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ワタシは就活に苦戦しまくり大学も金曜日のゼミ以外で行かない、プラス実家暮らしで家事もバイトもしない、家ではスマホとかパソコンでネットサーフィンして遊んで日々を過ごしす、気分はニートの大学四年生だった。
なんかずっと家に引きこもってた夏休み。何がきっかけだったのかなぁ。久々に出掛けたんだよね。たぶん、なんてことない、買い置きしてたペンとかルーズリーフとかが切れて物資調達に~とでかけ、ついでにでブ○クオフで中古漫画でも買おうとしたんだろう。
交差点の横断歩道で赤信号の前で待ってた記憶が最後。そのあと、多分ワタシは死んだ。そこら辺あいまいなんだよなー。おそらく事故かなんかに巻き込まれたんじゃないかなー。覚えてないからなんとも…。
前世に読んでたネット小説では、異世界に転生する前の、前世の自分が死ぬ瞬間を覚えてる主人公って結構多いよね?強烈過ぎて頭に刻み込んじゃうのかな?逆にワタシはショッキング過ぎてトラウマレベル過ぎてすぽんと記憶から抜けっちゃった的な??
まあ、前世のことはそれくらいでいいや。
大事なのは今世のことだよ。
前世の記憶を思い出したのは3か月前。レストランロウソクでドウリョウ君と賄いを食べてるときのことだった。私の誕生日だからって、ドウリョウ君がちょっぴりお高めのデザートをご馳走してくれたんです。
そのデザートを前にして、私が思ったことは誕生日をお祝いしてもらった嬉しさと共にデザートに対する既視感だった。
つやつやとした表面にカラメルソースをかけて周りをフルーツや生クリームで飾っている。スプーンで掬うとプルプルッと震えて、口にいれるととろけるような食感とやみつきになるような程よい甘さ…。
このすべすべ感、このキラキラ、この味…なんかみたことある、どっかで食べたことあると、嬉しさよりもモヤモヤの方が大きくなっていた。そしてそれにきづいたのは3口目を口に運んだとき。
はっ!として、雷みたいな衝撃が身体中を駆け抜けた。
これ、プリンアラモードじゃね!?
頭をガンと殴られたような、突然の衝撃!
と同時にここじゃない世界の記憶も文字通りどばぁーっっと頭に流れ込んできた。脳内は激しく混乱。
ドウリョウ君に、ワタシはだれ?あなたはだれ?ここはどこ?とか、頭の中で考えるままに口に出して言っちゃったりなんかして。ドウリョウ君はびっくり状態に。
「…」しか言わなかった、いや、なんか言おうとしてたけど口をパクパクしてても声出てなかったんだよね。いきなり様子がおかしくなった私に、本気で心配していたみたい。彼の立場にたってみると、え?え?どうしたの急に?変なものでも入ってた?頭大丈夫?とか思っていたんだろう。
たまたま、上司のテダイさんがその場にいたから彼にも同じ事を言ったら「誕生日を祝ってくれた人の好意をそんな寒いネタで踏みにじるんじゃない」と真顔でチョップされた。
こっちは本気でパニックってるのに鼻で笑われて傷ついた…。
そのあとは!ドウリョウ君が自宅まで送ってくれて、次の日はお店が休みだったのもあって、一人でじっくり考える時間ができた。
整理してみよう。記憶に流れ込んできたのはニート大学生として日本で暮らした記憶。幼い頃から死ぬ??直前までどんな風に生きてきたのかとかこんなにはっきり思い出せるってことは、やっぱ「前世」の記憶ってことなのかなぁ。まあいいや、めんどくさいから前世ってことで!
で、そのニート大学生が、ワタシ、メリーちゃんとして生まれ変わったってことか。で今まではメリーちゃんとして前世の記憶に縛られることなく生きてきたけど、さっきのプリンアラモードがきっかけで前世の記憶を思い出した…。
ただ思い出しただけなら、多少混乱しても、「これが私の前世ね」で終わる。でも、整理すればするほど私は混乱し続けて顔は更に青ざめていった。その理由。
ワタシは前世の記憶を思い出した代わりにメリーとしての記憶をところどころ忘れていた。
ざっくりいうと名前(はテダイさんが呼んだから&名札に書いてあったからメリーだとわかったんだけど)、それまでのメリーの生い立ち、同僚の顔と名前etc。
まあ、こんなの忘れたら誰だって青ざめると思う。まじで私は誰?ここはどこ?状態だもん。独り暮らしみたいだから、今現在頼れる存在の人とかはいない。下手したら明日生きていくのも危なくね?やだやだ怖い怖い…。
自分が何者かわからないってこんなに恐怖をおぼえるものなんだ…。仕事も失って家を追い出されて、寒空の下無一文で路上に放り出されてうずくまる将来の自分の映像が頭をよぎって、身震いする。
…怖がっても仕方ない。とりあえず、深呼吸しよう。落ち着こう。スーハー…。
冷静になったら、明日生きていくための不安は半減した。忘れてるだけでなく、覚えてることも多々あったと気づいたからだ。
幸い自宅までの道のりも覚えてたし、言葉、お金、文字も覚えてた。良かった…。自宅で何がどこにおいてあるかとかも覚えていた。
あとでわかったけど、調理係としての仕事も覚えていた。これは言葉とか文字の次にうれしかったこと!
記憶喪失+独り暮らしでも、これだけの記憶があれば生活に不便なくこれまで通り暮らしていけるだろう。
都合のいいことに日記をつけていたメリー。日記を始めてからまだ間がないようで10ページにも満たないに加え、1日の出来事や愚痴やらが数行書かれてるだけで自分の生い立ちにまつわることはなにも書いてなかったが、仕事の現場のこととか同僚たちのことも書かれていたり、何もないよりは遥かにましだった。
とりあえず、それを読んだり、無表情だけど親切なドウリョウ君に、ちょっと度忘れしたんだよねーなんて言い訳して、質問したりして、なんとか前世の記憶発覚前までのように過ごしたい。それが今のワタシにとって一番にできることだ。