁ。確かにそうだねぇ」
ここはカップルが物件選びをする場所じゃないぞ!!
と声を大に、いやダイナミックに叫びそうになったが、女子2人が、控えめな声でオーキャンのチラシを見ているだけだった。
確か、隣のクラスのめちゃくちゃ美人な子だ。容姿や知名度なんかも、将来を選ぶ上で大事になってくるかもしれない。
家庭、金、知能、スペック、やる気、努力する才能。
人はやりたいことをやるのではなく、自分ができることの中からマシな選択肢を選んでいるだけなのかもしれんな。
「建築士、漁師、電気工事士……。教師、自営業……」
壁一面に並べられた、多種多様な職業の本をじっくりと眺める。
聞いたことのあるものから聞き馴染みの無いものまで、実に仕事というものは奥深い。
「むっ。……教祖、のなり方?」
高校の進路相談室にあっていいのか、これ。
いやいや。時代は令和、職業差別などあってはならぬこと。多くの人を救う、実に素敵な職業ではないか。
アイツの目指している医者と、救うという点では相違無いと言っても過言ではあるまい。いや過言か?
「教祖に向いてる、とさっき言われたばかりだしな。ちょっと見てみるか」
こうして私は、神への第一歩を踏み出したのであった。
作者もよくわかってません。