13 3日目
夜も更けた頃。
魔法道具の煌々とした光が漏れるレイノルドの使用人部屋から出て来たスティーフが、室内を振り返り丁寧に頭を下げる。
「すみません、こんな遅くまで」
「ううん、俺も学び直せるから。寧ろありがとう」
今夜はスティーフからの要望で、仕事終わりに使用人業務についての疑問点を解消するための勉強会をしていたのだ。ノートと鉛筆を持参したスティーフがとても熱心にレイノルドの説明を聞いてくれるものだから、ついついレイノルドも調子に乗ってあれもこれもと話しすぎてしまい、ひと段落つく頃には大分良い時間になってしまっていた。
本当は今夜、レイノルドはもう一度だけ、…これを最後の最後だと銘打って再度例の場所へ出向こうかと考えていたのだが、もうとっくに先日事が起こったと思われる時刻は過ぎてしまっている。
今から確かめに行くか?と思わない訳でもなかったが、今夜スティーフとはずっと時間を共にしていたわけだから。それがもう答えのような気がしていた。
信憑性は薄いけど、ニカさん曰く昨夜庭からスティーフの匂いはしなかったらしいし、そもそもあの日俺はスティーフを二人見たというあり得ない状況になっているのだ。もう悪い夢だと結論付けて、その他の有益なことを考えた方がマシな気がしてきた。
うん、そうだよな。ちょっとドジなところもあるけど、優しくて素直で努力家で、いつもこっちを安心させてくれるような顔で微笑んでくれるスティーフが、夜な夜な侵入者を追い掛け回しては銃で撃ち殺すだなんてそんなことあるはずないよな。俺ももしかすると、初めての屋敷勤めで少し疲れが出てしまっていたのかもしれない。
侵入者の存在については、ルイス様と出会った時の事もあるし…、今更改めて言うことでもないかもしれないけど今後のためだ、どんな対策をしているかだけでも聞いてみよう。
よし!悩むのはもう終わり!昨夜は図らずしも床で寝てしまったから、今日はしっかりベッドで疲れを取るぞ!
正直まだ色々引っかかるところはあったが、それを疲れのせいにして一旦頭の片隅に押しやったレイノルドは、幾分かスッキリした頭で休息をとろうと意気込んで、
ふと、先程までスティーフが座っていた椅子の上に、レイノルドのものではない筆記具がポツンと置き去りにされているのを発見した。
「スティーフの忘れ物…?」
深い緑色で縁取られたその鉛筆を手に取って、先程のスティーフの手元に合ったものを薄ぼんやり思い返しながら呟く。
もう遅いし返すのは明日でもいいかと一瞬思いかけたが、スティーフはたった今ここを後にしたばかりだ。まだ近くに居るかもしれない。
レイノルドは余り深く考えないままに自室の扉を開け、軽く左右を見回す。魔法道具による部屋の明るさに慣れていたせいか、そこから覗く廊下は静寂も相まって吸い込まれそうな闇一色だった。当然スティーフの姿は目視できない。
子供ではないのだ。この歳で暗闇が怖いなどと情けないことを言うつもりは無い。が、しかし…。
レイノルドは度重なる夜の記憶を思い出して、一応自身の頬を強く抓っておく。
うん痛い。
今は夢の中じゃない。
明かりも無いままに影へと踏み出した足は、一瞬でそれと同化するように輪郭を暗く溶かした。
*
「確かスティーフの部屋はこっちだったよな?」
レイノルドが使用している使用人部屋は、彼が臨時雇用であるためか、スティーフなどの元々屋敷に勤めている使用人達の部屋からは少々離れた位置にあった。
そしてそこへと行くには、昨日も一昨日も通った例の場所を通過するわけで。
結局かよ…。と眉間に小さく皺を寄せながら、しかし複数の窓があれば外に目を向けない訳にもいかない。
レイノルドは月明かりが優しく差し込むその窓枠から、恐る恐る階下の庭を見下ろした。
闇と静寂が支配するその空間は、レイノルドが想像する何の変哲もない夜を象徴するようにただそこにあった。
一定時間だけではあるのだが、実際に人影などが無い事を確認出来たレイノルドは、あの二晩の出来事が夢であるという認識を少しだけ強固なものにする。
無意識な安堵感からホッとため息を吐いた、
瞬間、
──タン
それは、遠くに聞こえる微かな足音だった。
気を張っていたからか、はたまたこの静けさ故によく響いただけか。普段なら聞き逃してしまいそうなそれへ、レイノルドは敏感に反応した。
バッ!!と、勢いよく音の発生源へと振り返る。
外ばかりを注視していたから気付くのが遅れてしまったのかもしれない。目を向けた先、やや離れた位置で目視できたのは人の影。
いつの間にか月は雲で覆われてしまっていたらしい。徐々に晴れ、真昼のようだと錯覚しそうになる青白光が窓枠をゆっくりとくぐり抜けてその姿を鮮明に映し出す。
真っ先に見えたのは後頭部だ。その人はレイノルドに背を向けて歩いていた。
頭の形に添うように綺麗に切りそろえられた、光を反射して眩しく輝く金色。
──それは、先程まで一緒に居たスティーフの髪だ。
何だスティーフか!良かった、追いつけたんだ!
