フラペチーノもう一度
過去に戻る際に必要なのは、そのときの感情まで含めた記憶だ。
たとえば、ペットボトルをよこした義父への驚きと、手の中のペットボトルの感触。
たとえば、ドトールでの羞恥と、濡れたズボンの冷たさ。
仮に、10分前に戻りたい、と願うなら、自分が10分前にどこで、何をし、どんな気分だったかまで正確に思い出せねばならないのだ。
逆にいうなら、この瞬間に戻りたい、と思うポイントは意図的に設定できる。
パソコンの〝復元〟と同じだ。復元ポイントを作成しておけば、何度でもそのポイントの時点まで、パソコンを〝巻き戻せる〟
こんな風にーー。
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ぼくは、もう一度、フラペチーノを飲んだ瞬間に戻った。
腹の満腹感は消え、ふたたび最高のフラペチーノを楽しむことができた。
ぼくは抹茶のほどよい苦味を堪能しながら、義父から奪ったカルバンクラインの長財布を改めてチェックした。
クレジットカード三枚、免許証、保険証、それに風俗の会員証が十枚以上。あとは現金が五万と六千円。
これだけあれば二週間は漫画喫茶で寝泊まりできる。
そのあとはどうする?
家にはもう帰れない。
ぼくを殺そうと手ぐすね引いている人間がいるところなんて、帰れるはずがない。
友達の家?
論外だ。そもそも、ぼくには友達といえるほどの相手はいない。小学校のころから、義父が半グレ関係者だと他の子供の保護者に知れ渡っていた。みな、ぼくとは付き合わないように釘を刺されていたのだ。
仮に友達がいたとしても、その親が学校や警察、児童相談所に連絡すれば、すぐに義父の知るところとなってしまう。
早急に金を稼ぐ必要がある。
とはいえ、何も思いつかない。
このときぼくが生きていた〝現在〟にはスマホがなかったため、気軽にググることもできなかった。
そうこうするうちに十七時を回った。店内は部活帰りの中高生カップルたちで混雑し始める。ぼくはフラペチーノ一杯でねばっているのが恥ずかしくなり、時を飛んだ。
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即座に、フラペチーノを初めて口にした瞬間に立ち戻る。
これでまた学生たちが来るまでゆっくりと考えられる。
とはいえ、相変わらず何も浮かばない。
時を大きく戻すという手は考えたが、物心ついて以降のぼくの人生には常にあのイカれた義父がつきまとっている。
あいつと顔を合わすのは二度とごめんだ。
やがて、ぼくは強烈な眠気に襲われた。
身体は疲れていないのに、頭が妙に重い。
精神的なものだろう。
肉体はともかく、精神はすでに二十時間近く起きっぱなしなのだ。
ぼくは諦めて漫画喫茶に向かうと、座敷ブースで爆睡した。
翌朝七時、目覚めてすぐ、ぼくは大金を得る方法を閃いた。
カードだ。タイムリープを上手く使えば、ぼくは義父のクレジットカードとキャッシュカードからいくらでも金を引き出せるのだ。