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愛してる 〜必ず戻る、必ず守る〜  作者: 凪 景子
第1章
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1話

 秋。平日の夜。帰宅ラッシュ。駅には雨が降っている。傘をさし帰路につく人の流れ。


 その中で、ひとり出口で立ち止まる加波子かなこ。加波子は傘を持っていない。でも近くにコンビニや傘を売っている店はない。雨の降る夜空を見上げ、加波子は呟く。


「タクシーで帰るほどの、距離でもないしなぁ…。」

 

 加波子はひとりぽつんと立っていた。きっとこの後、自分は傘をささずに歩いて帰るのだろうと、雨に降られ濡れて帰るのが自分らしいと、加波子は思っていた。


 すると後ろからひとりの足音がした。でも加波子の耳には入らない。加波子は物思いにふけ、ただただ雨の夜空を眺めていた。


 そんな加波子を見つけるりょう。足音は亮のものだった。


 ひとりで雨を見つめる小柄な女。加波子は微動だにしない。亮は不思議に思いつつも、後ろから少しの間見ていた。そして亮は少しずつ加波子に近づき横から声を掛けてみた。


「あの。」


 誰かに声など掛けられたことのない加波子は、目を見開き、跳ねるほど驚く。


「はい!」


 加波子は降り向く。背が高めの、作業服を着た男がそこにいた。


「傘、持ってないんですか?それとも迎えを待って…。」

「いえ!傘が、ないんです。」


 亮は自分の持っていた古い小ぶりのビニール傘を加波子に差し出した。


「どうぞ。」


 突然のことで混乱する加波子。


「いや、でも、ご自身が濡れちゃうじゃないですか…。」

「俺は…。」


 雨の様子をうかがう亮。これくらいの雨なら濡れても構わないと思った。


「俺は大丈夫です。どうぞ。」


 加波子は差し出された傘をそっと受け取る。


「じゃ…。」


 亮は一言言い放すと、すぐに雨の中を走っていった。加波子が礼を言う間もなく。


「ありがとう…ございます…。」


 加波子は雨の中走る亮の後ろ姿に、小さく礼を言う。そんな亮の姿を加波子はずっと見ていた。見えなくなるまでずっと。


 そして加波子は傘を見つめる。駅でひとり、ぽつんと。


 加波子は思い切り傘を開いた。やっと駅から一歩踏み出した。加波子と亮、それぞれが帰路につく。雨は止まない。


「あの人、大丈夫かな。傘返さなくちゃ。…でもどうやって…?」


 加波子は立ち止まり傘を見上げる。ため息をついたその時、加波子は見つけた。傘にプリントされた文字を。それはどこかの社名と電話番号のようだった。でもはっきりとは見えない。


 急いで帰る加波子。アパートの玄関を開け、ろくに雨水をはらっていないその傘を部屋に広げる。


「相原工場株式会社…。」


 そこには、雨に濡れた希望の傘、傘から落ちる確かな雨粒、そして雨の音。


 それがふたりの最初、ふたりが交わった瞬間だった。





OP

The Birthday / なぜか今日は

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