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11 3日目


【3日目】


「──ッ!!」


覚醒と同時、ガバッ!と勢いよく跳ね起きる。あたりには微かに日光が差し込んでいて既に明るく、早朝らしい清涼な空気が肌をひんやりと撫でていた。


手を付いた先にあるのは硬質な床の感覚。

真横には昨夜自室から持ってきた椅子が置かれたまま。


レイノルドが目覚めたのは、昨夜の記憶が途切れた場所と同じ例の通路であった。


「…スティーフが、増えた。…いやいやいや」


呆然と零して、その現実味の無さに半笑いで首を振る。

確かにレイノルドが振り返ったあの瞬間、目の前に居た誰かは見慣れたメイド服を着用していた。暗くて顔こそよく見れなかったが、この屋敷でメイド服を着ている人なんてスティーフの他には知らない。


…だけど、直前までスティーフは外に居たんだ。

瞬時に移動したり、ましてや分身したりなんてそんなこと、とても現実的じゃない。


これも夢なのか?確かに昨夜は外を見ている途中で一瞬寝落ちてしまったけど…。自分ではギリギリ起きれたつもりで、本当はあれからずっと夢を見ていたのか?

…ああもう!夢かそうじゃないかを確かめるために見張っていたのに、これじゃあ何も解決してない!



レイノルドはすぐさま自室で執事服へと着替え、その足で昨夜侵入者とスティーフが揉み合っていた場所へ向かった。しかし前回と同じく、血痕や武器痕などの分かりやすい戦闘の証拠は当然見当たるはずも無く。


「だよなぁ…」


思わず肩を落として項垂れたレイノルドだったが、実はもう一つだけ当てがあった。


…それはここからそう遠くない位置、雑草の生い茂った地面でスヤスヤと寝息をたてているニカだ。


レイノルドは目視できる場所に居る彼を躊躇い100%の視線で数秒見つめて、しかし最終的に背に腹は変えられぬと意を決し、そろりそろりと足音を潜めながら彼の元へと近寄る。

ゆっくりした動きであっても1分と経たずに辿り着けたそこで、胎児のように丸まって眠るニカを恐る恐る上から覗き込んで…、


「ニカさ──、」



ジッとこちらを捉える、まるで畑に設置するカラス避けみたく無機質な黄眼と視線が合わさった。



「ぎゃっ!!」


思わずレイノルドが驚愕の叫びをあげて仰け反るが、対するニカは特に何の反応も示さないままぼーっとレイノルドの方を見つめ続けるばかりだ。

重なる沈黙をレイノルドが不思議に思い始めた頃、ニカは一度ゆっくりと目を伏せて、


次の瞬間再び開かれたそれは別人みたく甘ったるい弧を描いていた。

その雰囲気と妙にマッチする少しだけ間延びした特徴的な話し方が、にんまりとこれまた緩められた口から飛び出す。


「レイちゃん、オレに会いに来てくれたのぉ? 毎日嬉しいなぁ」

「お、起きてたんなら言って下さいよ…」

「今起きたんだよぉ? レイちゃんの匂いがしたから」


「そう!! それです!! 匂いの件で少し聞きたいことが──っとわあっ!? 危ねーー!!」


少しだけ身を乗りだしたところで急に抱きつかれそうになり、レイノルドは咄嗟に体を捻って回避した。

対して、抱きつこうとした側のニカは不満気な顔でレイノルドを見上げる。


「何で避けるのぉ?」

「色々な危機を感じましたので!!」

「そうじゃなくてぇ、何で何も反撃しないの? 手も足も全部避けること無いのにぃ」

「あ、そっちでしたか」


バシン!!

