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愛してる 〜必ず戻る、必ず守る〜  作者: 凪 景子
第1章
5/59

5話

 12月24日。クリスマス・イヴ。


 いつも通り出社する加波子。社内。更衣室内。何かが違う。


「先輩、今日みんな変じゃないですか?いつもより殺気立ってるっていうか。」

「当たり前でしょ?今日はクリスマス・イヴよ?気合い入ってて当然でしょ。」

「ああ!そっか!だからみんないつもより派手で…。あ、じゃあ先輩もデートですか?」


 笑顔の加波子に友江は睨む。


「今夜は男なし女同士の大飲み会よ!あんたも来る?楽しいわよー!ていうか楽しんでやる!」


 いつもより変にテンションの高い友江が言う。


「それより、あんた何そのかっこ。イヴなんだから見栄でも嘘でも何でもいいからスカートとかはいて来なさいよ!なんでパンツスなのよ?」

「だって今日はいつもより冷え込むって天気予報で。」


 ポカーンとする友江。


「あんたがうらやましいわ。」


 そして1日が始まる。クリスマス・イヴという日が。


 お昼の時間になり、加波子は友江とご飯を食べに行く。行きつけの店、喫茶室・ジョリン。ここは下町。お洒落なカフェなど近くにはない。店内に一歩入ればそこは昭和時代。ノスタルジックにもほどがあるほど。古くからある店だ。頑固おやじのような店長に、老若男女問わず働くスタッフ。味は逸品。


 加波子と友江の会話が弾む中、加波子にラインが入る。それを見ない加波子に友江が聞く。


「いいの?見なくて。」

「どうせニュースです。」


 加波子は笑って流す。スマホに触れもしなかった。


 午後に入り、皆少し疲れてくる頃。加波子は小さなあくびをし、席を立ってトイレに行く。ふとスマホを開く。お昼に入ったラインを見た。


  新しい友だち 平野 亮

  今夜7時にあの公園で


 自分は今寝ぼけているのだと思う加波子。そこに他の女性社員が大きな声を出しながら入ってくる。彼女たちは今夜のことを嬉しそうに話している。


 その大きな声で加波子は目がパッチリ冴え、スマホを両手できつく持ち、文字を確かめる。そして何度も読む。間違いではないかどうか。


「平野…亮…。うそ…どうしてもっと早く見なかったの…。」


 返信に困る加波子。思い浮かんだ言葉が頭の中で考えては消え、考えては消え。


「だめだ…、考えられない…。」


 加波子は考えるのをやめ、素直に返信する。


  はい

  行きます


 送信ボタンを押し、そして色々と考え始める。


「7時…。仕事終わってから時間がありそうでなさそうで…。一度アパートの戻って着替える…そんな時間はない…。」


 終業時刻5分前、女性社員はスタンバイ。そして終業時刻、『お疲れ様でしたー!』とスタートダッシュ。それを見た加波子は言う。


「そんなに急がなくても、イヴは逃げないのに。」

「そんなこと言ってるの、日本であんたひとりだけよ。」

「お疲れ様です、先輩。男なし女同士の大飲み会、頑張ってくださいね!」

「嫌な言い方するわねー、あんた!しかも何を頑張れっていうのよ!…で、あんた、ほんとに来ないのね?」


 加波子の頭の中に『恋愛』という言葉がないことを知っている友江。なぜないのかまでは知らないが、友江なりの配慮だった。


「はい。私は真っ直ぐ帰ります。ありがとうございます。」

「そ!じゃあ、お疲れ!」

「お疲れ様でした。」


 友江に笑顔で挨拶をし、会社を後にする加波子。


「スカート、はいてくればよかったかな…。」


 ぼそっと言った後、加波子は公園へ向かう。


 途中、デパートで化粧直しをする加波子。店内に人だかりが見えた。ケーキ売り場だった。その人だかりを横目に立ち止まる加波子。立っている。まだ立っている。


 そして入ったケーキ売り場。沢山の綺麗なクリスマスケーキ。見渡す限り大きなホールケーキばかりだ。


 少しなら時間のある加波子。売り場を回る。小さなスペースの店。小さなケーキ。装飾はチョコレートの星のプレートだけ。シンプルで可愛らしいケーキを見つける。


「すみません、これふたつお願いします。」


 加波子は小さな白いケーキの箱を持って公園へ向かう。


「クリスマスだから、ケーキくらい持って行ってもいいよね…。」


 公園に着いた加波子。前と同じベンチに座り、ケーキの箱を隣に置く。髪と心を整える。時刻は約束の7時。待っている加波子の緊張を膨脹させるかのように、急に雨が降り出した。


