異世界へようこそ
空が途方もなく青かった。知らない天井ならぬ、知らない青空ってか。ひとまず仰向けになって気絶していた事に気づき、俺は意識を取り戻した。
ここどこだ?屋外だけど地面じゃない、これは赤茶の瓦・・・そうか瓦屋根だ。なぜか俺は屋根の上にいる。
少しずつ状況を把握する。もっと辺りを見渡すんだ。しかし見渡しても理解が追いつかなった。どうやらここは街だった。だが俺の住む街でも、俺の知る街でもない。写真やテレビでしか見た事のない風景、中世ヨーロッパのような街並みが広がっていた。
格式のある建物、活気ある露店、奥の一画には城壁とそこにそびえ立つ西洋風の城もある。屋根から下を眺めると道行く人々もいる。
ここまできたら予想はしていたが、彼らの風貌も現代人のそれとは大きく離れていた。
歴史の教科書でしか見た事ないような町人の服装。小さい頃、ロールプレイングゲームで何度も散策した城下町の世界観そのものだった。
「働きすぎて変な夢でも見てんのか?」
希望的観測でそんな事も言ってみたが、身体に感触や痛みの感覚があり、その可能性も否定された。
普段、テレビや映画を見ずエンタメに疎い俺でもこの状況は聞いたことがある。正直、起きた瞬間の肌感覚で早々に感づいていたが・・・
「異世界転生・・・いや異世界転移ってやつか」
もうその辺の細かい事はどうでもいい。元の世界に戻るにはどうすればいい?この状況で死んだら俺はどうなる?このままここで生きる?冗談だろ?
屋根の上で俺はあらゆる未来を考えた。まずこの世界を理解しないと合理的な判断などできやしないなのに、実に今の俺はテンパっている。
誰かに助けを求める?この異世界にスーツ姿の風貌で斬りつけられないか?
もう選択の余地はなかった、誰かに泣きつきたい、助けを求めたい。屋根の下の道行く人に声をかけようと歩みだした時、足元の瓦が外れ、足をすくわれた俺はそのまま屋根を転げ落ちた。
「何だ!?貴様は!?」
屋根から落ちたさきは数人の男たちが話し込んでおり、俺は一人の男の上に落下していた。
そりゃあ突然、上から成人男性が降ってきたんだ全員仰天してパニックに陥った。数人の男は甲冑というか何かの防具を身に着けている。兵士ってやつか、腰には剣まで帯同してやがる。
「屋根から攻撃してきたぞ!」
「職務妨害だ!捕らえろ!」
「きっとこの者の仲間だ!こいつも軍や女王に歯向かうつもりだ!」
「いや!これはっ!わざとじゃないんです!屋根から滑って転んで・・・」
もう最悪だよこの異世界転生。もう良くない展開じゃん。
兵士たちと対峙していたのは白髪に白ヒゲをたくわえた気の弱そうな一人のジイさんだった。どうやら俺が落下する前から大揉めしていた事がうかがえる。
「この男などワシは知らん!今の暴行はワシは関係ないぞ!」
暴行って・・・、いきなり傷害罪っすか・・・。
助けを求めようとしたのに、もう周りは敵だらけってかい。あっという間に3人がかりで取り押さえられて、後ろ手の状態にされ、床に伏せさせられた。上から3人に押さえられたら、もうビクともしない。
抵抗する気は失せた、泣きそう。
ジイさんと兵士は再び口論しだした。
「貴様の税金の滞納はもう見過ごせぬ!女王様の発令にしたがい税の滞納者は厳罰に処さねばならない!」
「頼む!もうあと1か月待ってくれんか!?税金が高すぎて今のままじゃ到底払えぬ。我が家の稼ぎ手はここの宿屋の稼ぎだけじゃ。いくらこの宿屋で稼いでも、ワシは持病もあって医者への金も莫大にかかって生活が立ち行かんのじゃ。」
兵士は聞く耳を持たない。
「その税金が我が国家そのものを維持している。貴様の病など知ったことか!医者への報酬が高額なのは当たり前だろう!国家が関わる事ではない、自己責任だ!」
「ワシと同じようなジジイ達、病気がちの子を持つ親達も医者への費用を払えずに命を落とすものまでいる。国家はこの現状を見て見ぬふりをするのか!」
ジイさんは烈火のごとく反抗したが、兵士は一蹴した。
「ええい!今の発言は国家への反逆罪に値する!強制送還だ、捕らえろ!」
たちまちジイさんも麻紐で後ろ手に縛られた。
さっきから聞捨てならない事があった。
「おい!今の会話はどういうことだ!?このジイさんは『健康保険料』を払ってないのか?」
全員がキョトンとしている。口走ってから流石に気づいた。この世界に対して健康保険料は通じるわけないじゃん。
だが俺は社労士として興味本位の赴くままにそのまま会話を続けてしまった。
「医者への費用、つまり医療費は『社会保険』によって国家によって国民に対し保障すべきものだ。まさかこの国には『社会保険制度』そのものがないのか!?」
「さっきからゴチャゴチャと何を抜かしておる!」
「どうやら俺にとっては最悪の国だな!社会保険が無いだと!?ジイさんのような不幸者が出るのも必然だ!国民を守る社会保険がない国には未来も希望もありはしない!」
兵士は完全にキレた。気づいた時には俺の頬に拳が飛んでいた。
やっぱり痛い、夢じゃない。
地面に伏せまたも薄れている意識の中、視線の先に俺を見つめる者に気づいた。路地裏の影、着込んだ長いコート、というよりローブってやつ?
長い髪の毛・・・女か?そこで意識は失われた。