4話 ふたりと人攫い 1
やっと人攫い出せたっっ!!
「で、お受けしましたけど、どうやって人攫いを壊滅させるんですか」
肩を抑え、呻き声をあげる男を転移魔法で、天使すぎる婚約者殿のところに送り込んでいるルイを横目にセオドールは首を傾げた。
「なんだ?お前も行くのか」
「はい。陛下の命により博士の隣を一時も離れてはならないと言われているので」
「ふーん。お前も大変だなー」
適当に相槌をうちながら、ルイはセオドールの頭のてっぺんからつま先まで眺めた。
「お前さ貴族だろ。しかも結構良いとこの」
「え?あ、はい」
「服よすぎ。着替えるぞ」
ルイは立ち上がると本の山を倒しながら奥にある棚を開ける。
そこには色とりどりの輝かしい服達が‥‥‥ではなく一目見ただけ平民だとわかる質素な衣類が大量にしまってあった。
色褪せたシャツ、穴が空いた帽子にヨレヨレのズボン。
訳ありの貴族とはいえ貴族の端くれで、結構いい暮らしをしてきたセオドールは端正な顔を歪めて引き攣らせた。
「オレについて来るならそん中から何かを着ろよ。でも覚悟した方がいいぜ。貴族の衣服よりよほど着心地が悪いからな」
面白そうに彼を見る少年を、セオドールはもの言いたげな目で見つめた。
(オレの無鉄砲さは有名すぎるほど有名だ。どーせオレについて来れずにすぐ従者なんてやめちまうだろ)
ルイはのほほんと楽観的に彼の存在を捉えていた。新たな事件に関われることに胸が高鳴っていたからだろうか。
未来。なくてはならなくなるほどの相棒になるなど思ってもいなかったのである。
「そういえばどうやって人攫いを壊滅させるのか聞いていなかったんですが、どうするんですか。何か策でも?」
「ああ勿論あるとも。それはな‥‥‥人攫いに’’攫われる’’んだ!!」
「は?」
*****
その数時間後。
見事?ふたりは人攫いに攫われることに成功し、荷車に入れられてその後、目隠しをされて地下室の牢屋ようなところへ連れて行かれた。
さすが地下室というべきか荷車の比にならないほどにジメジメしていてそこら中に苔が生えている。家の中は本と書類ばかりで整理整頓はされていないが、苔なんて不衛生なものは生えてないところに住んでいるルイは、「気持ち悪りぃ」と口を押さえていた。
対照的にセオドールは別にジメジメで苔が生えている場所でも大丈夫そうだ。ルイを心配そうに背中をさすっている。
「博士、意外と綺麗好きなんですね。家の中も埃は一つもありませんでしたし」
「たりめぇだ。汚ねぇところで住めるかっつーんだよ、汚ねぇし気持ち悪いし汚ねー。うぇっ、考えただけで吐き気がするわ‥‥‥ってお前オレを何だと思ってーーー」
「そ、そういえば何でわざわざ攫われる方法を選んだんですか。考えてみればいくつか他の方法もありましたよね」
ルイがジト目でセオドールを見るものだから、耐えきれずに彼は話題を華麗に逸らした。ついでに一緒に目も逸らす。
その話題は人攫いを全て捕まえる方法についてだった。
ルイは少し笑って答える。
「そうだな、やりようは色々あった。例えば前から準備して仲間を人攫いのアジトに送り込むとか、孤児を使って攫われて貰うとか色々な。ーーーでも、めんどくねぇか」
「‥‥‥‥えぇ」
おとなしく聞いていた彼は思わず声を漏らす。
「そんなことしてる間にまた一人一人拐われていく。それが我慢できないのもあるし、その仕込みをする時間が我慢できねぇんだよ。早く人攫いと殺り合いたくてなぁ」
「ハハハ。博士、やりたいが『殺す』になってるのは僕の気のせいでしょうか」
「あ、誰か来たみたいだぞ」
カツンカツンと硬い地面をゆったりと歩く音が静かに牢屋の前の廊下に響き渡る。
どうやらルイ達の他にも牢屋があるらしく、隣の牢屋からぐすんぐすんと幼い子供の鼻を啜っている声が小さく聞こえた。