無意識の内緊張に強張っていたらしい肩の力を抜いて、スティーフの部屋を訪ねる前に会えたことを嬉しく思ったレイノルドは、その興奮のまま彼へと声をかけた。
「スティーフ!」
シンとした通路に反響する声。歩みを止めたスティーフと、彼に向かって駆け寄るレイノルド。雲から徐々に顔を見せていく月の明かりが、じわじわと両者の全身を照らしていく。
あれ?
レイノルドは、目の前の人物の姿が明瞭になっていくにつれて増す違和感に、まるで近づくのを躊躇うかのように足を動かす速度を緩めた。
──服が、さっきまでのメイド服じゃない。
そう。視線の先に居る人物は、レイノルドのものと似通った男性用の使用人服を纏っていた。
見慣れたキメの細かい頭髪をサラリと揺らして、その人はゆっくりと振り返る。
途中、夢で侵入者と戦っていたスティーフは確か男性用の使用人服を着ていたよな…、とそんな考えが頭を過って、レイノルドの心臓が嫌な音を立てた気がした。
背丈、体格、頭髪、顔の作り、瞳の色。
違いを探せと言われても回答に困ってしまう程に、見かけ上目の前の人物を構成する全部が全部、レイノルドが持つ記憶の中のスティーフと瓜二つだった。
しかし絶対にスティーフからは向けられないような攻撃性を秘めて細められた瞳が、容赦なくレイノルドを突き刺す。
「…『スティーフ』?」
レイノルドの言葉を復唱しただけのその声も、スティーフと全く同じ。
得体の知れないものを前にしたような混乱と緊張から、レイノルドの全身に薄っすらと冷汗がにじむのが分かる。変だとは思った。しかし、自身の手の甲に立てた爪による痛みが、これは夢ではないのだと鮮明に現実を突きつけてくる。
…でも、だとしたら。これが夢ではないのだとしたら。
目の前の彼は一体スティーフ以外の何だというのだ。
「……鉛筆を、忘れ、
──っ!!」
一瞬だった。
疑念を持ちながらではあったが用件を伝えようとしていたその言葉も言い終わらない内に、素早い動きで急に距離を詰められたかと思うと、そのまま乱暴に胸倉を掴まれ壁に押し付けられる。反射的に「ウグ…ッ」と苦しげな声が胸のあたりから上がって漏れた。
それから間を置かず顎に強く押し付けられた硬い何かは、この状況から予測するに、多分銃だ。
「──会って数日で呼び捨てとは、…随分ナメた野郎だなァ」
「ぃ…っ、」
「…ルイス様は勿論、ランドルフさんやスティーフに何かしてみろ。
俺はいつでも、お前を殺せるぞ」
スティーフの見た目をした誰かから向けられる冗談でも何でもない純粋な敵意と殺意に、本能的に身体が竦む。
そんな張り詰めた空気だけが満ちるこの空間を切り裂いたのは、咄嗟に抵抗の言葉さえも発することが出来なかった俺ではなく、静寂に良く響く第三者の足音。
小気味よいテンポのそれは段々と音量を増していき、そして、
「っ、…セシル様!?」
「スティーフ…」
俺を押さえつける対面の彼が声の方向を横目で見てボソリと呟いた通り、驚愕の声を上げて俺達の元へ近づいてきたのは、透けるような金糸と、鮮やかな水色の瞳、そして見慣れたメイド服を着たスティーフだった。
「──双、子?」
「違う」
現状を表すのに最も最適だと思った単語は、スティーフのそっくりさん、…偽スティーフの方から即座に否定される。
じゃあ何なのだ、とレイノルドが余計に勘繰らずにはいられない程、彼と、彼の否定を聞いてやや気まずそうに眉を下げるスティーフの姿は似すぎていた。
それを見たレイノルドは今になって、いつかルイスが言っていた『見分けがつかない』の意味を正確に理解することとなったのだ。
ルイス様は確実に、この二人の事を言っていた。
知ってたなら教えといてくれよおお!まあルイス様としては俺が知らないとも思ってなかったんだろうけど!ってそうだよ!何で教えてもらってなかったの俺!?
