絶対必勝法
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部屋を維持するには金が必要だ。
次の日曜日、ぼくは山手線、中央線、武蔵野線を乗り継いで府中競馬場に足を運んだ。
駅からの長い空中通路を渡り、二百円で入場券を購入する。競馬場は未成年だと入れないが、成年の付き添いがあれば別だ。ぼくは家族連れのすぐ後ろにくっつき、彼らの一人だという体で中に進んだ。
この日はG1クラスのレース日で、場内は超がつくほどの満員だった。ぱっと見でも数万人はいるだろう。
馬たちが馬場を駆け抜けるたびに、大屋根の下で、客たちの歓声と怒声が巨人の唸りのように響き渡る。
ぼくはその場で側転して、復元ポイントを作成した。
一時間ほど場内をうろついて、馬券の買い方は概ね理解した。馬券売り場の近くには、あちこちにマークシート用紙の束と鉛筆がある。これで、賭けたいレースの番号と、自分が賭けたい馬、賭け方、金額をマーキングしたうえで自動発売機に通し、自分が決めた額を投入すればいい。
ただし、発売機のそばには警備員がおり、不届きものがいないか目を光らせている。未成年であるぼくの購入を見逃すとは思えない。
もっとも、場内には万を超える大人がいる。このなかには、代わりに馬券を購入してくれる人間がいるはずだし、ぼくには家を見つけた時と同じ〝総当たり〟作戦がある。
ぼくは、次のレース結果を見届けたところで復元ポイントに飛んだ。
勝ち馬は三番ホクトオウ、単勝4.5倍だ。
協力者はたった十二人のアタックで見つかった。
少しチャラそうな大学生で、手数料として勝ち金の四割を渡すといったら、簡単に乗ってきた。
結果、ぼくはこの日の終わりまでに二百万円を手にしていた。
本当なら、もっと稼げたと思うが、三レース連続で的中させたところで、大学生の様子がおかしくなってきたので、四レース目以降は適度に負けてみせる必要が出てきたのだ。
とにもかくにも、資金の問題もなくなり、ぼくは完全に自由な生活を手に入れた。
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1ヶ月ほどは自堕落な日々を楽しんだ。
漫画喫茶に入り浸り、レストランを梯子し、映画館に通いまくった。東京タワー、都庁、サンシャイン池袋、築地魚河岸等の名所を周り、都度、念の為の復元ポイントを作成した。
遊び回るのに飽きると、聴講生として大学に通うことにした。
能力への理解を深めたかったのだ。
選んだのは飯田橋にある東京理科大だ。
高偏差値の私学で、校舎が飯田橋駅近辺に分立しているのが最高だった。敷地を囲む塀や門がないので、部外者でもかんたんに潜り込めてしまうのだ。
潜り込んだのは火曜日一コマ目の「量子力学概論」と、水曜三コマ目の「物理学基礎B」だ。
授業内容は三分の一も理解できなかった。
なにしろ、ぼくはこれまであの義父と暮らしてきたのだ。まともに勉強できる環境ではなかった。
基礎からやり直さねばならない。
そこで、ぼくはその日、池袋に足を運んだ。
どこかしらの学習塾に通おうと考えたのだ。
行きつけのホテルのレストランで朝食を食べ、映画を何本か見たら、入校申込書をもらってこようと考えていた。
そして、彼女に出会った。
正確には、飛び降り自殺をはかった彼女がぼくに命中したのだ。