「よお新入り。どうだこの監獄の居心地は?」
音の主はニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を見せるひょろりとした男だった。
不衛生だと言わんばかりの悪臭を漂わせ、髪は何日も洗っていたいのか泥色に染まっている。
運悪く、というか元々用があったようにルイ達の居る牢屋の前で立ち止まった。
きっと新参のものをからかいに来たのだろう。
「き、気持ちわるっ」
「いやあの笑みは博士と同じ、なんかとても癪に触る笑いですよ?」
「はぁ?あんな下品なやつと一緒にするな!!あの笑みはオレのような、偉い奴が偉い振る舞いをするから相手をめちゃくちゃイラつかせられんだよ」
「‥‥相手がイラついてんの気が付いてるんですね。よかった、違う意味で安心しました」
「あ゛あ゛?」
「イエナニモ」
「おい!!なに勝手に奴隷がおしゃべりしてるんだ!!!」
ルイとセオドールの聞こえない内緒話に腹を立てたのか、男は大きな声を出した。
「うるせぇ」
地下室は意外と広くて大きな声を出されると壁に跳ね返って、倍大きな声が地下室に響いてしまう。
それを予想していた為、ルイとセオドールは耳をしっかりと塞いだ。
しかしその行動も男の怒りを買うものだったらしく、手を伸ばし、「お前ッッ!!」と小柄なルイを片手で胸ぐらを掴み、宙に浮かした。
「はかせ‥じゃなかった、ルイ!!」
「ヘヘッお頭から品定めするよう言われていたけど、良い女じゃねーか。良い思いができそうだっ」
「お前、ルイを離‥‥‥‥‥女?」
ああそういえばと自分の姿とルイの姿を見た。
今まで忘れていたが、ルイとセオドールは中性的な顔立ちだし、人攫いにあった子供の多くは女子である。その為一方は嫌々と、もう一方は嬉々として少女の衣服を纏っていた。
セオドールはルイが男に掴まれた時、助けようと懐の剣に手をかけたが、男の意表を突いた言葉に少し頭が真っ白になって動くのが遅くなる。
ゆっくりとルイの胸部に手を伸ばす男を目に捉え、剣をスラリと構えた。
男は幸いなことに少女の格好をした少年を熱を帯びた瞳で見つめている。
「ぎゃッ」
セオドールの剣はまるで豆腐を切るかのように男の腕を胴体から切り離した。
短い悲鳴が牢獄に響く、前に男の口を押さえた。彼は男からアジトの情報を聞き出し、ルイが男を魔法で拘束する。
少し乱暴になってしまったのはやむお得ないだろう。
「助けるのが遅くなってしまい、すみません」
「いや別に良い。ていうかオレのことは気にするな」
数時間前のように手で迷惑そうにしっしと手を振る仕草を再度見つめた。
「ぇ‥‥‥‥」
小さく青年の声が零れ落ちたのを聞いて、口に弧を描き、彼は歩き出した。
『昔、昔。
ピルレア大森林というところに人知れず、森の民と呼ばれる森妖精が集まって一つの国を築き上
げた。森妖精は魔法に長けており、その能力を使って国を数百年も守り続けていた。
しかし、彼らの持つ特殊な能力を欲したある一国が森妖精の国を破滅へ追い込み、彼らを支配す
ることに成功する。
奴隷として。
そんな中を掻い潜り、ごく稀に他国へ逃げた森妖精がいた。』
「オレは魔法学の最先端を行くめちゃくちゃすごい奴だ」
白金の髪を靡かせて少年は牢の扉を押した。
鍵がなく、開くはずもないのに扉は音を立てて、開かれた。
いつのまにか魔法で開けていたらしい。
振り向いた衝動で髪の隙間から見えたのは森妖精の特徴である尖った耳。
「しかもオレは森妖精のごく少ない生き残り」
『それがルイだ。』
「もう生きてることが奇跡の塊みてーな奴じゃねーか。そんなオレがこんなカス共に負ける筈がねえ」
ルイはセオドールが彼と出会ったこの数時間で一番の悪人顔をしていた。
「お前、暴れてこいよ。オレ、助けられるお姫サマって柄じゃねーんだ」