 ちょうどその頃、工場ではトラブルが起き、亮は残業を余儀なくされた。亮は慌てて現場を少し離れ、加波子にラインを送る。


  残業になった

  適当に待ってろ


 すぐ現場に戻り、仕事を続ける亮。雨に慌てる加波子は亮のラインに気づかない。どうしようかと悩んだ加波子は亮のアパートへ向かった。雨は止まない。


 小一時間経って亮は仕事が終わる。スマホを見る亮。加波子への自分のメッセージが既読になっていない。雨は降り続いている。


 あのビニール傘をさし急ぐ亮。公園の周辺の雨宿りができそうな場所を探すがどこにもいない。見当たらない。まさかと思いながらも公園に行く。


 ベンチにちょこんと置かれた小さな白いケーキの箱のようなものが目に入った。雨に濡れて型崩れしている。亮はアパートへ向かう。とにかく急いだ。傘は小さく、走り回った亮は雨に濡れていた。


 アパートが見えてきた。遠目で、自分の部屋のドアの前に誰かがいるのが見えた。亮は階段を駆け上り見つける。座ってうずくまり、顔を隠すように両腕を抱える加波子を。


 古いおんぼろアパート。屋根もおんぼろだ。それ以外、雨を遮るものは何もない。やっと亮に会えた加波子は元気のない笑顔で言う。


「あ、お疲れ様です…。」

「お前こんなところで何してんだよ!残業だってラインしただろ!」

「え?」


 スマホを探し出す加波子にいたたまれなくなった亮は、加波子の腕をひっぱり、立たせる。


「とにかく入れ。」


 亮に従う加波子。ふたりともずぶ濡れだった。部屋に入った亮は自分の着ていたダウンジャケットを脱ぎ捨て、奥からタオルを2枚持ってきた。1枚は加波子に投げ渡す。受け取ったタオルで加波子は顔や髪、全身を拭く。そして亮は言う。


「脱げ。」

「え?」

「コートだよ。」


 加波子は亮にコートを渡す。もう1枚のタオルは加波子のコートのためだった。そのコートをハンガーにかけ、亮は雨を拭く。


「奮発したコートが台無しだな。」


 加波子は微笑みながら答える。


「雨に濡れたことも、想い出になります。」


 その言葉を聞き、髪を拭く加波子の後ろ姿を見る亮。それまで雑に拭いていたコートを、亮は丁寧に拭き始めた。


 亮は自分の髪を拭きながら、テーブルの横にある石油ストーブに火をつける。


「そこ座ってろ。」


 加波子が座ってストーブが温まるのを待つ間、亮はやかんに水を入れ火にかける。


 おそらく数分であっただろうその時間。今まで会った中で、一番落ち着いたゆったりした時間だった。気まずさも何もかも、雨に流されたのかもしれない。


 お湯が沸いた後、亮は白いマグカップを加波子に渡す。


「コーヒー。ブラックだけど。」

「…ありがとうございます。」


 遠慮がちに、でも素直に受け取る加波子。横から見ると四角く、薄い陶器でできた大きなマグカップ。カップを両手で持ち、コーヒーの熱がカップから手に渡り、加波子は思わず笑みがこぼれる。


「あったかーい。」


 亮はベッドの上に座り、加波子を見ていた。今までにはなかった、亮なりの加波子を想いやる目で。


「平野さんは飲まないんですか?」

「ひとつしかねぇんだよ、コップ。」


 加波子はマグカップを見る。そして恥ずかしくなった。いつも亮が使っているカップを自分が使っていることに。


 しかしそれと同時に、温かいコーヒーを自分のために入れてくれたことに嬉しくなった加波子。それだけで加波子は胸が熱くなった。体まで温まるかのように。


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