一切の躊躇も容赦もなく繰り出されたレイノルドのビンタを顔面に受けたニカは、「あっ♡」と恍惚の声を漏らし快感で身体を震わせていた。楽しそうで何よりである。


ひとまずニカが大人しくなった事を確認してから、レイノルドは再度問いかけてみる。


「例えば昨夜、庭に存在した人の匂いを感知することは出来ますか?」

「夜の匂いならまだ濃いよぉ?」

「…それなら、その中にスティーフのものはありますか?」

「スティーフちゃん?」


野生動物でもあるまいし、「鼻が利く」だなんて普通に考えて意味不明だ。信憑性があるとも思えない。

しかしニカは、レイノルドとの初対面時「ルイス様の薄い匂いがする」などと、見聞きしていない筈のレイノルドとルイスの接触を言い当てて見せた。勿論適当に言った可能性もあるし、偶然当たっただけかもしれない。

気休め感は拭えないが、しかし、昨夜の出来事が夢か現実か自分で突き止められなかった今、レイノルドは少しでもどちらかの証拠が欲しかった。


目を伏せ、空気を嗅ぐような仕草をしているニカをドキドキしながら見つめていると、



「無いねぇ」



端的なその返答に、レイノルドの口からは安堵か落胆かよくわからない吐息が漏れ出る。


あの数夜の出来事はやっぱり俺が見た夢でしかないのか?…でも、あんなリアルな夢、今まで一度だって見たことがない。現実だって言われた方が逆にすんなり納得出来るくらいだ。

……現実…、だとしたら、例えば誰かが魔法でスティーフの姿に成り代わっていた、とか…?…いや、何のために?というかそもそも、他人に姿を変える魔法なんて存在するのか?

こんな事なら魔法の勉強もしておくんだった!!


結局ニカの意見を聞いても、レイノルド自身がニカの能力を全面的に信頼出来ていないために完全に迷いが晴れるということは無い。

変わらずどっちつかずなこの状況に悶々と頭を悩ませられるレイノルドは、少しばかり注意力が散漫になってしまっていた。


だから、

少しの衝撃と、景色の反転、そして背に空を背負った男の表情を見ることで漸く理解することが出来たのだ。


自分が今、ニカに押し倒されてしまっているという事実を。


「──…スティーフの姿になれたりとか、します…?」

「だぁい丈夫。 最終的には顔なんてどうでも良くなるくらいヨくしてあげるからぁ」

「そういう意味で聞いたわけじゃなかったけど怖っ!! 離れてくだ…さいっっ!!」


ニカの身体を突き飛ばそうとする腕は瞬く間に強い力で一纏めにされ、胴体は乗り上げられた彼の自重で思ったように動かない。

それでも初対面時の時のように何とか抜け出そうと身体を捩るが、甘く見られていた前回とは違い、ニカの腕や胴が揺らぐことは一切無かった。


レイノルドは完全に油断していた。

以前襲われかけた時に形勢逆転出来たり何だかんだ話が通じるような経験もあったために、最悪の事態にはならないだろうと無意識下で考えていたのだ。

しかし蓋を開けてみればこの通り。

野生生活によるものか、ランドルフ程ではないがしなやかで無駄なく鍛えられた身体を前にして、レイノルドのごく一般的な青年筋肉はほとんど役に立たなかった。


「だぁめ。 だってぇ、オレに会いに来てくれたってことはそういうことでしょ?」

「っひッ!!」


そして、話が通じる様子もない。

拘束されたままふいに熱い粘膜で耳をなぞられ、ゾゾゾッと全身に悪寒が走った。


非常にまずい。このままじゃ犯される!!


「…オレを、──」

「──え、」


耳元で何かを囁かれた気がして反射的に聞き返してしまったが、その前に──、


「レイノルドさん!!」


ドン!!と小さくない衝撃があって、途端に上にあった重しが退けられ一気に呼吸がしやすくなる。

圧迫感から解放された視界に見えたのは、朝日を浴びて煌めく金糸と、ヒラリと風にたなびく黒地のスカート。


レイノルドにのしかかっていたニカを突き飛ばしたのは、急いで此処に来たのか焦ったような表情を見せるスティーフだった。


「ス、スティ、」

「立って!!」


有無を言わさぬまま手を引かれ、そのまま屋敷の方へと連れられるまま駆ける。

先導するスティーフはとても身軽で走る速度が速く、レイノルドの腕もぐんぐん前へ前へと強制的に引っ張られていく。一生懸命足を交互に動かし追いつくのがやっとではありながらも、どうしても気になってレイノルドが背後を確認すると、そこには地面に座り込んだまま笑顔でこちらに手を振るニカが見えた。