スティーフが来たことで気が削がれでもしたのか、偽スティーフは掴んでいたレイノルドの襟ぐりから乱雑に手を離す。レイノルドは投げ捨てられるようなその動きに咄嗟にバランスを取ることが出来ず、そのままよろけて床に膝をついた。
「レイノルドさ、」
「スティーフ!! そいつに近づくな」
「…ぁ、」
俺に駆け寄ろうとしたのを偽スティーフからの鋭い視線と声で止められたスティーフは、吐息のような了承の返事をしてから縮こまるようにして視線を下へと向ける。
その短い言葉のやり取りで二人の力関係が垣間見えたような気がしたところで、
コツ、
と、この場の誰のものでもない革靴の音が聞こえた。
「手を出して良いとは言っていませんよ。セシル」
セットされていない焦げ茶色のくせ毛と、カッチリと一部の隙も無く着込まれた漆黒の執事服が若干のアンバランスさを醸し出す。
深夜であるにも関わらず昼間よりも眼が冴えているような表情をしながら、しかしやはりどこか色気すら感じられる物憂げな仕草で人一倍長いその脚をこちらへ進めてきていたのは、
「ランドルフさん!……すみません、俺、」
「気持ちは分かりますけどね」
苦い顔をする偽スティーフの肩を通りすがりに軽く叩いた男──ランドルフは、膝をついてしゃがみ込むレイノルドの前で立ち止まり、その高身長から酷く高い位置で見下ろした。
「さて、なんだか久しぶりに顔を見た気がしますね。
こんばんは、レイノルド」
「ランドルフ、さん」
気遣わし気にこちらを見つめるスティーフと、同じ顔なのに正反対の敵意に塗れた視線を送って来る偽スティーフ。
そして、珍しく意識が覚醒している様子のランドルフさん。
こんな夜更けに、(スティーフは仕方ないとしても)まるで業務中であるかのようにしっかり仕事着を着込んで揃った彼らを見て、レイノルドは先程まで忘れようとさえしていた『ここ数夜』の出来事が自分の見た夢でも妄想でもないただの現実であるという可能性を、徐々に確信へと変え始めていた。
「……毎夜、侵入者を撃退していたんですか」
「察しが良くて助かります。主人は多方面から狙われやすいお方ですから」
「…わざわざ、そのことを俺に隠す必要性を感じません。言って下されば俺も何か協力でき、」
「私達はあなたを信用していない」
逡巡の余地なく告げられた部外者への線引きと、その後すぐ続けられた、「何らかの目的でルイス様に近づいたスパイだと疑ってもいます」との逆に気持ち良さも感じられる明け透けな疑心に、レイノルドは思わず呆気に取られてしまう。
「今回あなたにこれを言おうと思ったのは、2回も現場を見られ、夢と誤魔化すには流石に少々無理があるのと、…今後ニカとあなたとの接触が増えそうでしたので、情報が伝わるのも時間の問題と判断したからです」
正直夢として誤魔化されかけてましたけど…、というのは置いておいて。
「じゃああの二晩、やっぱり俺は意図的に誰かに意識を失わされて…、」
言いながら、昨夜夢(と思っていた現実、つまり俺の意識)が途切れる直前に見たメイド服を思い出してスティーフに目を向けると、彼はビクリと一際大きく肩を揺らして驚いた後、慌ててレイノルドの視線から逃げるようにその大きく見開かれた瞳を床へ落とした。
え?う、うそぉ…。
「スティーフにはあなたの監視を頼んでいました」
もうほぼ答えは分かっているのだけれど、居心地悪そうに黙って縮こまるスティーフの代わりに、ランドルフからの模範解答が淡々と告げられる。
聞けば、流石に初日は俺がルイス様と接触できる(無理矢理鍵を開ける)とは思っていなかったようで、その日の朝食時だけはフリーだったみたいだけど、それ以外の業務中は基本的にスティーフによって俺が何か悪さをしないか見張られていたらしい。
…食事を準備する度あんなに熱心に見つめてきていたのも、お腹が減ったとか作り方が気になるとかそういう事じゃなくて、俺がルイス様の食事に毒を盛らないか監視してたんだな。今になって色々と思い当たる部分もある。
『スティーフは、自分に自信が持てていないみたいだけど、俺はこの屋敷にスティーフが居てくれて良かったと思ってるよ。
