6話 博士と陛下の言伝
「い、今、博士。なんて言ったんですか?」
「あん?もう一回俺に言わせる気か。オレ超イライラしてんだけど」
本の山がいくつか出来上がっている木の家。その中で丸っこい机を囲むように彼らは座っていた。
遠くからでもわかるほどの美貌を持つ青年は、申し訳なさそうに、明らかに年下である少年に眉を下げている。
少年は不愉快そうにテーブルをコツコツと指でリズムを刻みながら「だーかーらっ」と話し始めた。
「オレはお前をオレ専用従者として雇ってやろうっつってんの!!」
「‥‥‥本当に?」
「あぁ」
「本当の本当に?」
「ああ。あのくそ髭デーヴィットの思い通りになんのは癪だが、しょうがない」
さらにコツコツと音を鳴らす指の先には、書類が一枚置いてあった。
そこには「契約書」と書かれてあり、名前の欄には互いの名前が綺麗な字で書かれている。
雇い主である少年の名はルイ。
博士の称号を持つが、貴族ではないので貴族名はなく、氏も気づいた時には親なんて者はなく、ひとりだったのでない。
雇われの身となる青年の名はセオドール・ライド・エミュエル。
ルイはどっかで聞いたことある名前だなぁと思うが、ほぼ社交界に行かない身でも貴族の名前は流石に聞いたことがあるのだろうと結論付けた。
ふたりはあの事件解決後、騎士団が来るよりも早く、そう電光石火の如くルイの家へと逃げ帰っていた。
セオドールにはなぜ逃げるのか?博士の手柄が逃げしまうのではないかと疑問に思われたが、あそこにずっといて騎士団に見つかった方がまずいのは確かだ。
騎士副団長のラウレや騎士団長のアビゲイルとは親しくしてもらっているが、他の騎士団の者や貴族の中には森妖精のルイを匿うことで、王国が帝国の不興を買い、戦争を仕掛けられるのではないかと案ずる者もいる。
帝国は森妖精の国を襲い、彼らを奴隷として働かせて魔法の力の知識を独占している国であり、このセーラー王国と同じく大国で戦闘力の脅威なので、戦争となればもつれにもつれ、人々を危険に晒してしまうだろう。
だから爪弾きにされていたルイの存在が、さらに厳しい目で見られることを危惧した結果が、「立ち去って素早く逃げる」だった。
(ま、面と向かって嫌味を言ってくる奴はごく少数だけどな)
こんなに口が悪くとも一応、国の大事な要の役割もしているルイ。
そんな彼を正面から嫌味や嫌がらせを受ければ、この国の安定、さらには自分たちの身分さえも危ういと大体の者達は媚びへつらったり、娘を嫁にと近づく者や、純粋な親切心や興味本位で近づかれることの方が多い。
「契約書、いつ出しに行きますか?」
ルイがセオドールへ目線を向けると、彼は契約書をひらひらと揺らしていた。
「ん?あぁそれなら、もうすぐやってくるジジイに渡せばいいさ。どーせしょうもない物持ってくるんだろうな‥‥‥はぁ。考えただけで頭というか、胃が痛ぇ」
「ジジイ?胃?‥‥それは一体ーーー」
その時、急に家の外が騒がしくなる。
ここは都市部の近くではあるが、森の中。そんな陰気な場所に誰か来るというのだろう。
セオドールは客をお出迎えしようと古風な扉を開いた。
「おやおや?これまた珍しや〜ですなぁ、博士殿」
扉のすぐそばに立つは、杖をつく白髪の髪の老人だった。
歳をとっていることはすぐにわかるのだが、若々しい目が鋭くセオドールを品定めをするように向けられていて、とてもじゃないが歳をとったご老人だとは思えないほどだ。
見られているだけなのに、身体中がピリピリと痺れるような感覚に支配されている。
きっとこれは身体が衰えてもなお、消えることのない威圧感。
この老人は只者ではないと本能がそう、訴えてくる。
「チッ。やっぱ来やがったなジジイ、勘違いすんなよこちとら早く帰って欲しいんでね、お茶なんて出さないからな。その代わりと言っちゃなんだが早く天国へ歓迎されるように毒入りクッキーなら出せるぜ」
目を爛々と光らせて老人を見るルイの表情を見れば、毛嫌いのハードが尋常じゃないのが手に取るようにわかる。老人はその様子にまんざらでもないようなのを見ると、これがいつも通りなのだろう。
「博士、ここには毒入りクッキーなんてありませんでしたけど」
「うっせえ、オレが作ろうと思えば三秒で作れるわ!!ってお前この家の把握早くないか!?」
ルイはこめかみに血管を浮かせながら、セオドールの方に振り返った。
これは相当怒りに湧いている顔である。元々夜通し寝ずに人攫いを壊滅させたこともあり、イラつくスピードが特段アップしている気がする。
「でもざっくり見ただけなのではっきりとはわかりませんが」
「ざっくりってオレの部屋覗いてないよな!ないよなぁぁ!!」
きっと見られたくない個人情報が自室にあるのだろうが、その言い方だと、あまり見られたくないものが自分の部屋にある事をバラしているようなものである。
「さあ?どーでしょーか」
「お〜ま〜え〜!!言い方ムカつく〜〜」
「あ、ゴッホン」
「なんだよジジイまだ居たのか?さっさと荷物置いて帰ろよ、どうせちょー不味い食べ物持ってくるんだろ?」
無視されていてしょげたのか、少し肩を落としながらも大袈裟な仕草をしながら懐から便箋を一枚取り出した。
「いえいえそれが、今回は一味違いますぞい」
少女ならまだしも立派な大人がしょげている姿はあまり目に良いとはいえまい様子だ。
「手紙‥‥‥だと!?」
「そのようですなぁ」
ルイは受け取ると出て封を破り中身の手紙を取り出した。
「えっとなんだって‥‥」
『 親愛なるルイ博士
久しぶり、博士。
元気かなと思ったけど、アビゲイルに聞くと結構やんちゃしていてとても元気だと話していたよ。
噂によると、昨日も何かやんちゃしたようだね。
いつもは体調が悪いと断られるけど、今は元気があるなら勿論ディナーに来れるよね?
疲れが溜まっているだろうから明日、なんて言うと君はいつもすっぽかすから、今日王宮で待っているよ。
ハハッ、もちろん家族でね。
追記、もし今日もすっぽかしたら研究に使う雪涙草を入荷禁止にするからね!
いつかの父より』
「‥‥‥ぶっ殺す」
「「おいおい、待て待て」」