…反省の意思は微塵も感じられない。





そこまで屋敷から距離は離れていなかったので、レイノルド達は比較的すぐに屋敷の室内へと戻ることが出来た。

同じ距離を走ったのにも関わらず息一つ乱していないスティーフと、肩で息をするのを何とか抑えてすまし顔を取り繕おうとする若干鼻息の洗いレイノルド、2人が通り抜けた扉を丁寧に閉じたスティーフは、珍しく硬い表情でレイノルドを振り返る。


「ニカさんには近づかないように言ったはずですが…」

「すみません!!」


そして実は昨日も会いました。


「…いえ、こちらが不自由を敷いている自覚はありますので…」


下げられたレイノルドの頭部を見つめながら、スティーフはそれきり黙ってしまった。


お、怒ってる…?


軽率な行動をした自覚があり、最終的には助けられてしまったレイノルドから言えるのは謝罪と感謝の言葉のみだ。

続く沈黙を気まずく思いながらもひたすら耐えていると、


「…何か、ニカさんに用があったんですか?」

「え!? あ、えーと…、」


突然のスティーフからの問いに、レイノルドは少々まごついてしまう。


「昨夜スティーフが誰かと戦っていたのが現実か夢かを確かめようと思って~」だなんて本人に言えねーー!!


「ル、ルイス様から、ニカさんを正式に使用人として雇うとの言葉をいただいたからそれを伝えようとしてっ! …ごめん、先にスティーフに言うべきだった」

「ご主人様が?」


レイノルドが咄嗟に出て来たそれっぽい理由をでっちあげると、それを聞いたスティーフは少し考えるようにして、


「分かりました。 …ですが、ニカさんのところに行く時は必ず僕に声をかけて下さい。 今回は未遂で終わりましたけど、次はどうなるか分かりませんから」


スティーフはそう言うと、おもむろにレイノルドの襟元に手を伸ばして肌蹴ていたらしいそこを正してくれる。

身なりが完璧でなかったことに気付けずにいた己の失態に赤面するレイノルドに対して、スティーフの表情はどこか浮かないままだ。


そういえば今日は、いつもの柔らかい笑顔を一度も見ていない。

まあ、その原因は俺にあるわけだけど…。



「スティーフ、忠告を無視してしまってごめん。

…助けてくれてありがとう」


スティーフは一瞬だけ目を見開いて、それから、正している途中だったレイノルドのネクタイをほんの少しきつく締めた。

息が詰まりそうになるところを「これはスティーフの厚意だから!」と表に出さず耐えたレイノルドは、

直後、ツツ…、と首筋を優しくなぞった冷たい指にビクリと肩を揺らした。



「…もっと、警戒してくださいね」



やや陰のある眉の下がった笑みに、レイノルドは昨夜意識を失う直前に見たスティーフ(のような人物)の姿を思い出して、背筋に冷たいものを走らせる。



──警戒って、ニカさんとスティーフ、どっちに?



咄嗟に頭を過ったそのレイノルドの思考を遮るようにして「カーテンを開けてきますね」といつも通り柔らかく微笑んだスティーフは、またも軽やかな小走りでこの場から立ち去っていく。

残されたレイノルドはというと、少しの間呆然とその華奢な後姿を目で追いかけることしか出来なかった。


…主人のルイス様はまともな食事を摂ろうとしないし、上司のランドルフさんはサボってばかりで姿すら見せない。庭に居るニカさんは隙あらば襲い掛かって来るし、唯一まともだと思っていた同僚のスティーフは変な夢…か現実かよくわからないものを見たせいで、普通だったら気にならないような事も全て何か裏があるように見えてしまう。


「この屋敷には、悩まない人がいないな…」


小さく呟いて、レイノルドは1人頭を垂れた。



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