こっちこそ、ありがとう』
…そりゃあ、何も知らない俺からそんなことを言われて純粋に喜べるわけも無いか。微妙な顔にもなるわけだ。
「情報が伝わると言っていましたが、ニカさんは協力者ではないんですか?」
「侵入者の撃退には協力させていますよ。しかしこちらの都合は話していません。弱みを握ったと思われても困りますし」
「都合?」
引っかかった単語を何も考えないまま復唱すると、少しの沈黙の後、ランドルフがおもむろに一歩、レイノルド側へ距離を詰めて、
──次の瞬間、スラックスでスタイルよく覆われた黒脚がすさまじいスピードでレイノルドの顔面横スレスレを通り抜け、背後の壁でドンッッ!!と大きな振動を響かせて止まった。
タラリとこめかみを伝った冷汗をそのままに、レイノルドは壁から生えている状態の長い足をこれでもかという程ゆっくり目線で追ってぎこちない動きで最終到達点を見上げる。
そこには、上げた足と反対側の腕を同じく壁につけ、まるでレイノルドを囲い込むようにして背を丸めるランドルフが変わらずこちらを見下ろしていた。先程よりも若干顔が近くに来たことで、表情の読めないそこからより一層圧迫感や威圧感のようなものを感じる。
知らず、レイノルドはゴクリと唾を呑んでいた。
「ルイス様はお優しい方です。人を傷つけることを良く思わない。ですから、私達が毎夜やっていることをあの御方は知りません」
抑揚のない淡々とした物言いは変わらない。しかしその感情の揺らがなさがレイノルドには逆に恐ろしく思える。
侵入者に対する処遇、もう少し詳しく言えば殺人や捕獲…?をルイス様に知られたくない。
それがランドルフさん達側の都合。
そして二カさんは、侵入者を排除しながらもそれが誰かに秘密にされていることを知らない。きっと日常生活の一部、くらいに思っている筈だ。
『オレはここに入ってくる奴捕まえてる~』
…うん。言ってた。思い返せばニカさん、隠さずオープンに言ってたわ。あの時の俺は、てっきりニカさんは野生動物を捕まえているものだとばかり…!
きっと今朝した質問も、『スティーフの匂い』って特定の個人に限定したものじゃなくて、『人間の匂い』とか大きな範囲で聞いていれば答えにグンと近づけていたのかもしれない。
しかし、それに自分で気付く前にランドルフさんが敢えてこうして教えてくれたのは、
「…口止め、ですか」
「はい。口外するなら、それなりの覚悟をして下さい」
ランドルフはその身体の何処に隠していたのか、レイノルドが見慣れない長さをした銃を取り出して、レイノルドの額にその銃口を突き付けた。長い銃身であるにも関わらずランドルフによって片手で照準を合わされたそれは、それなりの重さがあるに違いないのに一切ブレる様子が無い。
本当ならきっと身一つでレイノルドを無力化することも容易いだろう。しかしそこでわざわざ武器を持ち出す分かりやすい脅迫に、レイノルドの喉奥がヒュ、と小さく鳴った。
「疑わしい真似をするようなら、即刻撃つ」
この屋敷は物騒だ。
それに尽きる。
夜の屋外でレイノルドがスティーフだと思って見ていたのは、『セシル』と呼ばれるレイノルドの知らないスティーフのそっくりさんで。彼とランドルフ、ニカの三人は、毎夜屋敷の警備をし侵入者の撃退をしているというのだから、レイノルドが偶然目にしたのが偽スティーフの戦闘シーンだったということも説明がついた。
ランドルフは恐らくそれで、昼間は眠たそう…というか堂々と寝ていたのだろう。特に昼、ルイスの付き添いや何か執事としての用事が入ったとすれば単純に考えて休む暇が無く、寝不足になるのも頷ける。そんなランドルフの代わりに、突然現れたわけのわからない平民上がりの執事が何か屋敷にとって不利益なことをやらかさないかを監視する役を言い渡されたのが、唯一夜警に参加しておらず、昼間に動くことが出来るスティーフというわけだ。
そして、そうした事実がレイノルドに勘付かれる可能性が出るや否や、先手を取ってこのように物理で脅しにかかる。解決手段も物騒極まりない!!
