2話 博士と客人
「お前、とてつもなく要らねーらから早よ帰れ」
ルイがしっしと手を振る仕草を眺め、男は首を傾げた。
「えっと。まだ何も言ってないのですがーーー」
「どうせ、あまりにも王女サマとの縁談を跳ね除けるオレと、どーしても縁を結びたいデーヴィットの野郎が一応従者との友情でも育めばこの国に留まっている可能性大だと考え、お前を送ってきたんだろ?んなのオレには要らねーんだよ。野郎に伝えとけ、そんなことしなくともオレはこの国を出ていかねーよ、ってな」
「そう言われましても陛下の名ですのでーーー」
「ていうかオレは従者なんぞいなくても、料理も身だしなみもそれなりに出来んだ。ならお前がいてもただ邪魔なだけだろ」
「…‥‥‥‥それなりに、できる」
再度淹れなおしたコーヒーを啜るルイを男はじいっと隅々まで見つめた。
(な、なんだよいきなりあいつ。オレの口の悪さに怒ったのか?)
別にルイは自分の口の悪さを自覚していないわけではない。幼い頃から苦労してきて、いろんな人たちと出会ってきた。
良い人もいるが悪い人も当然のように存在する。
そんな奴らに対抗するように、餓鬼なりの知恵というのだろうか。
‥‥いつの間にやらこんな性悪クソガキの出来上がりである。
言いすぎたのだろうかと少し不安になりながらそっぽを向いた。
「なんだ?あんまり見られるとイライラすんだけど」
「……あの少し良いですか」
「なんだよ、言いたいことあるならハッキリ言えって」
ルイの顔を覗き込む男の澄んだ瞳と目がカチリと合って動揺するも、ふと気づく。
さっき男に抱いた違和感は容姿だということに。
黒の瞳孔は東洋の国の人々が、そして金髪はルイが住む西洋の国の人々が持っている。
彼はその東洋と西洋という真逆の象徴の色を持ち合わせているのだ。
東洋の人は見かけるものの、西洋では黒の髪と黒の瞳は異端であり、悪魔の子と迫害を受けるものも数多くいる。
なのでやはりというべきか、あまり東洋の人々は西洋の国へ移住することが少ない。元々大人しく、謙虚な性格の持ち主だということもあるのだろう。
男の親は珍しい組み合わせだと思った。
「シャツのボタン、掛け違えてますよ?」
「…‥はぁ?」
男がいつの間にやら持ってきた姿鏡で確認するとたしかに、ボタンが一番上のところからずれている。
「料理もあまり上手いとは言えないものだと、これを見ると判断せざる得ないと思うのですが」
男の手にはインスタントの食べ物が。
隣にはひさしぶりに料理をしてみようとフライパンを手に取って真っ黒に焦げた異物が。
そこで初めて、己の『それなりにできる』という言葉を男に否定されている真っ最中なことに気づいた。
「て、てめぇっっ!」
辱められる屈辱さに、かああぁっと顔が熱くなる。
「それと」
「まだあんのかよ!!」
「御髪が乱れていますよ?ルイ博士」
「〜〜〜っっ!!!」
またもや片手に櫛を持っている美男子に微笑みの圧をかけられ、大きなため息をついた。
「じっとして良い子ですね」と言われながらされるがままに髪をとかされる、鏡に映った自分を半目で見つめ、「何が目的なんだよ」と男に問いた。
「私をここにおいてくれることですね」
再度大きなため息が出るのを止められないのはもはやしょうがなくないだろうか。
どうしたらこいつを追い出すことができるのだろうかと頭を抱えるルイの元にまたもや客人の訪問を知らせるノックが響いた。
「今日は客が多いな」
ルイがドアを開けるのを待たずにその者は部屋に音を一切立てずにするりと入ってくる。
「おお、お前か。ひさしぶりじゃないか」
「えぇ、少し野暮用でして」
細目の男はゆるりと口元を緩ませた。
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