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初めてのリープ

⭐︎⭐︎⭐︎


はじめて時を超えたのは、義父に焼き殺されたときだった。


そのとき、ぼくは自室のベットの上で大の字に横たわっていた。


すでに、扉の隙間から黒い煙が侵入しつつあるのに、手足がまったく動かない。


開きっぱなしの窓の外から、義父が「らいす!らいさす!」と叫ぶのが聞こえた。別に米が欲しいわけじゃない。来寿、ぼくの名前だ。


義父が迫真の演技で吠える。

「誰か!助けてくれ!あそこに俺の息子がいるんだ!」


キッチンの方で轟音が響き、マンションが揺れた。

外から女性たちの悲鳴が聞こえる。


また義父の声。

「来寿!くそ!どうなってるだ!消防車が来ない!なんでだ!たしかに911にかけたのに!」


消防車が来ないのは当然だ。義父は消防に連絡などしていないのだから。


彼は、リビングでぼくに筋弛緩剤入りのミネラルウォーターを飲ませ、ぼくが崩れ落ちると、ほくの目の前で、時限発火装置を組み立てた。


装置といっても、灰皿にティッシュを何枚かかぶせ、周りに古新聞の束を置いただけだ。


奴は床に倒れているぼくを見て笑った。

タバコの染みで真っ黄色の歯がのぞく。


「こんなんでいいのかって思うだろ? へへ、どっこいこれがいいんだよ。教わったんだ。火事ってのは、ようは意図的に起こされたんでなければいいんだよ。俺が雑な性格だってのはみんな知ってる。俺が灰皿にティッシュを何枚か置いてたって、不思議じゃないさ。俺はこの通り、学がないからな。近くに溜め込んでた新聞があるのも、俺らしいだろ? あとは、火のついたタバコを置くだけよ。で、消防に連絡したふりをしながら、外でゆっくり待つのさ」


なんだそのバカな計画は。


ぼくはそういいたかったが、口が動かなかった。

手も足も、指一本動かない。


一方で、頭だけはやたらと冴えてよく回る。


いったいどんな薬をもられたんだ?


義父は臭い息を吐きながら、ぼくを引きずり、ぼくの部屋のベッドにやすやすと放り投げた。いつもながら、たいした怪力だ。


「じゃ、無事に金になってくれよ」


彼はそういうと扉を閉めて出て行った。


5分後には、壁が熱を発し始め、煙が漂ってきた。


で、キッチンの爆発にいたる。


流れ込んでくる煙の量が一気に増した。


口から煙が入り込み、身体が激しく咳き込んだ。

汗が全身から滲み出す。


熱い。とんでもない熱さだ。


身体はまだ動かない。

意思を総動員しても、何もできない。


また爆発。


今度は部屋の扉が内側に吹き飛んだ。炎が入り込み、天井を激しく舐める。壁紙が見る間に黒焦げになり、はらはらと舞い落ちる。


ぼくの脳は激しく回転した。

思い出が次々に甦る。

記憶のなかから、脱出の術を探しているのだ。

これは、いわゆる走馬灯というやつか。

もともと記憶力がいいこともあり、あらゆる思い出が一挙に解放される。


両親が離婚し、母に引きずられるようにして家を出た日のこと。

その母親が身を持ち崩し、のちに義父となる男がタバコをくゆらせながらアパートに入ってきた日のこと。

母が僕を置いて逃げ出した日のこと。

そして、義父が今朝方、ぼくに新聞の梱包を手伝わせた後、薬物入りのペットボトルを投げてよこしたこと。


ぼくは促されるままに、無警戒で口をつけた。

馬鹿だ。あの男がそんな労いの気持ちなど持っているはずがないのに。


煙が部屋を覆い尽くし、もう何も見えない。

熱気がぼくの喉と気管を激しく焼く。

信じられないほどの苦痛がぼくを襲う。


あのペットボトル。

なぜあれの蓋をあけてしまったのか。

今思えば怪しいにもほどがある。

なぜ、あの水色の蓋をひねったのかーー。


そのとき、ふいに熱気が消えた。


「え」ぼくは思わずつぶやいていた。


いまのいままで火に焼かれていたはずのぼくは、突然、リビングに転移していたのだ。あたりは乱雑に散らかっているものの、火の気配はまったくない。


ぼくの目の前には義父が立ち、ぼくの手の中には、あのペットボトルがあった。


義父が汚らしい笑みを浮かべていった。

「手伝ってくれてありがとうよ。飲んどけ」



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