…でも、でもさ。
「安心、しました」
「……は?」
思わず零れたような、状況に似合わないレイノルドの言葉に、ランドルフは訝し気に眉を寄せる。
セシルとランドルフ、二人から二回も間近で銃を突きつけられておいて、レイノルドだって恐怖が全く無いわけではない。しかし、それを超えるある種の高揚のようなものがじわじわとレイノルドの身体を侵していっていた。
「主人を第一に考え、主人のために行動すること。それは使用人にとっての理想で、本望で、最も大切な心構えで、…そして誰しもが容易に出来ることではありません」
色々使用人として欠けている所があると思っていたけど、ルイス様への忠誠心はしっかり持っているようで安心した。ルイス様が使用人の事を拒絶しているから、もしかすると使用人側もそうなんじゃないかと薄っすら思わなくも無かったから余計だ。
大丈夫。この人達ならルイス様も歩み寄れる。
「急に屋敷に招待された俺を疑うのは当然ですし、信用できないのも理解できます。寧ろそれが正しい」
保身しようとしない俺を、より一層警戒を増した目で見たランドルフさんに苦笑を返す。
信用、信頼、そんなものは要らない。
元々平民の出なのだ。家柄も分からない、どこの馬の骨かと思われて信頼度が最低値なのは承知の上。覚悟が出来ていたというのもある。
だから、
「俺自身への信用なんて無くていいです。
…でも、俺が持つ知識は、信頼できる場所で尊敬できる方達から教わった正当なものです」
レイノルドは緊張から大きく鼓動する心臓を押さえつけるよう上から手を当て、まっすぐに頭上を、正しくは頭上にあるその赤胴色の瞳を見据える。
ピンと張った意識と共に背筋も伸びたのか、額の銃口を少し押し返したようで、先程まで微動だにしなかったランドルフさんの腕が微かに揺れたのが分かった。
「俺は臨時の執事としてルイス様に雇われました。
ならば俺は、俺を執事にしてくれたルイス様のためにその役目を全力でやり遂げる。最善と思う結果へ繋がるように、最大限の努力をしてみせる。
貴方たちは俺自身でなく、俺の執事としての知識とプライドを信じて下さい。
今よりももっと、主人の役に立ちたいと思っているのなら!」
膝をついて、何ならこの場に居る全員を見上げている状態なのにも関わらず、何様だと一蹴されるような酷く上から目線の言葉。
初めてルイスの部屋の鍵を開けたときから、レイノルドの初心は変わっていない。
彼らを、ルイスが頼ってもいいと、心を許してもいいと少しでも思うことが出来るような一人前の使用人にしてみせる。レイノルドが居る間にそれをやり遂げるのが難しくても、せめてその兆しを植え付けてやる。
目標からして随分上から目線なのだ。口から明かされる本心が傲慢で無い筈がない。
案の定、ランドルフからは不快さを隠さない視線が向けられて、少し離れた場所に見えるセシルからは依然気を許していないことを示す睨みをきかせられる。唯一こちらに敵意らしい敵意を向けていないスティーフも、レイノルドの発言への戸惑いに瞳を揺らしているようだった。
──ああ、ここは俺の想像以上に良い職場かもしれない。
銃を突き付けられている現状に到底見合わないことを思いながら、レイノルドは心臓の奥底から湧き上がってくる弾けるような期待に、微かに口端を上げた。