出会いは突然に
ぼくが彼女に恋をしたのは、彼女が死ぬ十秒ほど前だった。
ついでいうなら、ぼく自身の寿命も残り十秒ほどだったろう。
出会いの直前、ぼくは池袋のサンシャイン大通りを歩いていた。平日の午前中で、歩行者は少なかった。ゴミ収集車が走り回り、清掃員が飲食店から出たゴミをせっせと回収し、カラスたちがその後を追う。
ぼくは行きつけの高級ホテルで、贅沢な朝食ビュッフェを楽しみ、腹ごなしに散歩しているところだった。
時刻は九時過ぎ。もうすぐグランシネマサンシャインで気になっていたアクション映画がはじまる。
今日は夕方まで映画ざんまいといこうか。
そう思いながらカラスよけのネットからはみ出したゴミ袋をよけたときだった。
衝撃が頭部に走った。
上から重量物が落ちてきたのだ。
ぼくの首は負荷に耐えかねて、異音と共に曲がってはいけない方向に曲がった。身体は力を失って、落ちてきた何か共々、路面に叩きつけられた。
身動きができない。
まっさきに頚椎が折れたせいか、痛みはない。ただ、ほおに当たる歩道のブロックが冷たいだけだ。
眼前には女の子がいた。
真っ白な肌に、額から流れ出た赤い血が筋を作っている。
びっくりするほど綺麗なコだ。
ぼくは目が離せなくなった。
ぼくはもうすぐ死ぬ。直感としてそれがわかった。
僕とおないどしぐらいの、この子のせいで死ぬ。
でも、恨みの念はこれっぽっちも湧かなかった。
このまま共に死んでも、それはそれでいいとすら思えた。
強烈な眠気が訪れた。
視界がどんどん暗くなる。
死が近づいている。
このまま共に死ぬ? いや、それはやはりよくない。ぼくは論理的に考えた。ぼくにとって。いや、ぼくと彼女にとって最善の道は、彼女が死を選んだ理由を取り除き、二人ともにこの先も生きていくことだ。
そして、ぼくにはそれをなす力がある。
ぼくは意識を集中すると〝復元ポイント〟を脳裏に描いた。
〝戻る〟先は、朝食後に作成したポイントだ。
果たしてーー
ぼくは一時間前の自分自身に戻っていた。
ホテルの朝食会場に立っている。
足元の床には、ぼくがぶちまけてしまった牛乳がひろがっている。割れたグラスのかけらが、天窓から差し込んだ光を受けて煌めいていた。
ウェイター二人が大慌てで飛んでくる。ぼくは彼らに詫びてあとを任せると、窓際の自分の席に戻った。
分厚い強化ガラスの向こうに、池袋の街並みが広がっている。そのなかには、いまから約一時間後、ぼくが死にかけることになる歩道も混ざっている。
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